パズあに 豊薩合戦~岡城の戦い~ 島津最強の侍VS天正の楠木正成

  日が沈んだ森の中。

  闇に包まれた木々の中には、大勢の侍たちがいた。彼らを包む空気は重い。日が暮れているからではない。彼らが敗残兵だからだ。

  最も、重傷者は少なく、未だ戦闘を続行できる武士たちの方が多い。しかし、彼らの士気は低く、精神がもはや戦える状態ではなかった。

  武士たちの集まりからやや離れた場所では、大将格が二人、周囲を警戒すべく並んで歩いていた。

  片や、二刀流の獅子。片や、一刀流の黒犬。

  「匂うか、義弘殿」

  獅子が黒犬に聞いた。

  「いや」

  黒犬が短く答えた。

  獅子の名は立花宗茂。若武者でありながら北九州を背負う、才気溢れる武将だ。

  黒犬の名は島津義弘。島津軍総大将・島津義久の弟であり、薩摩最強と名高い侍である。

  高い実力を持つ二人が揃っていながらも、彼らは敗残の兵であった。

  

  

  

  

  関白豊臣秀吉の死後、日本は東の徳川、西の豊臣に分かれて争った。

  宗茂と義弘は共に西側の武将として戦い、本州に移り連戦し、東側の武将を倒していった。しかし、関ヶ原の戦いで石田三成率いる豊臣勢は敗北、総崩れとなった。立て直すことは叶わず、二人のいない場所で決着はついてしまった。無念であるが、受け入れなければならなかった。

  敗残兵となった二人は現在、そろって九州まで引き返している。これから九州に戻り、九州の徳川勢と戦わねばならない。黒田官兵衛に加藤清正。そして、寝返った鍋島と。

  宗茂は、隣を歩く義弘を見遣った。

  

  「今こそ、お父上の仇を討つべきです!」

  

  宗茂は、配下の言葉を思い出していた。

  数年前、秀吉が生きていた頃のことだ。島津軍は、九州を制覇すべく、北上して北九州の大友領を攻撃した。その際に、宗茂の実父である高橋紹運は、島津の軍勢によって壮絶な最期を遂げた。

  紹運の城を攻撃した島津の武将は、島津忠長であり、義弘ではない。だが、島津が大友勢の仇であることに変わりはない。現在、島津の方が消耗が激しいため、立花勢で島津に攻撃を仕掛ければ、倒せるはずだ。

  だが、宗茂は実行しなかった。

  

  「負けて逃げ延びている相手を討ち取り、仇を討てたと誇れるか。あの世の父も激怒するわ」

  

  宗茂は、配下にそう言った。敗残兵を攻撃するような性根ではなかったのだ。

  

  島津を攻撃しない。それでまとまったものの、宗茂は今、別の問題を抱えていた。

  (話しかけられん)

  島津義弘は、何も言わない。共に見張りをしている最中、こちらから話しかけた場合を除き、無言のままだ。しゃべったとしても、短い返答のみ。

  正直、気まずい。何か共通の話題はないものか。必死に探す宗茂だが、何も思いつかなかった。

  (誾千代がいればなぁ)

  口が達者な妻のことを思う宗茂に、想定外の矢が跳んできた。

  「噂は本当だったか」

  義弘が、口を開いたのだった。

  「うむっ!?噂とは!?」

  驚きのあまり、声が裏返った。

  羞恥に顔を染める宗茂に、義弘は言葉を重ねた。

  「志賀親次は、いないということだ」

  「ああ、そのことか・・・・・・そうだ」

  宗茂は、共に薩摩と戦った、豊後国の若武者のコアラを思い出していた。

  

  志賀親次。

  豊後と薩摩の合戦で、一二を争うほどの活躍を見せた武将だ。

  経験は浅く年も20程度、兵力も1000程度で父の裏切りに合うという、ことごとく不利な条件を背負っていた。だが、地の利を活かした奇襲戦法を実行し、島津義弘率いる50000の兵を相手にし、岡城を守り抜いた男。

  

  宗茂も、義弘は親次にやられたな、ということは覚えていた。だが、義弘にとっては嫌な思い出であろうから、話題には出さなかったのだ。まさか、義弘の方から話題をあげるとは。

  「聞いたとは思うが、朝鮮との戦闘で、大友義統の指示を聞いてしまったがために、結果として秀吉様の親戚を見殺しにしてしまった。そして秀吉様の怒りを買い、大友義統ともども国を没収された。その後のことは分からない。討死した、と言う噂もあるが、どうだか。岡城には今、確か、中川秀成とかいう武将が本州から来ている」

  「そうか」

  義弘はそう言って、また無言に戻った。

  思い切って、宗茂は聞いてみた。

  「親次はどうだった」

  漠然としていたが、それ以上に言葉が思い浮かばなかった。

  親次の活躍は聞いているが、どれほどのものか詳しくは知らない。

  ただ、きっとすごいのだろうとは思っていた。島津義弘は、共に戦って分かったが、とてつもなく強い。これほどの侍を渡り合ったのだから、やはり親次はすごかったに違いない。

  「強かった。あれほどの手痛くやられたのは初めてだった。あの年であそこまでとは、将来有望な武将だと断言できる。俺に倒された龍造寺は、こんな気分だったのだろうと感じた。此度の戦で、共に戦えるかと思っていたが、残念だ」

