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二人に手伝って貰い広くなった科学部室に、寒風がガラス窓を叩く音が響く。
この前出てきた机を部屋の中央に置いて、結局あの日だけでは整理しきれなかった鉱物標本の数々を前に割れ口や色から分類している。区分けした標本箱に並ぶ鉱物は蛍光灯の光を照り返す。ラベルを添付して同じ鉱物種でも産地によって色も形も多様だ。図鑑に載っているような典型的な個体を探す方が難しい。よって同定に時間がかかる。
蛍光灯下を一般的な色とすると、白熱灯や日光の下では色の変わる石がある。カラーチェンジ、そんな効果のある石はそう多くない。人は場によって見せる顔を変えるのに石はそう変わらないから落ち着く。
ビーカーをガスバーナーの火で炙り、沸騰した時を見計らって火から下ろしインスタントコーヒーを入れる。茶褐色の[[rb:礫 > れき]]がじわり、インクルージョンのように広がる。尾を引いて沈むそれが均され、安定する様を見るのが好きだ。異なるもの同士が触れあう中で解けて一体となるその過程が。
黒い天板に散らばる白い粉は、分類中に取り落した極小サイズの結晶。
それを越えて転がり込むノックの音。寝虎や煌星先輩ならノックしないし、鷲己や葉介だとしてもう用は無いはず。
「失礼する」
「どうぞ」
がらりと開き廊下に立っていたのは__
「氷蜴風紀委員長」
「貴君が科学部の一匹狼こと碧海一狼だな、話したいことがある」
僕、そんな恥ずかしい呼び名ついてたんだ。
「お話し、するならどうぞおかけください」
入口側の、普段は煌星先輩が座っている席に掌を向けて促す。
「コーヒーしかお出しできませんが」
均され、一杯のコーヒーが入っているビーカーを。白い粉の向こう側に置いて勧めるが、茶褐色の湛えられたそれは眉を顰められた。
「遠慮しておく」
「そうですか、なら僕が」
一度差し出したビーカーを掴んで口を開け、コーヒーを飲む。
落ち着かないこの間に氷蜴委員長も尻尾を解いて巻き直す。
「春に蒼空が私に刃向かった事は知っているだろうな。あの生真面目で私の命ずるままに動く蒼空が、誰の助けも無しにあれだけの事を言うはずが無い」
「つまり」
「貴君が手引きをしたのだろう」
ギロリ、アルビノの赤い目が僕を捉えて首を取ったかのように言う。
「ええ、鷲己の事をよくご存じで」
「色々と肝入りだったものでね。私__風紀委員に無くてはならない優秀な人材だった」
「それはご自身の思想に染めやすいと思い込んでいたのでは」
眉間近くの白い稜が溝を深める。
「続いて、秋に朱嶺兄が私に手を引くよう言ったのも。後ろで貴君が糸を引いていたのだろう」
「それに関して、僕は何も知らないです」
話を決めつけて一方的に進めようとする委員長にふつふつと湧く、これが怒りだろうか。僕に対して切っ先を向けられても何も感じないのに。
「あと、その手を掛けている腕章の裏。不自然に変形していますね、何を隠しているんですか」
苦虫を嚙み潰したような苦しい表情をしても体色が変わらない。
カメレオンは感情で体色が変わる種族のはずだけど、アルビノだと色が変えられないのか。面白い。
「狼に何がわかる。イヌネコに溢れたこの世間で不自由もなく群れて生きていられる狼が」
机に置いた金鑢、噂通りの得物は使い込まれている。穏便に済ませたいし他の人を巻き込みたくない。そして目の前にサンプルがあるのに手放したくはない。
「私はカメレオンに生まれて良かった事なんて無い。牙も爪も無い希少種はただ……」
「自慢じゃないけれど、僕は無力だ。狼なのにニオイに敏感じゃないし、運動能力も低い。群れの中で生きる事に適していない落ちこぼれだから」
社交術を教えられていない、頭でっかちで興味のある事しか調べようとしない。
「あの二人に__異種族の二人に執着しているんだ」
鼻キスはネコ科特有の交流手段だって、僕は知らなかったから仲違いもした。壁にぶつかる度に僕がいかに傲慢で他人を拒んでいたかを知った。
「腐れ縁だから。いや、僕なりに彼らを知ろうとして。ケンカもして嫌われたこともあったけれど、僕の大事な親友だから。僕に差し出せるものがあれば差し出してきたまでです」
首を傾げ、委員長は「差し出す、弱みを見せるのか……」と呟きうつむく。
「そういう氷蜴委員長はお仲間が多いのでは」
