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光なき途 04

  肩に回された縞模様の腕を振り払って腕組みし背を向ける、図体ばかり大きくなってもこの馴れ馴れしさは変わらない。

  「そ、それで一体何がしたかったんだ」

  落ち着け。『風紀委員』と誇張する腕章を右人差し指でピンと引っ張る、私は風紀委員なんだからいつでも毅然とした態度を保たなければならないんだ。

  学校に余計なものは持ってきてはいけないし制服に仕込んでいるのは尻ポケットにハンカチと胸ポケットに校則の記された生徒手帳。それと内ポケットにいつも入れてる硬く冷たい……今それに引かれていてはいけないけれど。

  「私は!見ての通り見回りで忙しいんだ。用もないなら失礼させてもらう」

  日暮れも間近の陽を見送る、旧校舎という事もあって廊下の電灯はすぐに点かなくとも不便は無いようで我々の他に人気は無い。見回りする必要もないだろうけれどここであの日の事を清算しないのも、無気力な狼や怠惰な虎に甘えるのもまた信念に反する。

  「鷲己、君の話を聞かせて欲しい。僕は君無しではこれ以上次のテーマに進めない事が分かったんだ」

  「ふんふん、困っている友人に手を差し伸べないのは模範的な風紀委員として“正しくない”よな」

  建付けの悪さか一陣の風が羽角を撫でて通り抜ける、事実を知るのは怖い。事実で感情を押し込め他者を切り分けていたのに、私は臆病だ震えてばかりで寄り添う事すら満足に出来ていない。

  眉根を寄せて振り返ると変わらない面々に、あぁ悩みの種だ数少ない理解者と逸る気持ちを抑えて二人を見上げてやる。

  「この私に“正しくない”とは言ってくれたな、寝虎。たまたま通り過ぎていただけだが丁度良い機会だろうし誘いに乗ってやるさ。もてなしてくれよ」

  ご立派な尻尾を追って科学部室に上がり込む、久しぶりに来た科学部室は相も変わらずの荒れっぷりでよくもまあ一狼も寝虎も長居できるもんだと感心する。引き戸を後ろ手で閉めて「それで私の話って何の話を聞かせて欲しいんだ」白々しくも事を確認してみる。

  何に使うのか見当もつかない実験器具や標本の数々、棚に同化してしまっている薬品棚。一狼は部屋の最奥、窓際の椅子に腰かけてこちらを見やり長いマズルから牙を覗かせる。

  「この約二週間、鷲己の居ない高校生活を送っていた。とても自由で、退屈な日々だった」

  やはり私が居ないとダメだったんだ。部室に引き籠ってばかりでなにやら弄っている生活だもの。

  「そうだな、ぼーっとしてる時間伸びてたし」

  そう付け足したのは仮眠スペースとやらで胡座をかき、動く自らの尻尾を目で追っている寝虎。前から気になっていたけれど真剣な話の時でも出てしまう癖らしく落ち着きの無い奴だと思う。

  「あの日何があって、何故そうしたのか端的に説明してほしい。今まで君が僕の前に訪れなかった要因を知りたいんだ」

  宵の口を迎え活動しやすくなったのか目つき鋭く見据える。いつ取り出したのか以前のから持ち歩いていたノートと高校生にはおよそ似つかわしくない万年筆を携えて。

  「……私にも黙秘権は有るのだがな。私も別件で知りたいことがある、協力しよう」

  「ありがとう」

  「あの日は昼休みまではいつも通りの行程をこなしていたと記憶している。六時に起きてシャワーを浴び、被毛に乱れが生じないように鏡の前で全身をブラッシング。掲示板にある様に『被毛の乱れは心の乱れ』、私は常に正しく模範でなければならないのでね」

  誰かとは違って無気力に学校生活を送っているわけでもなければ、居眠りしているわけでもないと心の奥で付け加える。

  「カッターシャツもズボンも昨晩プレスしたものを身に着け朝食を取り、閉門の三十分前には登校していた。授業を受け昼休みになったかと思えばそこの寝虎が私にじゃれついてきたから話を訊いたんだ」

  「そうだっけ」

  指差した先には通学鞄を抱き枕に目をこする寝虎の姿、ご丁寧に上履きも脱ぎ肉球を露わにしている。

  「そっか、確かあれは高校入学してから通算八回目。オッドアイなんて珍しいって思って告白したんだった」

  「あの日だったらまだ入学から一ヶ月くらいしか経ってないのに多いな」

  「今のところあの娘以外にオッドアイは見つかってないし、丁度そこに鷲己の席があったから絡んだんだった」

  まったく私の献身と時間を返してほしい。

  「脱線が過ぎるようだが私の話に戻しても良いだろうか」

  「ごめん、続けて」

  あれほど震えていたのがばからしくなって、一つため息を硬い嘴から零し目を瞑る。

  「事情を話すや否や、廊下を走りだしたものだから注意しようと席を立つと方向からここに来るだろうと後を追ったわけだ__私はちゃんと校則を守っていたぞ」

  締めの大事なところを念押ししようと目を開けると、私の方に目もくれずノートにペン先を滑らせ近づいても読み取ることのできない文章を書いているのだろうと見受けられる。時折、照明の乏しいこの部屋でもチラチラと山吹色にペン先が光っている。

  「そして僕と別れ、君は放課後になって彼女に告白したと」

  呑み込みづらい事実と狼らしい鋭い目、学者然とした冷ややかな語調に思わずたじろぐ。広くもない両肩にあの青白い手が載せられているかのように凍てつき、硬直するも辛うじて首肯した。

  「なるほど、以降の記憶は僕も知る所だとして」

  一拍、一葉ノートのページを捲り新たに記録する準備を整え、鼻先を軸部分でノックし。

  「カラオケに行った時の話だが、何があったか覚えているだろうか」

  そう言ってのけた。私の中に根を張り今悩むその話題に、培ってきた正義は侵されている!

  「そうだ、いつの間にか刺激の多い密室に居て。私の嘴に……まだ手続きも踏んでいなければ同性間なぞ論外だ」

  いつの間にかいびきを立てて眠っている寝虎も淡々と記録する一狼も私を理解してくれないに違いない。仕立ててまだそう経っていないぶかぶかの制服は私の理想を妨げる、何もかもが敵にも見えて矯めてきた羽角をも掻いて嘴を鳴らす。

  「私には認められない、きっと私なんて居なくとも変わりはしないだろう!」

  気付けば出口の引き戸を音立てて廊下に身を乗り出していた。ギシギシと歩くたびに鳴っていた廊下も入学してすぐの頃風紀委員の仕事として張った『廊下を走るな』の張り紙も今の私には気にしていられなくて。

  大衆に向けてデザインされた上履きに押し込められた足を前に出してただ急ぐ、私を必要としてくれる誰かか何かに会いたくて。どうしてこうなってしまったんだろう。清く正しく兄と同じように尊敬される存在に憧れて努力し続けてきたのに。

  ついと落ちた雫は暗く黒い床に飛沫も立てず染み込んだ。

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