008-017
ダインが耳長屋敷を訪れてから、三日目の朝が来た。
遊魔達は睡眠を取らずとも大丈夫な身体では有るが、一度眠って脳を休めた方が効果的に動ける生き物である為に、遊魔達は部屋で眠りに着いた後、余力の有る者が起きて朝食を作るのが決まりだ。
そして、今日その条件が整っていたのはリリルカで、やった事の無い調理作業に悪戦苦闘していた。
リリルカは調理は初めてだが知識は十分に有る、遊魔の基礎知識には遊魔達が作った様々な料理のレシピが有り、今ある材料と見比べて出来る物を選択する、だが、リリルカには難題もあった、そうリリルカは刃物を殆ど使った事が無かったのだ。
メファティと知り合ったのも、フィールドワークの食事時などを任せたのがきっかけで、基本リリルカが料理をする事は無かった。
だが、遊魔社会では料理スキルがかなり重んじられており、下手な物を出すわけにはいかない。
リリルカ思考 『なまじ種類が有ると選ぶのが大変ですね、あ、これなんて刃物を使わなくても出来そうですが材料の方は・・・』
リリルカは厨房を探索して材料を探す、基本的に必要な物はどうやら揃っている様だが、ダインを喜ばせる為にはここから先の工夫が必要だろう。
リリルカが厨房であと一工夫に思案していると、オハナIIIが厨房に現れる、遊魔と成って食の喜びを知ったオハナIIIは調理というものに興味津々なのだ。
オハナIII 「オハナもお手伝いしても良いですか、食べ物にあんなに違いがあるなんて知りませんでした、何時も四角い塊を食べてましたから」
両手で表したオハナIIIの今までの食事は、パンよりも少し小さいぐらいだが、四角いというのがリリルカに想像出来ない。
リリルカ 「それはありがたいです、リリルカもここから悩んでいるんです、甘い朝食でも問題有りませんよね?」
オハナIII 「甘いは幸せの味です、オハナは大歓迎ですよ」
オハナⅢの賛同が得られたので、リリルカは本格的に調理を始める、耳長魔導具の熱板を準備して、粉、乳、卵を混ぜて生地を作る、遊魔の使う乳は勿論自身の母乳で有るが、参加するオハナIIIの母乳と合わせて、甘みと油分を調整する。
リリルカ 「生地はいい感じに出来上がったと思います、少し熱板で焼いてみて試食してみましょう、後はオハナIIIの乳を多めにして撹拌すれば程よい甘さのクリームが出来ますね」
オハナIII 「ならオハナはクリーム作りを始めます、生地の味見と添える果物をお願いします」
リリルカ 「基本は木苺を使いましょう、ディ姉様達は常にストックしてますからね、ジャムも沢山有りますけど、苺は使わずに他の果物のジャムを添えましょう」
オハナIII 「あの丸い奴からいい匂いがしてますので、食べてみたいです」
リリルカ 「水カボチャですね、確かに食べ頃の匂いがしてますから切り分けましょう」
水カボチャとはメロンの事だ、北部人類圏では実のなる蔦植物は全てカボチャの仲間と分類されているのだ。
リリルカは少量の生地をバターをひいた熱板に垂らして様子を見る、熱板への魔力の供給は尻尾で出来る為に、両手で水カボチャを切り分けて行く。
オハナIII 「美味しそうな香りです、でも冷やすともっと美味しいですよね」
リリルカ 「確かにそうですよね、冷却の魔導具は無いんでしょうか?」
リリルカとオハナIIIは辺りを見回すが、そういった物は無さそうだ、そこでリリルカは桶に水を汲むと、それを魔術を使って凍らせると、上に切り分けた水カボチャを乗せる。
オハナIII 「さすがリリ姉様です、氷で間接的に冷やすんですね」
リリルカ 「はい、これなら食材は凍りませんよね」
そして約一時間後、朝は遅めなダインが目を覚まして食堂へと降りて来る、ダインよりも早く起きた三天人達はリリルカの作業を手伝って、豪華な朝食を完成させてダインを迎える。
ダイン 「良い匂いです、今日はフルーツを添えたパンケーキですか美味しそうですね、甘いは幸せの味ですから用意してくれた者達に感謝です」
ダインの言葉を聴いて、主導したリリルカは満足そうだ、努力を褒められる事は嬉しくない訳が無く、特にダインの労いの言葉は遊魔にとって何よりの褒美だ。
