ライカンスロープ 第10話

  バールが待ち伏せをしていた橋からやや離れた場所に、その地区の集会場がある。

  その屋根の内に、鷹が一人、豊和M1500狙撃銃を構え、周囲を見渡していた。集会場の南北には、犬とチーターが刃を手にして、同様に鋭い視線を四方に向けている。

  そして、集会場入り口前のベンチには、少年少女が腰かけていた。彼らの前に立つのは、それぞれ小銃と太刀を背負ったカモシカと虎だった。

  「それじゃあ、話してくれる?」

  空は二人に対し、膝を曲げて目線を合わせて、優しく問いかけた。

  自分たちを警察の特殊部隊であり、凶悪犯が逃げ込んだこの地に来た。空はマニュアルに従い、そう説明した。二人はキメラを目の当たりにしたためか、ひどく怯えているので、説明役は空が適している。

  獣人の顔を見られたら泣き叫ぶかもしれないが、ヘルメットを着用しているためその心配もない。

  (でも、顔を隠していても、尻尾は丸見えだしな。ヘルメットは前に突き出てるし、副隊長にいたっては、翼も丸見えだし。顔隠す意味あんのか?)

  瀞はそんなことを考えながら、五感を、特に嗅覚を総動員して周辺警戒を継続する。先ほどのミスを繰り返すわけにはいかない。キメラが接近しようものなら、いち早く気づかなければならない。

  「あ、はい」

  中学生くらいの女の子が、ようやく口を開いた。

  「私たち、連休だから、じいちゃんの家に遊びに来てて。それで、朝起きて、朝ご飯作ろうとして。じいちゃんは、畑にもう行ってて」

  「うん」

  女の子は、力ない口調で話し出した。しかし、徐々に声は小さくなり、目がしらに涙が溜まっていく。

  「家の外に、さっきの、変な生き物がいて・・・・・・畑の方にいったから・・・・・・見にいったら・・・・・・」

  女の子の声はか細くなり、聞き取れなくなった。そして、小学生くらいの男の子が、声を押し殺して泣き始めてしまった。

  「無理して、言わなくてもいいから」

  空は優しくそう告げて、二人の肩に手を置いた。すると、女の子は首を振って言った。

  「あの、怪物が・・・・・・じいちゃんを・・・・・・」

  それ以上言わせなかった。空は二人をまとめて抱きしめ、頭を撫でる。

  突如襲った災いにより、身内を失った二人の悲しみは計り知れない。慰めの言葉など思いつかない。ただ、自分がこうすることで、僅かでも二人の苦しみを和らげようと、空は二人を抱きしめた。

  (そんな・・・・・・本当に、一般市民が殺されたのか!?)

  それを聞いていた瀞は、空と同様に悲しみを抱いたが、別の感情も抱いていた。

  それは、怒りだ。

  キメラにより、一般市民が命を落としてしまった。その事実が、瀞の心に怒りを灯した。

  リッパーにBATの調査員が殺されたときとは、芽生えた怒りの重さが違う。

  普通に生きてる人が、あんな化物に襲われる、あってはならない。

  化物と戦うのは、獣人の役目だ。

  あんな血みどろの戦いには、普通の人は巻き込まれてはいけないのだ。

  瀞の中で、キメラに対する憎悪が膨れ上がっていく。他の隊員たちも、同様だ。

  だが、何よりもまずは、目の前の二人を守らなければならない。

  「隊長、まずは二人を」

  「そうだな」

  和虎は二人の前でしゃがみ、目線を合わせた。

  「まずは君たちを安全なところに避難させたい。俺たちについて来てくれないか?」

  いつも通りの低い声だが、角を丸くしたような、優しさが込められた声で二人に話しかける。

  (そんな声も出せるんだ)

  (裏声出すかと思った。でも、隊長の裏声とか聞きたいけど聞きたくねーな)