  堰を切ったように、行くぞ聞いてくれたと言わんばかりに、義弘はしゃべりだした。

  宗茂はやや気圧されたが、気を取り直してさらに聞いた。

  「詳しく聞いていいか?」

  「ああ」

  義弘は、迷わず答えた。敗北を喫した嫌な思い出を話すようには見えない。

  そして義弘は、歩きながら語り始めた。

  「戦場で出会ったのは一度きりだった。何せ、奇襲を得意とする男だったからな。姿を見せず、効果的な攻撃を加えて逃げる、その繰り返しだった。顔を合わせ、切り結んだのは、岡城を無視して進むこととなった日の、前日のことだった」

  

  

  

  薩摩隼人が7人、太刀を片手に茂みをかき分けて進む。

  屈強な彼らだが、しかしこの時の心は陰鬱だった。冬の寒さや険しい森が原因ではない。この地に潜む敵こそが、最も彼らが恐怖している存在である。

  「全員、着いてきているか?」

  先頭の虎が振り返る。そこには、6人の部下がついていた。

  「大丈夫です」

  確認を終え、再び虎は歩き出す。

  油断していたわけではなかった。だが、連戦連勝で調子に乗っていたことは間違いない。そして、勝てると戦う前から思ってしまった。無名の若僧が守る城など、楽に落とせると。こちらの大将は最強なのだからと。

  だからこそ、こうなった。逃げ遅れ、仲間とはぐれた。今すべきことは、嘆くことではない。急いで戦線から離脱せねば。逃げるのは屈辱的だが、止むを得ない。

  虎は再び振り返った。頻繁に後方を確認するのは、癖になっていた。

  「お、おい!日高はどうした!?」

  視線の先には、5人の部下。最後尾の鷹の姿がなくなっていた。

  慌てて他の部下も振り返る。次の瞬間、音もなく虎の背後から忍び寄った影は、虎の口を押え首に脇差を刺し、茂みに引きずり込んだ。

  「た、隊長!どうしよう?」

  前方に目を向けた兵士たちは、隊長の姿までも消えていることに驚愕する。

  「ちくしょう!!出て来いくそったれがああああああ!!」

  巨漢のサイが槍を振り回す。直後。

  

  パン!!!

  

  三つの銃声が重なり、3人が倒れた。

  残った熊と猪は、仲間の倒れる方向から、射手の位置を割り出し、同時に駆けだした。

  猪は、前方。熊は左方へと。

  「そこかっ!」

  猪は前方に煌めきを見つけ、そこへ踏み込んで太刀を振り下ろした。

  しかし、手ごたえはない。

  そして疑問に思った直後、右から伸びた薙刀の刃に腹部を貫かれ、そのまま倒れ伏した。

  熊もまた、駆け出してすぐに、茂みから伸びた銃口に気付いた。

  斬り込もうとするが、それよりも早く銃口が火を噴く。

  熊はそれを弾き、射手に肉薄した。

  射手の正体は、ブルテリアの獣人だった。銃身が短い銃を持ち、身を低くして構えている。

  強烈な熊の一閃を、ブルテリアは転がって避け、頭部へ再び発砲した。

  熊は身を捻じって避けようとしたが、間に合わず肩に被弾する。

  「ぐうっ!」

  熊は大きくよろけたが、踏みとどまってブルテリアへと再度突進する。

  「マジかっ!」

  ブルテリアは銃を捨て、起き上がって小太刀に手をかける。

  間に合うか、と、ブルテリアが思った瞬間、銃声な響き熊が倒れた。

  「だ、大丈夫かー!ブルテリー!」

  熊の背後から現れたのは、銃口から煙が出ている銃を持った、セントバーナードの獣人だ。心配そうに、相棒へと駆け寄ってくる。

  「ああ、なんとかな。わりいな、バーナード」

  ブルテリと呼ばれた兵士は、そっけなく答えた。

  「本当かー!怪我してるんじゃないのかー!見せてみろー!」

  バーナードと呼ばれた兵士は銃をほっぽりだして、ブルテリに飛びついて体をわさわさと触り始めた。

  「うぎゃあっ!暑苦しいんだよ!大丈夫だって言っただろうが!」

  バーナードを突き飛ばしたブルテリ。バーナードは尚も心配そうだった。

  「ご、ごめんだよ。おら、心配で」

  「ったく、まぁ、ありがとよ」

  「う、うんー!」

  そっぽ向いて恥ずかしそうに礼を言うブルテリ。バーナードは、尻尾を振って喜んだ。

  

  

  (仲、いいな)

  二人の会話を聞きつつ、猪を倒したコアラは、銃に弾を装てんしていた。

  岡城城主、志賀親次である。

  父親の裏切りにより、家臣や兵士の多くが薩摩へと流れた。立花宗茂や佐伯惟定には武将が残ってくれたが、親次の場合は、兵のみならず武将までも不足していた。故に、兵を増やすため、農民からも募集することとなってしまった。ブルテリとバーナードも、最近までは武器など持ったことがない男たちだった。だが、親次の指南のおかげで、中々の腕前を誇る武者となってくれた。

  キリスト教にも入ってくれたことも、密かに嬉しかった。洗礼も受け、授かった新たな名前も気に入ったらしく、ずっとその名前を使っている。なんでも、ずっと低い身分で、悪さばかりして生きてきたので、これを機会に生まれ変わりたいらしい。

  (迷える民を救う。うん、やっぱりこうあるべきだな)

