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大穴を囲む形で建てられた太い石柱に、頑丈そうなロープが張られている。
昇降機が壁と設置された道に接触しないよう離す為だ。
案内人と貴族らが乗り込んだカゴが吊り上げられ、地面から離れる。
皆が見守る中、壁から離れた位置まで進むとそのまま下へと降りて行った。
皆、落下防止の為に張られたロープの手前に立ち興味深げにカゴを目で追う。
「・・思ったよりゆっくりだな」
「揺れるからじゃないか?しかし、遅いね」
虎耳の呟きに、「不屈の砦」のリーダーの盾役、ミリアーナが反応した後に傍仕えへと振り向き続けた。
「そうだカルセ。ウチの者たちを助けてくれた時みたいに、ウチらも下まで運べないかい?無理にとは言わないけどさ」
「あぁ。空を飛んで移動したとかいうアレだな。話だけなら俺も耳にした。可能なら体験してみたいものだが・・」
期待が込められた視線を受けて、傍仕えは「如何しますか?」と私に問うた。
「・・昇降機だと往復するのに10分くらい掛かりそうだな・・頼めるか?」
「畏まりました。では、先行した者たちが到着してから降りましょう」
傍仕えが頷くと、リーダーの2人も「おぉ。やってくれるか!」「いいねぇ、助かるよ」と喜びの声を上げる。
やがてカゴが下へと到着し、少しして上昇し始めたのを確認した傍仕えは、パキリと指を鳴らし「J」と半精霊の名を呼んだ。
何もない空間から傍仕えの姿を写し取った半精霊がひゅるりと現れ、「J」と書かれた面布をふわりとはためかせ傍仕えの背後に浮かぶ。
「皆を下まで」と短い命令を下された半精霊はこくり頷くと、ゆっくりと腕を広げて見せた。
すると、体が軽くなった感覚と共に徐々に地面から足が離れていく。
見張りの兵や周囲の者たちが驚き騒めく中、流石の冒険者らは慌てる様子はなく感嘆の声を上げた。
「おぉ!」
「凄いねこりゃ!」
「そのまま、体を動かさずに身を預けてください」
傍仕えが軽く注意を促し、「降りますよ」の言葉と共にすぅーと体が滑るように移動を始めた。
転落防止の簡易柵を飛び越え、穴の上に張られたロープの間をすり抜け底の方へと静かに降りていく。
ゆるやかな落下と共に足元から抜ける風が耳元でひゅうーと鳴り、服の裾や髪がはたはたと躍って少しばかりくすぐったい。
見回せば、リーダーの2人は空中を移動するのは初めてであろうに慌てるどころか楽しんでいるようだ。
「これは良いな!」
「ウチのモウロが飛ぶ時もこんな感じかね?!」
「これは落ちる速度を緩めているだけだから、虫人が飛ぶのとはまた違うのではないか?!」
「それもそうか!」
風に邪魔されないよう声を張り上げて会話している間に空中の移動は終わり、固い地面へと静かに降り立つ。
先に着いていた面々は生身で降りて来たこちらに驚いたものの、声を上げずに『何してるんだコイツら』といった感じの視線を向けて来た。
「何だ、カゴが上がって来るのを待てなかったのか?」
呆れを含んだ声音で、騎士隊長のワイズが問う。
「いえ。リーダーのお二方が「飛びたい」と仰るもので」
「へぇ~。今度僕もお願いしようかな」
「お戯れを」
「いやいや、本気さ。機会があったら是非頼むよ」
「対価は弾もう」とにっこり笑う騎士隊長にうんざりした様子の傍仕え・・
ちら、と意識を向けられたのを感じ取り、僅かに顎を引いて了承の意思を伝えた。
「・・・・・では、こちらの言う対価が用意出来たらという事で」
「いいね!後で話を詰めよう!」
話を切り上げた騎士隊長が貴族らの方へと戻ると、そわそわと待っていた案内人が「そ、それではまずはこちらから」と壁の近くに建てられた石壁の囲いの前に立ち、案内を始めた。
「あちらの通路の先が遺跡となっておりますが、遺跡は地底湖の底にありますので調査はコレらの力を使って行っています。と申しましても、水竜のせいで全く進んでおりませんが」
そう言った後で「おいっ!出てこい!」と壁向こうに乱暴に呼びかける案内人。
僅かな間の後、「はいよぉ~」と間延びした女性の声で反応があった。
石壁の影からひょいと顔を出したのは、つるりとした頭部に鱗を生やし、耳の位置に幅広のヒレを持った水の種族。[[rb:人魚 > マーメイド]]だ。
「おやおや今日は団体さんで~」
「勘違いをするな!この方たちは隣国からいらした大事な協力者様たちだ!次の対価なら近々届く!」