  瀞と風丸がそんなことを考えていると、女の子が首を横に振った。

  「あの、まだ、私の妹とこの子の弟がじいちゃんの家にいるんです」

  「妹と、弟?あなたたちは、姉弟じゃないの?」

  「いえ。従弟です。私が三姉妹で、この子の方は三兄弟で」

  「えっと、じゃあ、あと、女の子が二人、男の子二人が、おじいちゃんの家に?」

  「はい」

  「おじいちゃんの家の住所は?」

  「えっと・・・・・・すいません、分からないです。何て言ったらいいかな・・・・・・道なりなんですけど」

  「そう。いいの、気にしないで」

  「あ、案内しますから。5分ちょっとくらいだし」

  「うん、そうね。ちょっと待って」

  空は立ち上がると、和虎の方を見た。ヘルメットの奥の視線が問いかける。どうしましょう、と。

  (二人を連れて行くのは危ないし。でも、取り残されてる兄弟たちのとこにも急いでいかないといけないから、部隊を二つに分けた方がいいのかな?そもそも、他にも取り残されている人たちがいるから、進行ルートの家を全部回らないと。この子たちの家に真っ先に行くわけには・・・・・・でも、そこには間違いなく人がいるって分かってるから、優先した方がいいのかな。それに、子供なんだから)

  空と違い、和虎は迷わなかった。

  「この子たちの祖父の家に全員で向かうぞ。居場所が分かっている彼らの安全を最優先で確保する。家に到着後、ヘリで回収してもらい、俺たちは任務を続行する」

  和虎は、今後の行動方針を短くまとめた。

  正しい判断だと、瀞は思った。ここの住民の多くは農家であり、各々の田畑へ向かっている可能性が高い。家を回っても、見つけられないだろう。しかも、田畑が家の近くにあるとは限らない。出撃前に集落の地図は暗記したが、小さな田畑の場所やその所有者までは記されていなかった。どこにいるか分からない住民を探すことより、居場所が明確な住民の元へ向かうべきと考えたのだろう。また、田畑の多くは道沿いにある。進軍中、必然的に見かけることになるはずだ。

  「案内してくれ」

  「はい」

  女の子が頷く。すると、無言だった男の子が口を開いた。

  「おじさん、あの化物を、倒せるの?」

  「ああ」

  和虎は即答した。

  「剣で?」

  「もちろんだ」

  「本当に?マシンガンじゃなくて?」

  「銃はいらん。これで十分だ。というか、俺はこれの方がいいの」

  和虎は太刀を抜いた。

  「熊徹みたい」

  和虎を見る男の子の視線に、尊敬の念が込められた。

  「俺は熊じゃなくて虎だ」

  (いや、それ、言っちゃだめなんじゃないですか?)

  賢士を除く部下三名は、心の中で和虎に突っ込んだ。

  「名前は?」

  「亮太」

  「私は、綾子です」

  「よし。亮太、綾子。今からお前たちの弟や妹を助けに行くぞ。俺たちから離れるなよ」

  「はい」

  「うん」

  綾子と亮太は、力強く頷いた。

  隊員だけでなく、会ったばかりの子供の心も、和虎は掴んでいた。

  「ゼロサン、この子たちを頼むぞ」

  「はい」

  「隊列はさっきと同じだ。行くぞ!」

  和虎の号令の下、進軍が再開された。

  使命感と正義感を、より強く燃え上がらせて。

  より警戒心を高めて、川沿いの道を歩いてゆく。ヘルメット越しに嗅覚を総動員して、微かな臭いも逃さぬように。

  無論、視力と聴力による警戒も怠らない。五感全てを研ぎ澄まし、キメラを探す。

  歩く速度は、綾子と亮太に合わせているので先ほどより遅い。もどかしいが、その分しっかりと注意を払うことが出来た。

  左には浅く広い河、右には畑があり、見通しがいい道だ。だが、小型のキメラなら腰程度の高さの草木に紛れることが出来る。油断はできない。

  さらに、このまま進めば林に挟まれた道を通らなければならない。そこでは、より一層奇襲に備えなければならない。

  (何としても、二人と、その兄弟たちを助けないとな)