  宗麟のような盲信はしたくない。やはり、適度の教えを説き人民を救うことこそ、宗教のあるべき姿だと思う。

  「筋がいいな、あの二人は」

  「ええ」

  背後から話しかけられ、親次は振り返って応じた。

  そこに立っていたのは、小柄な兎。大友配下武将の1人、朝倉一玄だった。

  駄原城の城主であった一玄は、薩摩の勢いを止められないと悟るや否や、城を開けて逃げ出した。そして、薩摩兵が城に入った途端、城内に仕掛けてあった全ての火薬を爆破させ、城と引き換えに薩摩兵の多くを冥途へと送り出した。

  城を失った一玄は、部下を臼杵城に送り、自身は岡城へと援軍に来てくれたのだった。

  「一玄さん、今は大丈夫ですか?」

  親次に聞かれ、一玄は長い耳を立てて周囲の音を聞き取る。

  「ああ、ひとまず安心だな」

  「よし。ブルテリ!バーナード!飯にしよう!」

  

  

  親次は、再三に渡り島津軍を奇襲戦法にて撃墜していた。そして、島津の勢いが衰えた今、そろそろこちらか場外に出て、本格的な攻撃に移ろうと思っている。

  とは言え、親次が不在の城を襲われたらひとたまりもない。兵が1000しかいないので、兵を割くのも難しい。少数の方が奇襲に向いているとはいえ、やはり少なすぎるのが現状だった。

  故に親次は、周辺の島津軍を完璧に掃討したうえで、攻撃に転ずることにした。班分けした兵士たちを周囲に散らばらせて、逃げ遅れた島津兵を捜索中であった。

  

  

  「しっかし、島津軍はおっかねえな。撃たれてもどんどん前に出てきやがる」

  ブルテリが干しシイタケを噛みながら言った。

  「ほんと、おっかないだよー」

  「ああ。流石薩摩隼人だな」

  「でもよぉ、皆その薩摩軍をやっつけてるんだぜ、ちったあ自信持てよ」

  ブルテリに賛同するバーナードと親次だったが、一玄は笑って励ました。

  「まあな。このまま皆、追い出してやるさ」

  「オラも頑張るだよー!」

  「よし。もうちょっと周辺警戒して戻るか」

  確かに恐怖はあったが、薩摩の軍勢を相手にし、押しているという自信があるのも事実だ。それを胸に、各々は散らばって配置に付いた。

  

  

  北に親次と一玄、南南西にブルテリ、そして南東にバーナード。

  各々の距離は鉄砲の射程距離ぎりぎりの位置であり、やや離れすぎているようだが、戦闘区域のわりに兵士の数が少ないのだからしょうがない。

  「定時連絡、こっちは大丈夫だ」

  「オラの方も平気だよ」

  連絡は、地中に巡らせた鉄の管のおかげで、難なく取ることが出来た。南蛮と頻繁に貿易を重ねていた宗麟の行いが、ここで実を結んだのだ。

  しかし、何より親次たちにとって頼もしい外来の品と言えば、手にしている鉄砲だった。麒麟と名付けられた種子島より渡ってきた砲とは、威力、精度、連射能力、射程距離、全てにおいて優秀だった。次弾の装てんも、箱型の弾倉により手早く行うことが出来る。

  島津軍撃退に、大いに貢献した武器だ。

  「親次、もうじき日が暮れるぞ」

  一玄の言う通り、日は大きく傾き、周囲は橙色に染まっていた。

  「そうですね。ブルテリ、バーナード。もう日が暮れるから、一旦引こう。夜襲で攻めて来そうな場所に、改めて兵を配置しなおす」

  「おう」

  「分かっただよー」

  「明日からはこちらからも攻撃を仕掛ける。夜警の兵は少なめでいいだろう。俺の発破も、全部仕掛けているしな」

  一玄は得意げに言った。

  自身の城にそうしたように、一玄は岡城の周囲に火薬を配備させている。

  名付けて、留守の火縄・臥牛の陣、とは本人の談。

  親次は、麒麟から箱型の弾倉を引き抜いた。

  「それじゃ、バーナード、もう弾倉、なくさないでくれよ」

  「分かってるだよー!もう無くさないよ!」

  「心配だぜ。お前のことだ。またやらかしそうだな」

  「ひ、ひどいよブルテリー!」

  2人のやりとりに苦笑しつつ、弾倉を腰の小袋にしまおうとした親次だったが。

  「んっ!親次!」

  一玄の緊迫した声を聴いて動きを止めた。一玄の方を見ると、耳を立てて目を閉じている。

  それをみた親次は、再び弾倉を麒麟に差し込んだ。

  「ブルテリ!バーナード!周辺警戒!」

  親次は地面から生えた鉄の管に向かって言うと、身を低くして、麒麟銃口を視線に合わせて周囲に見渡した。

  一玄に話しかけなかった。耳の妨害をするわけにはいかない。しかも、その表情は、普段より引き締まっている。

  「速え。っていうか、いつの間にここまで音無で接近してきた?ブルテリ!南方向!敵接近中!近いぞ!数は・・・・・・」

  一玄の叫びを聞き、親次の南を睨む。視線の先には、小さな小山がある。

  そこから北上してくるかと思った親次だったが。

  「えっ」

  敵の姿を早々に見つけて、疑問の声を上げた。

  

  