「そうかいそうかいならほかの娘たちにもそう言っておくよ~」
「くれぐれもこの方たちに手を出すなよ!」
「わかったわかった気をつけるよ~」
「全く!皆様、失礼致しました。コレらは対価を与えて使っております海辺に住まう人魚です。水中は元々コレらの住まう所ですので、役に立つだろうと連れて来た次第です」
そう話す案内人の後ろで壁の影から首を伸ばした人魚は瞼の無い目を細め、巻煙草らしき茶色の棒を咥えた口元を笑みの形にして、水かきのある手をひらひらと振って見せた。
「水竜討伐の際にもコレらは役に立つと思いますので、どうぞお役立てください。それではあちらの馬車にどうぞ。遺跡が沈んでいる地底湖の近くまで参ります」
案内人に従い、皆が馬車へと歩みを進める中・・視線を感じて振り向く。
と、石壁の影から顔を出していた人魚の背後から、さらに幾人もの人魚が顔を出してこちらを見ていた。
全員が獲物を見つけた狩人の様に目を細め、笑っている。
身の危険を感じ、怖気で寒くなった背筋をぐっと伸ばし前を向いた。
ずっと、視線が背中に張り付いているのを感じつつ歩みを進める。
『厄介事になる、か?・・』
這い寄る不穏な気配に内心が騒めくも、表面上はいつも通りにして皆に追いついた。
移動は、上から降りた時と同じように2台の馬車に分乗して行く。
傍仕えが開けてくれていた2台目の馬車の扉を潜り、奥の席に着いた。
その直ぐ後に虎耳と盾役が乗り込み、最後に傍仕えが乗って扉を閉める。
先に貴族らの乗った馬車が動き始め、こちらの馭者も馬に合図を出して馬車を動かした。
僅かな間ガタガタと揺れていた馬車だが、通路に入ったのであろう。殆ど揺れ無くなる。
成程。話に聞いていた通り、この不思議な通路は驚くほど滑らかに整えられているらしい。
通路に興味を引かれていたところ、向かいに座る虎耳が腕を組んだまま口を開いた。
「どうやら、人魚らに気に入られたなアド。気を付けた方が良いぞ」
「みたいだねぇ。色男は大変だ」
冒険者2人からそう声を掛けられ、少々憂鬱な気分になるも「忠告感謝する」と礼を伝える。
人魚の事は一応知識としてある。
彼女らは人に近い美しい見た目をした上半身と、魚に似た下半身を持つ半人半魚の種族で、女性しかいない。
それ故繁殖には他種族の男性が必要になるのだが、好みには煩い。
だが見目ではなく、魔力で選ぶらしいと聞いた。
ただ、種役として彼女らに招かれた男性は数日で死に至る事が多く、その事実により他種族からは忌避される事もあると聞く。
文化、風習が違い過ぎるため仕方が無い事ではあるのだ・・
種役の男性は死した後、骨の一部を残し全て彼女らに食われると聞けば、納得しかない。
人種を始め、多くの種族は遺体を大事に扱い、埋葬する為、彼女らとは基本的に相容れる事はないのだ。
だが、彼女らにとって種役となった男性を食べるという行為は、神聖かつ最大の敬意を表す儀式だ。
子をもたらしてくれた男性に感謝し、敬意を示す為にその全てを身の内に取り込む。
骨の一部は装飾品に加工して生まれた子に授け、父親の事を語って聞かせる。
そうして父となった男性の記憶と魂を真に一族に迎え、引き継いでいく・・そういう文化なのだ。
人魚が男を食らう事だけを知る者からしてみれば驚きだろうが、彼女らの住まいの近くに居る他種族とは、存外交流が活発だ。
水中に住まう彼女らがもたらす海や川の幸や希少素材、水中での作業力、そして美しい歌声は、他種族にとって大変魅力を感じるものだからだ。
また人魚側も、他種族から種を受けなければ自分たちが滅んでしまうことを良く理解している為、交流には意欲的かつその内容は好意的だ。
人魚が住まう海や川の近くでは時期物の産物等は普段から取引があり、中には陸に上がって歌を聴かせる等して出稼ぎをする者もいる。
そうして稼いだ外貨で、彼女らは繁殖期になると男性の奴隷を買い求めるのだ。
また、他種族の方から対価として種役の男性を差し出す事もあるらしい。
王国には海が接していないので人魚は滅多に見ることは無い。
今回、人魚が居ると聞いて見分を広める良い機会だとは思っていたが、まさか気に入られてしまうとは・・
面倒事を起こしたくはない。
彼女たちとは、出来るだけ接触を避けるしかないな。
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