  決意を固める瀞の鼻先に、嗅ぎなれてしまった臭いが突き刺さった。嗅ぎたくなかった臭いだ。

  瀞は左手を上げて後続の隊員達を止めた。

  「隊長。血の臭いがします」

  ヘルメットの下で牙を剥き出し、歯噛みして伝える。

  「人間か?」

  「はい」

  隊員たちに緊張が走る。すると。

  「あの・・・・・・」

  綾子がを口を開いた。

  「どうしたの?」

  空が問いかけに対し、綾子は顔を下に向けて、震えた声で言う。左手で亮をしっかりと抱きしめて、恐怖に耐えながら声を絞り出すように。

  「この先の、田んぼに・・・・・・立川さんが・・・・・・」

  「そこにも生存者がいるの?」

  綾子は首を横に振った。

  「多分、あいつらに、やられて・・・・・・」

  綾子と亮の目から、再び涙が溢れだした。

  「くそっ」

  瀞はすぐにでも臭いの元へ向かいたかったが、先程の失態もあるので自重した。

  「大丈夫?歩ける?」

  空の問いに、綾子は頷いて応じた。

  「進むぞ」

  それを確認した和虎の命令のもと、前進が再開される。

  道路を30メートル進むと、道の右側に民家が建っている。その民家の裏手に回ると、小さな畑がある。

  (くそったれ)

  瀞は心の中で吐き捨てるように言った。

  田んぼには、老夫婦の亡骸があった。

  真ん中には作業着を着た夫が、自らが植えていた苗の上に倒れている。胴体には複数の刺し傷があり、田んぼに満ちた水に真っ赤な血が流れ出ていた。

  田んぼから少し離れた場所には、仰向けに倒れていた。首を切られており、周りにある草刈り機や水筒に鮮血が降りかかっていた。

  「マジかよ・・・・・・こんな・・・・・・」

  耳に届く音は、風丸の声と子供たちのすすり泣く声だけだ。

  「知ってる人?」

  綾子と亮太に抱きしめられている空は、二人を抱き返して聞いた。

  「お菓子とか、くれたの・・・・・・」

  綾子は泣きながら言った。

  瀞の脳裏には、二人の生活の様子が浮かんでいた。

  いつもどおり、田んぼに出て、適当に会話しながら作業していたに違いない。

  そう、それは、自分の故郷ではありふれた光景であって。

  凶悪な怪物から犯されていいはずがない、尊い日常だったはずだ。

  ぎりぎりを歯を食いしばり、刀を握る手に力を込めた瀞は、和虎に向き直った。

  「急ぎましょう」

  ここで怒りを爆発させても仕方がない。獣人として、やるべきことをやらねばならない。

  今自分たちがすべきことは、明確だ。

  逃げ遅れた人々を助け、キメラを皆殺しにする。

  これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかないのだ。

  「ああ。二人とも、案内を・・・・・・」

  泣きじゃくる二人へ和虎が声を掛けようとした、その時だった。

  オォォォォォォン・・・・・・

  車のエンジン音が、隊員達の耳を震わせた。すぐに隊員達は田んぼを後にし、道路に戻った。

  (軽トラか?)

  遠くから届いてきたその音は、瀞にとっては聞きなれた音だった。

  音の発信源は、南の方だった。瀞達が進んでいた道の左側に沿って流れる広い河、その奥にある広大な田んぼ、さらにその奥には小高い丘があり、車1台がようやく通れる道もある。

  (あそこか?)

  瀞が丘を見ていると、頂上に1台の軽トラックが現れた。丘を登り切った軽トラックは道に沿って北東へ、瀞達から見て左の方向へ走っていく。

  「こちらに気付かねーかな?」

  風丸がそう呟いた瞬間だった。

  頂上に、1体のバールが姿を現した。どうやら、軽トラックを追っているらしい。

  直後、もう1体、さらにもう1体。

  「って、あ!!」

  風丸が驚愕のあまり叫ぶと同時に、バールの大群が頂上へと登り、そして軽トラックへ向かって一斉に坂道を下り始めた。8本の脚を躍動させて、獲物を追いかけている。

  「賢士!空!」

  和虎に名を呼ばれると同時に、賢士は走って勢いをつけ、翼を広げて飛翔した。

  飛翔しながらも、M1500を撃ち、軽トラックに近いバールを撃ち抜いてゆく。

  そして、行動に移ったのは賢士だけではない。

  「ごめんね」

  空は綾子と亮をしっかりと抱きしめて。

  「風丸、二人を!!」

  二人から離れて風丸に託した。

  「お、おお!」

  風丸が二人の元に駆け寄ると、空は下がって助走を付けた。

  「気を付けろよ、空!」

  「うん、瀞も!」

  「行け!!」

  和虎の号令の元、空は走り、そして跳んだ。河を飛び越えて川沿いの小道へ。そして着地と同時に再び地を蹴り田んぼも飛び越しあぜ道に。止まることなく再び跳んで、バールの大群の前に立ち塞がった。