  「なんだ、あいつ?」

  ブルテリは、小山の山頂に立つ樹木の上を見て、呟いた。

  枝の上に、1人の武士がいた。兵装から薩摩兵のようらしい。得物は太刀と脇差のみだ。

  漆黒の毛並をした、犬だった。髪に隠れていない左目の眼光は鋭く、細身ながらもその姿は存在感が強く、離れていても威圧を感じた。

  一瞬で理解した。只者ではないと。

  『ブルテリ、相手は1人だ』

  一玄の報告を聞いたブルテリは顔を顰めた。

  「たった1人かよ。確かに凄そうなやつだけどよ。しかも、迷い込んだっていうより、どうどうと攻め入ってきたって感じだぜ?」

  『舐めてるだよー、やっつけよう!ぎりぎり射程距離だよ!』

  バーナードが叫ぶ。

  「そうだな。目立つところに立ちやがって」

  ブルテリは茂みに溶け込んでいる。こちらの姿は見えまいを判断し、ブルテリは鉄砲を構え、引き金を引いた。

  当たると確信したうえでの一発だったが、樹上の黒犬は枝から飛び降りて避けた。

  「何っ、気付きやがったのか?」

  『まぐれに決まってるだよー!くらえー!』

  今度は、バーナードが引き金を引いた。

  落下を予測した銃撃、空中では身動きは取れず、今度こそ当たるはずだった。

  しかし、黒犬も武者は空中で旋回しつつ太刀を振るい、弾を両断した。

  『ええっ!空中でっ!!』

  弾を防ぐ薩摩兵は他にもいた。だが、空中にてそれを実行したものはいなかった。あっさりと2人の銃撃から逃れた黒犬は、茂みに消えた。

  一瞬の攻防だったが、ブルテリとバーナードは、兵士の評価を改めた。

  

  

  遠方からその攻防を眺めていた親次は、思考していた。

  (あの犬、どっかで見たことがあるな。いつだっけ・・・・・・)

  「やばいな、あの野郎。名家の武士か?1000人くらいを束ねる兵長か?」

  一玄の言葉を無視して思考を続けた親次の脳裏には、雷神と謳われた武将の姿が浮かんでいた。

  (何で道雪さんが・・・・・・)

  立花道雪がまだ生きていた頃、薩摩との合戦が始まる前。

  岡を訪れた道雪が見せてくれた、薩摩軍の主な武将の似顔絵・・・・・・。

  「あっ」

  そこで、親次はようやく気付いた。似顔絵の中にあった顔。特に要注意人物と道雪が評価していた顔・・・・・・。

  あの顔、あの動き、あの重圧。

  「間違いない・・・・・・あいつ、島津義弘だ」

  「いっ?」

  『うっ?』

  『えっ?』

  三人が同時に声を上げた。

  「島津義弘って、あの島津義弘か?」

  「ああ。薩摩軍総大将、島津義久の弟。岡城攻撃の大将。武勇と知略を兼ね備え、各戦場にて連戦連勝。龍造寺との戦いでの勝利にも貢献した、あの島津義弘で間違いない」

  『ううっ!うそー!そんな強いやつが、何でこんな場所に1人でくるんだー!?』

  バーナードは狼狽しきっている。それもそのはず。豊後の中でも比較的薩摩に近い岡には、その名がしっかりと届き、根を張っている。

  『馬鹿野郎!落ち着け!』

  『でもっ、でもっ!薩摩の中で一番強いって言われる奴だよー!』

  『逆にいい機会だ!あいつをやっつければ、薩摩軍は崩壊だぜ!俺たちの名も上がるってもんだ!』

  『あっそっか!流石ブルテリ!一生ついていくわんー!』

  親次をよそに話を進める2人。そこに、一玄が割って入った。

  「落ち着け、2人とも!親次、どうする?とりあえず、義弘は少しずつ、こっちに近づいているみたいだが」

  一玄の報告を聞き、親次は冷静に話し出した。

  「迷う必要はないさ。戦おう。あいつを倒せば、岡の安全を確保できるどころか、薩摩に大打撃を与えられる。ブルテリ、少しづつ後退して鬼が城へ向かってくれ。バーナードと俺も、そっちにいく。急坂からの一斉射撃で倒す」

  『おっしゃ!了解だぜ!』

  『分かっただよ!』

  「今回の敵は一味違う。いつもより油断するなよ!移動中は糸電話で連絡する!散開!」

  親次は装備を納めた荷袋を背負い、一玄を促した。

  「行きましょう」

  「ああ。でも、本当に大丈夫か?悪いけど、ちょっと不安だな」

  一玄は、糸電話の口を塞いで消極的な意見を濁さずに告げた。それほどの不安が心中を支配していた。

  「俺もそう思います」

  親次は、それに賛同した。城主である2人は、義弘の脅威を感じ取ることが出来た。

  「でも、やるしかないと思います。多分、逃げられません。後退すると、岡城まで斬り込まれます。たった1人で落とせる城ではありませんが、薩摩軍の士気が上がるのは避けたいですから」

  親次は、たんたんと述べた。

  「正論だな」

  「どうも。それに、ちょっとだけ、あいつと戦ってみたい、と言う気持ちもありますかね」

  親次はそう言って、緊張した顔に少しだけ笑みを浮かべた。

  「そうか・・・・・・やるからには勝とう」

  「ええ」

  2人は決戦の地、鬼が城へと急いだ。

  「神よ、守りたまえ」

  