ここで止めなければ被害が増える。
畳みかけるよう、学校内で見かけるイヌ科で構成された“お仲間”を引き合いに出す。
「私は怖くて仕方なかった。奪われてばかりだから自ら与えるなんて。いつ委員会の連中もいつ傷つけられるか気が気でなかった。だから__」
「だから?」
「イヌネコに溢れる学校も世間も怖くて、怪しい動きがあれば粛正してきた。先生方も評価してくれたし私の活動が“正しい”と信じていたんだ」
風紀に駆られるものはみんなそうなのか。鷲己も似たような事を言っていたけれど、ここまで絶対的な“正しさ”を追い求めては無かった。
「似たもの同士だったのですね。怖さはずっと変わらない、対象が変わるだけ。辛くとも知ることで怖さは和らぐ、だから行動する前に観察するべきだ」
偶然を手繰り寄せて続けてきた関係。失う怖さを知って、手を差し伸べてられる温かさを知った。そして僕はやっと自分の途が見えて来た。
「まさか、怪しげな研究をしていると聴かされていた科学部の一匹狼に諭されようとはな」
「僕こそ風紀委員長殿に訪ねられるとは」
表情筋の硬い、けれど先より穏やかに見える委員長に応えて笑う。
「これは」
白く硬い指先で指し示す、卵型の石。殻状に覆われた中に半透明の斑に煌めくこれは。
「カンテラオパールですね。ラベルを無くしてしまって標本としては使い物にならないけれど良かったら差し上げます。代わりに僕は物を置くスペースが手に入るので」
途に惑った果ての先輩が、散らばった石の中からわざわざ選ぶのがこれならば、
「“カンテラ“が途を照らしてくれたらいいですね」
マニアックで取り扱っているところも少ない石だから知らないのも無理はない。あの風紀委員長が石に興味を持っているなんて意外だった。
「ありがとう」
目を輝かせて大事そうにそっとポケットに入れて、出口まで歩き一礼する。
「金鑢忘れてるよ」
「もういらない。金鑢なんて無くても私は私の途を行ける。碧海にあげよう」
護身用に持っていたであろうそれを、僕に。それは僕が氷蜴先輩を変えた証なんだな。
「丁度試料を粉末化するために買い足そうかと思っていた」
「では、もう会わないだろうが」
手を振りあって門出を見届ける。氷蜴先輩と僕の途が交わる事はおよそ無いけれど、相手を知って歩く途がきっと孤独なものではないと信じている。
見送って、気づけば雲間から差し込む光。空から広がる薄明光線が、遠く地表を照らしていた。
***
「終業式終わったー!」
手を高く上げてそのまま僕と鷲己の肩を抱く寝虎。鷲己曰く式典中に居眠りしてなかったことを自慢げに話していたらしい。成長していると思っていたのに、芽も成長していなかったからそういう事か。
「おおげさだな」
仕方のない奴、という素振りをしているが羽角が小刻みに震えて。まったく、素直じゃないな。
「どうせすぐに始業式始まるんだから、遊べるうちに遊ぼうぜ。まずはカラオケでウチアゲだ!」
「おれの歌声を聴け!」
隣からカラオケでウチアゲと聞いて僕の脇腹を突くのは葉介。寝虎も鷲己も歌いたがらないから僕とのデュエットになるんだろうな。流石にヴォーカル担当に比べられるのは骨が折れるんだけど……。
「二人とも勉強もしなよ」
両側の二人が肩を落として__寝虎の腕から解放されて少し後ろから付いて行く。
「そんな、保体以外は平均近くまで上がってたじゃん」
寝虎は丸い頬袋を膨らませて抗議する。
「保体は満点近かったけど、それ以外は赤点ギリギリ」
「どうしたらそんな偏った成績になるんだ!私が休みの日に教えてきたのに。部活動停止になっても知らないからな」
僕も言えないけどね、理科以外は平均超えてる位だし。ため息吐いて、見る。校庭に植わっている桜の木の下でオッドアイの猫が手を振っている。
「一狼。何してるんだよ」
「ちょっと記録を」
桜の下には誰も居ない。あの日何が起きたのか、鞄からノートを取り出して開く。塗りつぶされた字の内『青春の骸』が浮き上がる。
表題に横棒を引いて『光なき途』と書き足した。読めなくなった葛藤の集合体が僕たちの身の回りで起きた記録。いつか忘れてしまうだろうけど腐れ縁と共に行きたい僕の途。
「置いていくぞ」
「今行く」
ながく影を落としていた僕たちの途がようやく輝いて見えた。
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