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用意された囲いの中、ぱしゃんと水が跳ね上げられる音がして、鈍く壁に反響して響く。
どう?
どう思う?
濃い水の匂いがしたよ?
欲しいね。
欲しい。
彼、良いよね。
良いね。
とても良いよ。
聞く?
試す?
逃げるかな。
逃げるよ。
どうする?
どうしようか?
・・口付ける?
うん。そうしたら・・ね?
流れの無い水の中。
彼女たちはゆらゆらと揺蕩い、密やかにクスクスと楽し気に笑い合う。
そうしよう。
そうしよう。
そうしよう。
彼に口付を。
そうしたら、たくさんたくさん子種を貰おう。
動かなくなったら、ちゃあんと[[rb:食べて > 愛して]]あげよう。
楽しみ。
楽しみ。
楽しみ。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
不意にゾワワっと悪寒が走り、反射的に背筋をぶるりと震わせたのを察した傍仕えが「アド様?」と気遣わし気に問うた。
「体調が優れませんか?」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
「分かりました。何かありましたらすぐに仰ってください」
「あぁ」
隣に座る傍仕えと小声でやり取りする間にも、カポカポと馬車を牽く馬の蹄の音が通路に反響して車内に届く。
大穴の底から出発して10分ほど経っただろうか?
取り留めない会話を交わしているうち、早くも目的地に着いたようだ。
ゆっくりと馬車が停止したので、窓の外に目をやる。
直後に、扉を外からコンコンと叩かれ、傍仕えが「はい」と返すとそのまま外側に開いた。
「到着です。お降りください」
「分かりました」
「距離があると聞いたが、思ったより近かったな」
「でも相当離れているだろうね。道が良いから倍くらいの速さで着いたんじゃないかい?」
用意された踏み台を降りた虎耳と盾役の会話を聞きながら、私も平らな地に足を着ける。
コッ、と。固く滑らかな地面にブーツの踵が当たり小気味よい音を立てた。
全員が降りたところで、直ぐに案内人が「こちらへお集まりを」と声をかける。
「お、お疲れ様でございます。ここは通路の端を利用しました野営場所になっております。交代で見張りを立て、定期的に地底湖の魔力走査を行い水竜や他の魔物の動きを監視しているところでございます」
案内人が腕を広げる様にして示したそこには、木箱と天幕を張った簡易的な宿泊所が通路の右側に並んでいた。
休憩場所らしき所には椅子の代わりであろう木箱が並び、その中心には焚火を焚いた痕跡がある。
更にその奥には、うっすらと青白い光で満たされた空間が口を開いて待ち構えていた。
『いよいよ遺跡だ』と思うと気が逸り、自然ときつく拳を握りしめる。
「あちらが地底湖になりますが、皆様に直接ご覧いただく前に安全確認を致しますので、少々お待ち頂けますか?」
手の平を胸の下辺りで擦り合わせるようにして問うた案内人。
眼鏡貴族が僅かに顎を引いて了承を示し、それを確認した小太り貴族が尊大に頷いて「よかろう!手早くせよ!」と声を張り上げた。
声の大きさにビクッと肩を震わせた案内人は「そ、それでは暫しの間お待ちを」と頭を下げて集団から離れ、簡易宿泊場所へと声を掛ける。
「おい![[rb:人魚 > マーメイド]]!人魚はいるか!」
「・・・はいな~」
やや間が開いたが、間延びした女性の声が答えた。
入り口の布が捲られ、出て来たのは青から緑へ移り行く鱗を持った人魚。
驚く事に、胴体に対して異様に長い下半身は鱗に覆われているものの、人種とそう変わらない形をしている。
陸で活動する際には魔法で変身するのだと記憶にあったが、成程。これならば問題なく移動できるという訳だ。
顔から股間辺りまで、体の前面部分は柔そうな肌で、鱗は無い。
勿論、胸と腰にはしっかりと布が巻かれている。
が、下着姿とそう変わらない布面積なので、少々目のやり場に困る・・せめて脚は隠してくれないだろうか・・
「何のご用で~?」
「安全確認だ。今日の状況を教えろ」
「はいはい~。今日も魔物らは大人しいもんですよ~。水に入りさえしなければ問題無いかと~」
案内人と会話している人魚をそれとなく観察していたが、不意にこちらに視線が向けられた。