  

  「どうして急に、単騎で攻めこもうと思った?」

  宗茂は、義弘に尋ねた。

  「その時点で、既に俺の軍は立て直せない状態になっていた。これ以上岡城を攻めるのは非効率的であり、無視しての北上が得策。後方の憂いを残すことになるが、やむを得ないという意見が大半だった」

  義弘は、恥もせずに答えた。

  「だが、俺を敗北させた男の顔を、一目でいいから見ておきたかった。奇襲ばかりで、一度も出会えなかったからな。城を落とすでもなく、ただ斬り込むだけなら、配下を巻き込むわけにはいかない。何より、動きづらくなる」

  「それだけか」

  「ああ」

  「それで、どうなった」

  続きをせがむ宗茂に、再び義弘は語り始めた。

  

  

  

  ブルテリは親次の指示通り後退していたが、その歩みは遅かった。隠れながら進むのだから当然遅くなるものだが、それを差し引いても遅い。

  彼は貧しい農家に生まれ、生活のためにバーナードとともに少なからず悪行を重ねて生きてきた。

  キリスト教に出会って改心した彼にとって、この戦において豊後を守るのは生まれ変わるいい機会だ。

  だからこそ、敵の大将をこの手で討ち取り、手柄を上げたかった。金子もそうだが、それ以上に、名誉と贖罪として。故に

  『ブルテリ、相手はそっちに向かってる。足音が小さくて聞き取りにくいけど、かなり間隔が速い。すぐ近くまで接近してるだろうから、気を付けて。っていうか、急いで鬼が城まで後退して』

  「分かってるよ」

  『ブルテリー。早くー』

  「分かってるっての」

  そう言いつつも、ブルテリはそこに立ち止まって鉄砲を構えた。

  (すぐ近くまで接近してるんだろ?だったらここで迎え撃ってやるぜ。さあ来い・・・・・・麒麟が待ってるぜ・・・・・・)

  戦いなれた森は、見通しが悪い。それを利用して大軍相手に立ちまわってきた。

  今までは森が味方してくれた。だが今は、森が敵になっているような気がした。義弘が一人で森を従えたかのような。

  (それほどの男なのかよ)

  ブルテリは、急に恐怖に震えた。

  (落ち着け。あいつを倒して、金持ちになって、バーナードと一緒に・・・・・・)

  

  キン

  

  「はっ?」

  ブルテリの思考は、不意に中断された。

  閃光が眼前を走る。手に僅かな重みが加わる。

  そして、鉄砲が軽くなった。

  鉄砲の銃身が半ばから切断されて、地面に落ちたのだ。

  左を見ると、いつの間にそこに立っていたのか、黒い犬の姿が。

  それを見止めた途端、身体が重くなり、息苦しくなった。

  過去に味わったことがない、強い重圧が身を包んだ。

  体毛が逆立ったまま、体が動かない。そんなブルテリを義弘はじっと見つめていた。

  

  どうする?

  こんな時は?

  防御も回避も無理。

  だったら攻撃だろ。

  そんなこと・・・・・・

  

  「あたりまえー!!!」

  斬られた鉄砲の先は、ちょうど尖って鋭利になっている。

  それを義弘へ向けて、ブルテリは叫びながら特攻した。

  義弘はそれを難なく躱し、柄頭をブルテリの額に打ち込んだ。

  一撃で気絶したブルテリは、前のめりに倒れ込む。

  「あーっ!ブルテリー!」

  義弘が顔を上げると、そこにはバーナードの姿が。ブルテリが心配で、鬼が城に到着後、すぐにブルテリが配置された方へと向かっていたのだ。

  「よくもー!!くらえーー!!」

  バーナードは発砲したが、義弘は左に跳んで避け、左腕を振るった。

  その手から、鎖が付いた分銅が飛来した。

  「ぶおっ!」

  分銅はバーナードの鼻頭に直撃した。

  その一撃で、バーナードは気を失った。

  義弘は左腕を引いて分銅鎖を引き寄せると、鼻を引くつかせた。

  「あと、二人」

  そう呟いて、走り出した。

  

  

  「ブルテリ!バーナード!くそっ!」

  「二人ともやられたっぽいな!」

  親次と一玄は、鬼が城にたどり着いた。左右が森に挟まれた、障害物の無い見晴らしのいい急坂の上であり、迎撃に向いた場所だ。だが、場所はよくとも配下二人はすでに戦闘不能に陥っている。