  800メートル以上の距離を一瞬で移動して戦場に舞い降りた空は、ライフルの銃口をバールの群れに向け、フルオートで撃ちまくった。

  バールは倒れるが、すぐに後続のバールが仲間の死体を乗り越えて走って来る。

  それでも空は怯まず、引き金を引き続けた。

  「和虎隊長、俺もひとっ走りして加勢に行きましょうか?」

  風丸は空と賢士の戦いを眺めながら和虎に聞いた。しかし、和虎は首を横に振った。

  「あの場は、あの二人に任せる。俺たちは、予定通りこの子らの兄弟を助けに行く」

  反論を許さない、そんな威圧感を纏った言葉だった。

  「確かに、そうするしかないですね」

  瀞は、自分に言い聞かせるように呟いた。

  本音を言うと、空と賢士の元へ駆けつけたかった。空ほどのジャンプ力は無いとは言え、全力で走れば3分も経たずあの場に駆け付けることは出来る。

  だが、綾子と亮、その兄弟の命を無視するわけにはいない。一人でも多くの命を救うには、ここで二手に分かれるしかないだろう。

  「風丸、お前は空から託されただろう。無下にするな」

  「あ、はい、すいません」

  「瀞と俺でお前たちを挟む形で進む。すぐに行くぞ」

  和虎は綾子と亮の前で座り込み、目線を合わせて二人の頭を撫でた。

  「大丈夫だ。あのお姉ちゃんはすごく強いんだ」

  「うん」

  「このお兄ちゃんも、背は低いけど強い」

  「ちょ、隊長、背は関係ねーし!」

  ムキになる風丸に、瀞がさらにちょっかいを出す。

  「そうだぞ。チャラいし馬鹿だけど、風丸はいい奴なんだ」

  「あ、瀞まで!ちくしょう!」

  風丸もノッて、わざとらしく地団太を踏む。笑顔は無いが、綾子と亮の表情が緩んだ。

  「和虎さんと、瀞さんと、風丸さんですね」

  「え?」

  「そして、賢士さんと、女の人が空さんですね」

  「あ」

  三人は、自分たちの失態に気付いた。

  (番号じゃなくて名前で呼んでしまった!)

  BATや獣人の存在は、当然ながら特級の秘匿事項にあたる。だからこそ、民間人が近くにいる任務では、隊員達は番号やコードネームで互いを呼び合わなければならない。七里ビルでの戦闘から、瀞達は名前で呼び合わないよう注意を払っていた。

  しかし、バールの群れを見た衝撃で思わずそれを忘れて、名前で呼び合ってしまった。

  「名前で、呼んだな」

  「はい、すいません。でも、和虎隊長だって・・・・・・」

  「そもそも、最初に名前読んだの、和虎隊長じゃ・・・・・・」

  「・・・・・・そうだったな」

  和虎は首を横に振り、立ち上がった。

  「先を急ぐぞ!」

  『はいっ!』

  誤魔化すように、和虎の力強い号令が下った。瀞と風丸は、力強く応じる。

  (ま、今はそれどころじゃねえよな。この子たちを救うことに集中するんだ!)

  瀞は銃声が聞こえる丘に背を向け、自分が進むべき道を睨んだ。

  (空、副隊長、頼むぜ)

  仲間に心の中で応援を送り、瀞は少なくなった仲間と共に歩き始めた。

  -------------------------------------

  空が愛用しているライフル・SIG SG552は、フルオートで毎分720発の銃弾を撃つことが出来る。装弾数は30発なので、引き金を引きっぱなしにしていると3秒も経たないうちに弾切れとなる。

  (多すぎる!でも撃たないと!)