リリルカ 「ですが食べて感想を貰わないと不安です、見た目が味を裏切る事も有りますから」
ダイン 「見た目はそうですが、匂いは裏切りませんよ、まぁ酷い匂いで美味しい物もありますが・・・私は匂いも良い方が好みです」
ディーティル 「じゃあガザガザは駄目ですね、とても甘い果物ですが、ウンコの匂いがしますから」
ダイン 「私の世界にもそういうのが有りましたね、他の国の果物で菓子が罰ゲームなんですよ」
ディーティエ 「嫌な話は止めて欲しいです、ガザガザは嫌な思い出です」
ディセルト 「え、美味しいじゃ無いですか、もう百年以上食べてませんけど思い出すと食べたくなります」
見解の異なるディセルトの顔をディーティルとディーティエは信じられないものを見る様な目で見ている、ダインはキャンディだけでドリアンに嫌な思い出があるので、ディーティエとディーティル寄りだ。
ダイン 「まぁ、人が嫌がる物はなるべく一人で食べて下さい、くれぐれも皆の居る食卓には出さない様に」
ディセルト 「本当に美味しいんですけど」
リリルカ 「それよりも朝食にして下さい、リリルカ初めての手料理なんですよ」
オハナIII 「オハナにとっても初めての料理、味見はしたけど沢山食べたい」
ダイン 「そうですね、席に着いて頂きましょう」
こうして、遊魔達の報告会を兼ねた朝食が始まる、未だディーラルの状況は不透明な事は多く、新たな問題も発生していたが、遊魔達に焦りは無い。
ディセルト 「ザオルの里の者達はヒーソフ王の許しを得て、耳長直轄地へと移送させます、イファタだけはここに残すつもりです」
ダイン 「まぁ妥当ですね、キュカの方も上手くいっている様ですし」
ディセルト 「ザオルもなかなか侮れないですね、キュカの姉を王城に忍ばせているなんて」
ダイン 「ラールカという人物はそれ程信用されて無いんですね、勢力は大きい様ですが・・・やはり背後の地の王の影響でしょうか」
ディーティエ 「恥ずかしながら、三天人の戦力は無い様なものですからラールカが地の王と接触するのも仕方ないかと、頼みのクフィカールの雑な扱いにザオルの者達も驚いてましたね」
ディセルト 「あれでも年に一度は動かしてますけど・・・魔力通しておかないと乾涸びるんですよ」
ダイン 「え、近くに有ったんですか?」
ディセルト 「ザオルの里の人を集めた洞窟に置いてます、イファタが見張っているので大丈夫ですよ」
ダイン 「それは早期に見ておくべきだったかも、まぁ飛べないクフィカールが一機有っても大した戦力じゃ有りませんが・・・」
ディセルト 「そうですよね、今なら私達の方がお役に立てます」
ダイン 「遊魔は私の切り札ですからね、さてと本日の行動予定報告して貰いましょうか」
ディセルト 「私はザオルの里の者達と条件を詰めます、ヒーソフ王はディーティエに任せますね」
ディーティエ 「了解です、ディーティルを護衛に使いますよね?」
ディセルト 「はい、イファタも居ますが里の者で良からぬ事を考える者も居るかもしれませんので」
ダイン 「ザオルは三天に任せていいでしょう、オハナIIIは花園に向かって下さい、遊魔というモノがどういったモノなのか理解して貰いましょう、帰りに二人ぐらいなら運べますよね?」
オハナIII 「はい、大丈夫だと思います、昨夜ダイン様が実践してくれましたので」
ダイン 「無理そうなら一人で十分ですから、今日一人でも明日二人で行けば良いだけです」
レ・ミュウ 「ミュウは何をすればいいんですか?」
ダイン 「ミュウは昨日と同じで花園に向かって下さい、守護対象がオハナIIIに変わるだけです、二人拐かして一人はミュウが持ち帰るでも良いですね」
レ・ミュウ 「解った、臨機応変に動けばいいんですね」
ダイン 「その通りです、花園でも想定外が有るかもしれません」
ダインは意味深な笑みを浮かべるが、ダインが怪しいのは何時も通りなので、別段誰も気に留めていない、だが、ダインの企みは遊魔達にも秘密のまま進行しているのだ。
リリルカ 「私の役目は何が与えられるんですか?」
ダイン 「リリルカはこの屋敷の書物を調べてみて下さい、長い時間が有ったにも関わらず三天は手を付けていない様ですから・・・」