  「一玄さん、相手の場所は!?」

  一玄は、好戦的な笑みを浮かべた。

  「近づいたからな。完全に捕まえたぜ。こいつで仕留めるのは難しいが、誘導くらいならできるだろ」

  そう言って、一玄は地面から伸びた導火線に火を点けた。

  そして30秒後、遥か前方で、小規模な爆破が起こった。

  ここら一帯に仕掛けた、一玄特性の次元爆破装置、留守の火縄である。

  親次はそれを見ると、木の脇に隠していた大型大砲の砲口を天に向ける。

  「角度45度、2時の方向!てえっ!!」

  一玄の合図を受けて、親次は火縄に火を点けた。1秒後、大砲から砲弾が飛び出し、義弘がいるであろう場所に着弾する。

  一玄はその後も、義弘の足音を頼りに、火縄を爆破させた。親次も、大砲を森へと撃つ。森は煙と炎で満ちた。

  「くっそ!はええ!でも、坂の下までは誘導したぞ!」

  「助かります。あとは俺がやります。一玄さんは下がってて」

  「おう!」

  知略に長けるが体力に劣る一玄を下げ、親次は大樹の脇に置いてあった長い砲身の鉄砲を出した。

  無鹿と名付けられたその鉄砲は、構えたまま移動するのは困難なほど重く大きいが、射程と連射能力は麒麟を凌駕する。

  「さあ、来い!」

  親次は坂の下に銃口を向けた。

  度重なる爆破と砲撃で、坂の下の森は煙にまみれている。

  適当に撃たず、姿が現れてから撃つべきだ。親次は、義弘が姿を現すのを待った。

  (ブルテリとバーナードが速攻やられた。宗茂や惟定より強いかもな。だが、それだけ、討ち取れた時の利益はでかい。なんとしてもここで・・・・・・)

  「おっ?」

  親次の視線の先、煙の中から、太く長いものが浮かび上がった。それは、樹木だった。

  「え?え?何?」

  切り落とされた樹木が、煙の中から浮かび上がって、そして、こちらに向かって突っ込んできた。

  「おわあっ!!」

  親次は右に転がって避けた。

  すぐ左を、槍と化した樹木が飛んでいった。

  坂の下を見ると、煙の中から、黒犬の武者が現れた。姿を隠すことなく、威風堂々と、悠然と歩いてくる。

  威厳があり、格が高く、畏怖してしまうほど勇ましい侍は、鋭い両眼で親次を睨んで、よく通る声で燐と叫んだ。

  「怯えろっ!竦めっ!島津の恐怖をその身で味わい、死んでゆけ!!」

  その侍から放たれる殺気は、自分に向いている。それを知った親次は恐怖したが、それを闘志で打ち消した。

  「守ったら負ける・・・・・・攻めろ!!あああああああああああ!!!」

  親次は、無鹿の引き金を引いた。途端に、砲口から数十発もの弾丸が飛び出した。

  引き金を引いている間、弾は発射され続ける。弾丸が雨となって、義弘に降り注いだ。

  しかし義弘は、坂を駆け上がってきた。弾道を読み、銃弾を全て切り落とし、親次まで接近してくる。

  間合いに入った瞬間に、義弘の一刀が閃く。

  その刃は、無鹿を断ち切った。

  親次は無鹿をしてて後退しつつ、背中に背負っていた麒麟を構える。

  直後、義弘は左手を腰袋に入れ、3つの手裏剣を取り、親次へと放った。

  扇状に広がってゆく手裏剣を飛んで避けた親次は、付近の樹木の幹に飛びつき、片手と両足を巧みに扱い木を上った。

  「流石コアラだ」

  親次は樹上に到達すると、狙撃のために隠しておいた麒麟を手に取り、枝を蹴って飛び降りた。

  「倍返しだああああああああああ!!!!!」

  絶叫しつつ、両手の麒麟を撃ちまくる。

  弾幕は広がり、義弘を飲み込んだ。

  被弾域は広く、義弘は回避は無理と判断し、右手で太刀、左手で脇差を抜き、自身に飛来する弾丸を全て防ぎ切った。

  一発も受けなかった義弘は、脇差を大きく振りかぶった。

  視線の先には、戦場から離脱する一玄の姿が。

  「間に合ええっ!!」

  親次はそれに気づき、左手の麒麟を捨て、木の幹を重力に従って走る。

  そして、義弘の手から脇差が放たれた。

  一瞬早く一玄と義弘との間に割って入った親次は、右手の麒麟を前方に突き出す。

  ドッと音がして、親次の体が地面を転がる。

  親次は、麒麟を捨てた。その銃身には、義弘の脇差が突き刺さっていた。

  「ふっ。やる」

  義弘は薄く笑い、呟いた。

  一玄を救った親次は、起き上がる前に腰から銃身が短い鉄砲を抜いた。

  臥牛と名付けたその銃は、麒麟より短く取り回しが容易で、連射で劣るが接近戦に特化していた。

  親次は寝転がったまま臥牛の銃口を義弘へ向けると引き金を引いた。

  義弘は後退し、腰から赤い煙玉を取り出し、天に向かって投げ上げた。

  「兄上。申し訳ありませぬ。岡城は、落とせません」

  親次は弾倉を入れ替えつつ、立ち上がった。その眼には、消えぬ闘志が浮かんでいた。

  

  

  「本当に斬り合ったんだな」

  宗茂は、感嘆して呟いた。

  親次は、斬り合いにおいては宗茂より一歩劣る。一対一の直接対決は、行われてないと思っていた。

  「岡城は落とせぬとの報を煙玉で知らせた後、しばし斬り合った」

  「そこで落とせないと確信したのか」

  「ああ」

  義弘は目を細めた。

  「島津軍に保身のため寝返った志賀親度は、小さな男だった。そいつの息子と聞いていたから、大した人物ではないと思っていたが・・・・・・あれほどだったとは」

  「それほど、か」

  「ああ」

  義弘は、語りを再開した。

  

  

  親次は義弘ともに、木々がない開けた空間に躍り出た。一玄から離れることが出来たことに安堵する余裕はなく、親次は義弘に発砲する。

  しかし、義弘は回避と防御を巧みに使い分け、銃弾から逃れ、親次へと斬りかかった。親次はなんとか斬撃を回避し、距離を取って撃つものの、弾は一発たりとも当たらない。完全な、防戦一方だった。

  (このままじゃ防戦一方だ!どうする!?)