  空は早くも3つ目のマガジンを装填した。そして、襲い来るバールの群れへ後退しつつ弾幕を張る。

  SG552は反動が小さく非常に撃ちやすい銃だ。獣人の筋力が加われば、フルオート射撃でも容易に反動を抑え込める。放たれた銃弾は、全て向かってくるバールへと命中している。

  しかし、何発撃っても雪崩と化して襲い来るバールの群れを止めることは出来ない。しかも、ばら撒かれている弾の全てがバールの脳に命中してくれるわけではない。脚に被弾したバールは転倒するが、すぐに起き上がって再び追いかけて来る。

  上空から89式小銃を撃ち続けている賢士は、セミオートで正確に脳を撃ち抜いており、1発で1体を確実に仕留めている。だが、今の空にはそれだけの技量はなく、弾幕を張って進軍を止めることしか出来なかった。

  とは言え、発砲を止めるわけにはいかない。空の後方では、軽トラックが走り続けている。中にいる人を救うためにも、逃げるわけにはいかない。

  細い山道がカーブに差し掛かる。軽トラックは、段差や溝を避けるために道に沿って曲がらなければならないが、バールは構うことなく最短距離を走ってくる。

  (いけない!追いつかれちゃう!)

  4つ目のマガジンを挿入した空が、軽トラに最も近いバールに銃口を向けた直後。

  ドォン!!

  爆音が周囲に響き渡り、軽トラの近くにいたバール達が吹き飛んだ。

  (副隊長、ナイス!!)

  軽トラックを守るべく、賢士が手榴弾を落としたのだ。空と軽トラックに被害が及ばないよう、空に最も近いバールから15メートルほど後方に落とされた爆裂手榴弾は、爆発して爆風と衝撃波を周囲に放った。

  付近のバールは即死となり、周辺のバールも大きく体勢を崩した。その隙に、軽トラックは進んでいく。空は、体勢を崩した敵に発砲しつつそれを追いかけた。

  軽トラックの前方に視線をやると、丁字路があり、そこで下り道は終わっている。もうじき丘を下りきるようだ。

  (確か、あそこを北に・・・・・・つまり左折して、あとは道なりに行けば機動隊のとこに行けるはず。そこに誘導しないと!)

  軽トラックの脱出ルートを頭の中に浮かべる空。そして、軽トラックが丁字路を左へと曲がる。

  ガコッ!!

  「えっ!?」

  その時、軽トラックが急停止してしまった。車体が左に傾いている。どうやらハンドルを切るのが早すぎたらしく、側溝に左前輪が脱輪してしまったようだ。

  (そんな!)

  空は足を止めて、バールの群れに視線を向けた。距離がやや開いている。

  (今なら!)

  空は左手で腰のグレネードを取り、安全ピンを口で抜き、バールの群れへと放り投げた。

  先程と同様の爆音と共に、衝撃が走りバール達が爆心地を中心に吹き飛んだ。

  効果的に爆発物を使えたが、まだバールは全滅していない。

  (どうしよう?車から出して連れて逃げるのは危険だし。副隊長なら、軽トラを持ち上げられるかな?でもそんな余裕が・・・・・・)

  軽トラックへと駆け寄りながら、今後の行動を模索する空。

  助手席には、作業着を着た高齢の女性の姿があった。怯えた表情で、こちらを見ている。

  「あっ」

  その女性が、助手席のドアを開けた。

  「だめ!中にいて!!」

  次の瞬間、空は叫んで軽トラックへと銃口を向けた。

  三叉路の茂みから、複数のバールが這い出てきたのだ。

  1体が、軽トラックの上に飛び乗る。空はすかさず頭部を狙って引き金を引くが、そのバールはジャンプしてそれを躱した。

  同じ種類のキメラでも、個体によって強さは大きく異なる。バールのみならず、全てのキメラに当てはまることだ。

  無策で突撃してくるものもいれば、回避や防御、待ち伏せた道具の仕様といった行動をとるものもいる。

  また、高い身体能力や特殊能力を秘めた個体までも存在するのだ。

  (速い!)