ディセルト 「耳長の記録文字は難しいんですよ、文法とかも会話と違いますし、歴史書を担当する耳長は先ず師から文字を教わるんです」
ダイン 「それは困りましたね、大丈夫でしょうか?」
リリルカ 「記録耳長文字に関する書物は学府で見た事が有ります、無理なら学府に戻って借りてきます、まぁ貸し出し禁止だとは思いますけど、リリルカも魔術を覚えましたから、それに読む人なんていないでしょうし」
ダイン 「急ぐ必要は有りませんよ、リリルカには屋敷に居て欲しいですから、私の実験と関係するんですよ」
リリルカ 「なら屋敷に籠ります、ダイン様も屋敷に居ますよね?」
ダイン 「基本はそうですが、確定はしてません、私は気まぐれですから・・・あとキュカとイファタは現状を継続ですね、人間を探るのは軽視できませんから」
ディセルト 「ではルトとティルは洞窟に向かいますね、ティは迎えを呼びますよね?」
ディーティエ 「はい、発光の魔導具を使いましょう、ヒーソフ王はザオルの襲撃を知らないかも知れませんから」
ディセルト 「そうですね、キュカの報告でもそうなってますし」
ダイン 「それでは、今日の仕事を始めましょうか」
ダインの言葉で、各々の遊魔は食堂を後にする、リリルカだけは後片付けの為に食堂に残るが、目標を定めた遊魔の動きは早い。
ダインは二階の自室に引き籠もって何かを始め、レ・ミュウとオハナIIIは隠蔽魔術を起動させた上で花園へと飛び立つ、ディーティエは王城への信号魔導具を起動させた後、迎えが来るまでお茶を飲む様で、ディセルトとディーティルは革鎧を着込んで洞窟へと向かう。
三日目の遊魔の行動は概ねダインの計画通りに進められている、三天の請け負うザオルの里の者達は予想外の出来事では有ったが、構想していた人間を使った諜報組織の前倒しだと考えれば、本来の想定よりもかなり進んだとも言える、ダインの構想では人間の諜報組織は殆ど一から作り上げるつもりだったのだ。
一方、屋敷から飛び立って約一時間、レ・ミュウとオハナIIIは花園へと到着していた、花園上部の開口部は昨日と同じ様に開いたままで、舞い戻ったオハナIIIを拒む気は無いようだ。
オハナIII 「では、行って来ますね、ミュウ姉様はここまででお願いします」
レ・ミュウ 「解った、ミュウは近くのザオルの里を見てくる、何か有ったら思念で送って」
オハナIII 「そう言えば近くだと言ってましたね、気にした事はありませんでしたけど」
昨日、待つ事に退屈したレ・ミュウは自分也にやれる事を見つけた様だ、ダインからの命令は無いが何事も臨機応変に対象するのが遊魔で、ダインも退屈な事を強要するつもりなど無い。
レ・ミュウを待たせるという憂いの無くなったオハナIIIは、軽い気持ちで降下して花園の周りを何周か回ってから中に入る、遊魔で得られた知識と自身の花園の知識、そして外観の情報を合わせる事で花園の構造を推測する意図が有ったのだ。
遊魔と成って思考が劇的に変化したオハナIIIは、より詳しい花園の構造を推測してダインに捧げたいのだ、そうダインが花園を狙っている事を承知で自らを産み出さした存在すらをもダインに献上するつもりなのだ。
だが、花園はそんな内情など気に留めていない様にオハナIII、いや087-003をその内部へと迎え入れてしまう。
おまけ
王妹ラールカ ディーラル現国王ヒーソフの腹違いで歳の離れた妹、奇しくもヒーソフの娘ペーテと同じ歳で比べられる事が多い。
人からちやほやされる事が好きな性格で一番愛されたいという野望を持っているが、ディーラル現体制では絶対に超えられない崇拝者である三天人がいる為に色々と策謀を巡らせている。
その現れがラールカ派と言われる勢力の拡充で、ゆくゆくは王位に着いて三天人を崇拝するディーラルの現状を変える気でいる。
容姿に自信を持ち、その身体と言葉で諸侯を手玉に取って勢力を拡大しているが、そのやり方はダインにとって不快なもので、遊魔の候補にはならない。
三天人を敵視しているラールカは、かつてディーラルと敵対した地の王とも繋がっている可能性が疑われている。
そして起こった、三天人襲撃事件はラールカ自身が指示して行った事で、もはや遊魔との対立は避けられない状態である。