  策を考える暇もない。義弘は、容赦なく斬りかかる。

  しゃがみ、跳び、半身になって躱し、後退しつつ銃を撃つ。この繰り返しだった。だが。

  

  カキン

  

  臥牛が火を噴くのをやめた。

  (弾切れ!?)

  残弾を数える心理的余裕もなく、臥牛の残弾は尽き果てた。

  義弘も動きを止めて、様子を窺う。

  親次も足を止め、義弘を見遣った。

  言っても逃さぬと言わんばかりに目を見開き、親次はそっと左手を腰に伸ばす。代えの弾倉を掴むために。

  銃を捨てて小太刀で挑むのは無謀だ。銃の性能があったからこそ、何とか命をつなげたのだから。

  その時、義弘の右手が微かに動いた。親次はそれを見逃さなかった。

  左からの攻撃に備えて、右に跳びつつ弾倉を掴む。

  しかし、義弘は右手を止め左手を振るった。

  隠し持っていた分銅が、親次の右手に直撃した。

  牽制からの攻撃は、回避できなかった。

  「ぐあっ!」

  右手に走る激痛。地に落ちる臥牛。骨にひびが入ったらしかった。

  「右手がやられただけだ!」

  親次は鉄砲を捨て、左手で小太刀を抜いた。

  義弘の斬撃が飛び交う。親次は、それを小太刀で防いだ。

  片手で、しかも利き腕でないにもかかわらず、防御は洗練されていた。

  義弘は下がって切っ先を親次に向けて、強烈な突きを撃ち込む。

  しかし、親次はそれを半身になって躱し、その後の薙ぎ払いも小太刀で防いだ。

  「いい目だ。だが」

  義弘は太刀を担ぎ、振るう。

  その瞬間、太刀は手から放たれ親次へと向かった。

  「うわっ!」

  それをしゃがんで避けた親次。その頭部に、鎖が絡みついた。再び放たれた分銅鎖だ。

  義弘が鎖を掴んだ左手を引くと、親次に体は簡単に引き寄せられた。

  そして、その額に、義弘の右肘が叩き込まれた。

  親次の意識は、その一撃で断たれた。

  

  

  「あれ?」

  親次が目を覚ますと、そこは、草原だった。四方に、見渡す限りの緑の海が広がっている。

  「えーっとぉ・・・・・・」

  何していたっけ。

  親次はそれさえ思い出せず。その場に立ち尽くした。

  何かしていたような・・・・・・なんだっけ?

  「戦だろう」

  心の声に対する返答が、背後から聞こえた。

  振り返ると、閃光で目が塞がる。

  「ほああっ!!」

  その直後、腹部に重い痛みが走り、全身にしびれが走った。

  「あばばばば!!」

  これは、感電だ。確信できた。以前、味わったことがあったから。

  「全く!何をしているかっ!!」

  倒れ伏した親次に投げられる怒声。なんとか起き上がると、目の前には雷神がいた。

  「道雪さん・・・・・・」

  立派な体躯のジャガーは、見間違えるはずのない闘将、立花道雪だ。

  「腑抜けた面していないで、さっさと起きろ。そして戦え」

  「戦えって誰と・・・・・・あっ!!」

  そこで親次は思い出した。島津義弘との戦いを。

  「やーっと思い出したか。んじゃ、起きろ」

  「いや、でも、あいつは強すぎて・・・・・・どうやっても勝てないですよ」

  実力差を見せつけられた直後で、親次は自信を失っていた。

  まさかあれほどとは。最強の名は伊達ではない。逆立ちしたって勝てないと確信した。

  萎えた表情を見せた親次に、しかし道雪は笑みを見せた。再び怒鳴られると思っていた親次は、呆けた面を見せる。

  「気持ちは分からんでもない。似たような経験は儂にもあるわ」

  「あなたでもですか?」

  「無論。儂とて無敵ではない」

  「はあ・・・・・・」

  天井知らずの世界だ。日本は広い・・・・・・。

  「だがな、武士たるもの、戦わなければならない時もある。そして、勝たねばならぬ時もある。今がまさにその時だ」

  「そうですね。でも、必勝を抱いたところで、差は埋まりません」

  「正論だな。だが、何が起こるかわからんのが戦いだ。諦めず戦ってくれんか」

  「はあ・・・・・・」

  ああだこうだと言わず、戦ってくれの一点張り。紹運に息子をくれと要求した時もそうだったらしいが。

  逆に、清々しいかもしれないと、親次は思った。

  「今は、お前しかおらんのだ。豊後を守れるのは、お主のみだ。だから、頼んだぞ。もう四の五の言わん」

  道雪は、大きく体を捻じった。

  「い・・・・・・・・っぱああああああああああああつっ!!!!!!」

  そして、渾身を正拳を親次の顔面にぶち込んだ。

  「ぶはっ!!」

  後方に吹き飛ぶ親次。

  痛みはなかった。

  逆に、顔から体中に、熱が広がってゆく。

  燃え上がりそうな、熱が。

  それは、間違いなく、先ほどまで自分の中にあった、闘志だった。

  錐もみ回転しながら飛んでいきつつ、親次は力が漲るのを感じた。

  

  

  「来やがった・・・・・・」

  鉄砲を構えた一玄、ブルテリ、バーナードの前に現れたのは、気絶した親次を盾にした義弘だった。

  「ちくしょう!親次を盾にしやがって!」

  「卑怯者ー!」

  敵の罵倒を無視して、義弘は親次を片手で持ち上げ、徐々に距離を狭めてゆく。

  「ど、どうするだよー!このままじゃやられちゃうー!」

  「うっせー!とにかく親次を救助だ!きゅーじょ!」

  絶望的な戦力差に加えて、総大将の人質。三人は、全く手が出せなかった。

  (もう少し遊ぶか・・・・・・ん?)