  ジャンプしたバールの着地点を狙おうとするが、他の2体が動いた。

  片方は軽トラックを回り込んで空へと向かってくる。

  残る1体は、軽トラックに飛び掛かった。

  空は向かってくるキメラへと体を向けた。

  バールは前足を突き出してくる。先端の掌から刃が生えていた。

  空はそれを、横っ飛びで躱した。

  坂道から下って来るバールから背後を打たれないよう、軽トラックが進もうとしていた道の方へ走り、バール達から大きく距離を取った。

  起き上がると同時に、先ほど空の銃撃を躱したバールが接近してくる。

  回避を続けていればジリ貧になる。

  (これだけ距離があれば、タメられる)

  そう判断した空は、両脚に力を込めた。

  中途半端な速度で突撃すれば、迎撃される。

  だから。

  「しっ!!」

  全力で地面を蹴り、バールが反応できない速度で前に出た。

  カモシカの脚力を最大限に発揮し地を蹴る空は弾丸と化し、その速度はバールの複眼をもってしても捕らえられなかった。

  カモシカの飛び蹴りは、バールの複眼に命中し、その奥にある脳に深刻なダメージを与えた。

  後退した空は、左から接近してくるバールを見る。

  距離が近く、弾丸になるための“溜め”の時間を作ることは出来ない。

  突き出されたバールの腕を、半身になって辛うじて避けた空は、複眼目がけて至近距離でライフルを撃った。

  銃身が短く軽量なので、獣人が持てば拳銃のように扱える。

  しかし、すぐに別のバールが空へと向かってくる。

  空は後退しつつライフル弾をばら撒くが、バールはそれを躱した。

  サイドステップで側面に回り込もうとしても、複眼で空の動きを捕らえて体をこちらに向けて来る。

  空は軽トラの方を一瞬見た。

  軽トラに張り付いていたバールは、賢士が既に仕留めたようだ。また、丘から降りて来るバールの群れも、ライフルとグレネードで足止めしている。

  (急がないと、副隊長の弾も切れちゃう)

  焦りが生じたところで、バールが距離を詰めてきた。

  後手に回らぬよう、空は身構えて飛び蹴りのモーションに入った。

  しかしそれはバールにとって、反応できない速度ではない。

  バールは空の蹴りに備えて、前進を止めて前足を前方に出した。

  左脚で空の蹴りを掴み取り、右脚で空の首をかき切るために。

  しかし、バールの脚は何も捕らえられなかった。

  空が感知できない速度を出したわけではない。蹴ると見せかけて、動きを止めたのだ。

  フェイントに引っかかったバールの左前脚を、空の回し蹴りが叩き落とした。

  痛みに怯みつつバールは右前脚を空に突き出すが、それも回し蹴りで打ち落される。

  バールは後退しようとしたが、それよりも早く打ち出された空の前蹴りに脳を潰された。

  唐突な動作の停止からの、激しい連続蹴り。筋肉に掛かる負担は大きいが、空の柔軟な筋肉はそれを受け止めた。

  空はすぐに軽トラの方に向かおうとしたが、蹴りで倒したバールがかすかに動いていることに気付いた。

  (とどめを刺さないと危ないわね)

  空はバールへと近づいた。だが、1歩踏み出した時。

  (踵落としをしなくても、ハンドガンで頭を撃てばいいかな)

  無理に格闘で仕留めずとも、銃を使えばよいかと思い、足を止めた。

  それとほぼ同時だった。

  「隠れろ!」

  「いっ!」

  賢士が叫び、高速で飛来した何かが目の前を通過した。

  少し遅れて、何かが茂みに生えている樹木に突き刺さった。

  (狙撃!!)

  方角は西、たった今降りてきた丘の頂上からだ。頂上から麓までは、所々に木々が生えており狙撃は難しいはずだが、狙いは正確だ。

  空はすかさず地を蹴り、丁字路を曲がろうとして立ち往生している軽トラックに隠れた。同時に、上空にいた賢士も隣に降り立った。

  そこは車の前側に面しているので、フロントガラスから内部の様子がよく見えた。

  助手席には先ほど見た女性が、運転席には夫と思われる高齢の男性がいる。どちらも、不安げな表情だ。

  「来るぞ」

  賢士の一言と共に、軽トラックの上にバールが飛び乗った。賢士は即座に89式小銃で射殺した。

  軽トラの側面からも、バールが近づいてくる。

  空は半身を乗り出してバールへ発砲しようとした。

  だが、賢士に肩を掴まれて引っ張られてしまう。

  ほぼ同時に、軽トラックの左側を何かが通過し、茂みへと入っていった。

  何者かは分からないが、自分たちに銃口を向けている狙撃手の腕前は、どうやら賢士と並ぶようだ。

  (銃声はしないから、サプレッサー?それとも、別の何かを使って?)