瞼の無い、天光に輝く水面のような不思議な色をした瞳と視線がぶつかる。
「あれまぁ~・・これはまた随分と[[rb:美 > ・]][[rb:味 > ・]][[rb:し > ・]][[rb:そ > ・]][[rb:う > ・]]な・・」
思わずといった風に零れ出た言葉に、案内人は眦をキリリと吊り上げ、脚が長い分背が高い人魚を見上げて怒鳴った。
「おい!この方たちは王国からの協力者様たちだ!絶対に手を出してはならんぞ!」
「あれ。そうですか~。わかりましたよぅ~」
「絶対だからな!これから皆さまが地底湖をご覧になる!念を入れてもう一度地底湖内の確認をしてこい!」
「あぁ~はいはい~」
噛みつくように話す案内人に対し、間延びした声で飄々と応えた人魚だが、依然視線はこちらに固定されている。
そんな態度を腹立たしく思ったらしい案内人は「聞いているのか!」と怒鳴り、人魚の膝あたりを横から蹴りつけた。
足元を払われた形となった人魚は身体を支えられず、大きな音を立てて横向きに倒れる。
「愚図が!さっさと見てこい!」
「あ~・・はいよぅ~」
怒鳴られた人魚はのっそりと起き上がり、蹴られた足を引きずるようにして通路を出て行った。
鱗が光る後ろ姿に舌打ちして「ふんっ!人食いが」と悪態を吐く案内人・・
その態度に、思う所はある。
だが、ここは皇国。純人主義が強い力を持つ国だ。
この国では、人種以外の種族は地位が低い。
特に皇国の貴族の他種族への排斥と差別は目を覆いたくなるほど酷いものであり、他種族を国民として受け入れて来た王国からすれば、心情的にどうしても納得し難い。
しかし、何度も言うがここは皇国。
口惜しいが、王国民である私がどうこうしてよい事では無い。
他国には他国の、王国には王国の慣習や決まりがあるのだ。
一方で皇国に住まう他種族も、皇国では暮らして行けぬとなれば他の国へと逃れるのが自然だが、人魚を始めいくつかの種族は自ら皇国を生きる地としている。
勿論、皆それぞれ事情があり、皇国から逃れたくともどうする事も出来ない者も居るだろう。
そんな中、人魚の場合は彼女たちの生態、文化故に、皇国で暮らす方が都合が良いのだ。
ただ生きていくだけならば、隣国である王国に住まうのが差別も少なく、楽なのは間違いない。
しかし王国では奴隷制度を廃止している為、種役である男性を合法的に得る事が難しいのだ。
それ故、彼女らは皇国に住まう。
自ら進んで皇国の益になるようにと動くのは、偏に種役を得る為。
彼女らに我が王国で自由に生きて欲しい気持ちはあるが・・それでは子をなせずに滅びてしまうからな。
どうにも、もどかしい事だ。
その後、脚を引きずった人魚が戻り「問題ない」と報告があった為、すぐに地底湖を見に行くことになった。
通路から岩がむき出しになった空間へと足を踏み入れる。
途端、視界に映ったのは然程広くない洞窟の壁から無数に生えている魔力結晶に照らされる、幻想的な空間。
洞窟内の半分以上は水に浸かっていたが、水に沈んだ壁からも仄かに青白く燐光を放つ魔力結晶が生えている為、随分深いところまで目視することが出来た。
地底湖の縁から覗き見た水中は青白い光で満たされており、そんな中を水棲の魔物が黒い影を落として通り過ぎる光景は、思わずため息が零れる程美しい。
魔力結晶とは生き物の体内で魔力が凝ったり、[[rb:迷宮 > ダンジョン]]の魔物を討伐した時に得られる魔石とは違い、長い年月をかけて魔力が直接物質化したもので、主に魔力の濃い閉鎖的な空間で自然生成される。
魔石より純度の高い魔力の塊である魔力結晶は青白い燐光を放つため非常に目に着きやすく、一度発見されればすぐさま持ち去られ、高値で取引される。
しかしここは水竜の所為で採掘されずに放置されているようだ。
竜種は魔力の変化に敏感だからな。
持ち出した事で水竜に暴れられ、遺跡が壊れたりすることを恐れたのだろう。
水竜が原因で遺跡が調査出来ないのは悩ましい問題だと思うが、この場景を直接目に出来た事については感謝したいと思ってしまう。
それ程に美しい光景。
無論、どうにかして「でじかめ」に納めようと決意したのは、言うまでもない。
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