  親次の首根っこを掴んでいる右手に、パチッと静電気のような痺れを感じた義弘は、思わずその手を離した。

  崩れ落ちた親次は、着地すると、振り向きつつ廻し蹴りを義弘の腹部に打ち込んだ。

  「ぐっ!」

  そして、怯んだ義弘の腰に体当たりを食らわせ、もろともに急斜面を転がり落ちた。

  「ああああああ!」

  一つになって転がりながらも、親次は拳を何度も義弘に打ち込む。

  (四の五の考えるな!こっちには雷神がついている!恐れるな!)

  気合を乗せた拳は、不安定な大勢でも重い。

  舌打ちした義弘は、親次を引き離しつつ、巴投げで放り投げた。

  弧を描きつつ落下した親次は、下の茂みに突っ込んだ。

  そこには、奇襲のために隠していた得物があった。

  「うおおおおおおお!!!」

  茂みから飛び出した親次の手には、薙刀が握られていた。

  体勢を立て直した義弘も、太刀を両手で握り踏み込む。

  間合いは有利。これなら。

  

  ガキッ

  

  二つの銀閃が重なり、金属音が響く。

  すれ違いざまに一振りした二人は、背を向けた状態で静止する。

  先に動いたのは、義弘だった。太刀を背中の鞘に納める。

  同時に、親次の薙刀が折れて、首に細い赤い線が走った。

  「うっ!」

  親次は首に手を当てた。

  首は、繋がっている。だが、あの一瞬、首を刎ねられた自分の姿が脳裏に浮かんだ。

  やられていた。でも、相手はそうしなかった。

  「負けた・・・・・・」

  親次は呟いて、そして振り返った。既に義弘は、歩き出していたので離れた場所にいた。

  「何故斬らない!?」

  親次はその背に叫んだ。悔しさを込めて。

  見逃してもらうなど、屈辱でしかない。

  「一思いにやれえっ!!」

  兜を脱いで、斬られる覚悟を決める。しかし、義弘は半身だけ振り返り、短く言った。

  「今更首を取ったところで、負け惜しみにしかならん」

  義弘はそう言って、再び背を向けた。

  呆気にとられた親次に、もう一言。

  「それに、惜しい」

  義弘は、再び歩き始めた。その距離は遠く、しかし背中は大きく。

  親次はその場に座り込んだ。

  (道雪さん、すいません、負けちまいました)

  悔しかったが、何故か、屈辱は消えた。

  惜しいと言われたからか、助かったからか、出し切ったからか。

  (また、会いたいな。会いたいような、会いたくないような・・・・・・)

  怖いけど、会いたい。

  そして、出来ればいろいろ話したいと思った。

  

  

  「そして、俺は本陣に戻った。短い時間だったが、楽しかった」

  「そんなことがなぁ」

  宗茂は、仲間の功績を聞き、素直に感心した。

  只者ではないと思っていたが・・・・・・。

  「天正の楠木正成、と親次を呼んだのは、あんただったか」

  「ああ。伝承によれば、楠木もまた、奇襲にて、少数で大軍を撃破するのが得意だったと聞く。適切な例えだと思うが」

  「そうだな。しかし、南北朝最強の武将の称号を、島津最強の男からつけられるとは」

  「俺は最強ではない。他にも強い男は大勢いる」

  「そうか。もう島津とは戦いたくないな」

  宗茂はそう言って、天を仰ぐ。

  「それを聞いて、親次不在の無念が強くなった」

  「そうだな」

  義弘も天を仰ぐ。

  無いものねだりなどしても無意味だとは理解しているが、せずにはいられなかった。

  「その後どうなったかは、知らぬか」

  「ああ。他家に仕えたとか、討死したとか噂はあるが、真実味はないな」

  「そうか・・・・・・生きているなら、会いたいものだ」

  

  

  「本当に、言わなくていいの?」

  同刻、立花城にて、宗茂の妻、誾千代は、思いがけない訪問者に尋ねた。

  「ああ。今は豊後もいろいろ混乱してるし、岡城にも新しい城主が来たし、ゴタゴタは避けた方がいいと思う」

  訪問者であるコアラは、気楽に笑ってそう告げた。他でもない、志賀親次だ。

  「宗茂、喜ぶと思うけど」

  「うん、まぁ、ころ合いを見てまた会いに来るから」

  そう言って、親次は立ち上がった。

  「島津の奴らにも会ってやったら?会いたがってるとか、噂聞くけど」

  「うん、それも、いいかも」

  「皮肉たっぷりに言えば?あの時負けた雑魚介君、とか」

  「いや、負けたのは俺の方さ」

  親次は頭をかきながら、恥ずかしそうに笑った。

  

  親次は城を後にして、森に消えた。

  誾千代は、きっと近いうちに、また来るだろうと思いながら、夫の帰りを待っていた。