  「身を出すな」

  「は、はいっ」

  (でも、どうやって!?)

  返事はしたものの、この場からほとんど動かず迎撃するのは不可能だ。

  そう思っていると、運転席の扉にバールが張り付いた。

  賢士は左手で小銃を掴み、軽トラの陰から左腕だけを出して発砲し、バールを仕留めた。バールの胴体で、賢士の左腕は狙撃手から見えなかったようだ。

  空が感心していると、バールが助手席側にも回り込んできた。空は右手でライフルを握り、賢士と同じように撃退する。

  (でも、こんな戦い方、いつまでも続かない!)

  ガキッ

  不意に、硬質な音と共に車が揺れた。さらに、空気が抜ける音と共に車体が傾いていく。

  (パンクさせられた!?これじゃ走れない!)

  こちらが嫌がることを徹底して行う狙撃手の手際に驚愕していると、バールが荷台に飛び乗ってきた。そして、運転席についてある後方確認用の後ろ窓に向かって前脚をぶつけた。一撃で、ガラスにはひびが入った。

  後ろ窓は小さいが、そこから腕を侵入させ、掌の刃で切りつけることは出来る。

  危険を察知した運転手の男性がシートベルトを外し、ドアを開けようとした。

  「だめです!」

  狙撃されると危惧した空が叫ぶ。

  タン!

  空の叫びをかき消すように、すぐ横で銃声が響いた。

  賢士が発砲したのだ。軽トラックの窓ガラス目がけて。

  窓ガラスを貫いた銃弾は、そのまま後ろ窓も貫き、荷台にいたバールの腕を撃ち抜いた。

  「援護する。ここから出してやれ」

  賢士はそう告げ、最後のグレネードを放り投げた。

  副隊長の意を察した空は、行動に移った。

  「腕で顔を覆ってください!窓ガラスを割ります!」

  空はそう叫ぶと、銃撃でひびが入ったフロントガラスにライフルのストックを何度も叩きつけた。

  フロントガラスが崩れ落ちると、呆然とした表情の老夫婦がいる。

  「ドアから出ちゃだめです!私に捕まって!」

  空は女性にてを差し伸べた。だが、女性は躊躇っている。

  「はよせえ!!」

  すると、隣の夫が叫んだ。

  銃を持ち、ヘルメットを被っているその姿は極めて怪しいが、目の前の人物は自分たちを救ってくれた。助けを求めても良いだろうと、男性はそう判断したのだ。

  夫から怒鳴られた女性は、シートベルトを外して空の手を握った。

  「ちょっと我慢してください」

  そう言い、空は女性を助手席から引っ張り出した。獣人の力なら容易いが、女性にとっては、少々老体に響く動きだった。

  「あなたも」

  空は女性を優しく地面に下ろすと、賢士と位置を入れ替えて男性を引っ張り出した。

  二人を車外に出すことは出来たが、これからどうするか。狙撃手がこちらに標準を合わせている以上、動きは封じられている。弾も残り少ない。バールに包囲されれば、一巻の終わりだ。

  今後の事を考えると不安だが、それでも空は再びライフルを構えた。耳を澄ませてみると、バールの足音は聞こえてこない。

  (あ、バールがいない?副隊長、近くにいる奴らは倒したんだ。じゃあ、今の内に、逃げられないかな。じっとしていたら、また来るかもしれないし)

  「鹿山」

  「はいっ。えっ!?」

  空が賢士を見ると、何と賢士はヘルメットを脱いで空に差し出していた。

  「取れ」

  「え、ええ、でも」

  受け取りつつも、空は老夫婦へと視線を向ける。二人は目を丸くして、賢士の顔を眺めていた。

  「合図をしたら、ヘルメットを陰から出せ」

  賢士は銃をM1500に持ち替え、空と位置を変えながら命令を下した。

  「え・・・・・・あ、はい!」

  賢士の策を悟った空は、運転先側で賢士のヘルメットを片手に合図を待つ。賢士は助手席側に立ち、M1500を構えて精神を研ぎ澄ました。

  「今だ」

  賢士の合図とともに、空は軽トラの陰から少しだけヘルメットを出した。

  次の瞬間、狙撃手から放たれた“弾”がヘルメットに命中した。ヘルメットは砕け、空の手から吹き飛んでいく。

  それと同時に、賢士は軽トラックから身を乗り出して丘の頂上へ視線を銃口を向けた。

  この隙を逃すわけにはいかない。

  数度の狙撃で大まかな位置は予測できている。

  広範囲を見るためスコープは外しているが、賢士の視力があれば問題なかった。

  鷹の目は、一瞬で獲物を捕らえた。

  ダンッ!!

  放たれた銃弾は、獲物へと飛来する鷹のように、空気を切り裂きつつ一直線に突き進んだ。

  発砲した賢士は、即座に空薬莢を排出させて次弾を撃つ準備を整え、尚も頂上から目を離さない。

  「倒しましたか?」

  空の問いに対し、賢士は首を横に振った。

  「当たったが、おそらく死んではいない。頂上の岩に隠れて見えなくなった」

  表情を変えず、賢士は淡々と答えた。相手を負傷させた喜びも、仕留め切れなかった悔しさもない。

  「そうですか」

  「行け」

  「え?」

  賢士は頂上から目を離さず空に指示を出した。

  「奴はまだ生きている。背中は向れられない。奴の姿が見えた瞬間、撃ち殺す。今のうちに、彼らを連れて行け。お前の脚なら、機動隊のところまでそう時間はかからないだろう」

  「副隊長も一緒に行きましょう」

  空は同行を提案した。

  一人では不安という事もあるが、賢士を置いていくことに強い抵抗感がある。

  「奴は危険だ。ここで殺しておきたい。今すぐ行け。奴が死角を移動して接近してくる可能性もある。バールも全滅したとは限らん」

  強い口調というわけではないが、賢士の言葉には有無を言わせぬ意思が籠っていた。これ以上問答を続けても無駄のようだ。

  だが、やはり不安と抵抗を消すことは出来ない。先ほどの様なバールの群れに遭遇した場合、果たして単独で二人を守り切ることが出来るだろうか。賢士にも言えることだ。狙撃手とバールの群れを相手にたった一人で戦い抜くことなど、流石の賢士でも難しいだろう。

  「行け」

  賢士は短く告げた。

  空は大きく深呼吸をして、頷いた。

  「分かりました」

  

  空の脳裏に、先ほど見た夫婦の遺体が浮かび上がった。

  湧き出てきた感情は、瀞とは異なっていた。

  怒りなどは無く、ただただ、悲しみだけが心を満たした。

  だが、思いは瀞と同じ。

  戦いとは無関係の人々をなんとしても救わなければ。

  獣人としての使命感は、異なるはずがなかった。

  (副隊長の言う通り、ここから機動隊のところまでそんな距離じゃない。抱えて思いっきり走ればいける。バールの群れが出来てきても、狙撃手に狙われても、まいてみせる)

  決意を固めた空は、夫婦に優しく話しかけた。

  「これからお二人を抱えて、安全なところまで運びます。どうか、私を信じてください」

  夫婦はそろって賢士を見て、そして空を見た。

  「あ、あんたも、この人と同じなんか?」

  男性から聞かれた空は、小さく頷いてヘルメットを被ったまま面の部分を開いた。ここで信頼を得たければ、隠すべきでないと、そう判断した。

  曝け出されたカモシカの頭部を見た夫婦は、揃って息を飲んだ。

  「あなたたちは、何なんですか?」

  女性から聞かれた空は、自信をもって答えた。

  「あなたたちを守るための兵士です」

  「はぁ・・・・・・」

  夫婦は共に困惑している。獣人の頭部を見れば、当然の反応だ。だが、空と賢士が命懸けで怪物たちと戦い、自分たちを助けてくれたことは、紛れもない事実だ。

  「分かった。お願いするわ。でも、二人一緒に抱えられるんか?」

  「出来ます。一気に走るから、ちょっと衝撃がありますけど・・・・・・」

  「急げ」

  頂上を睨んだまま、賢士が言った。先程よりも、強い口調で。

  「はい。それじゃあ」

  空は男性を背負い、女性にライフルを渡し、お姫様抱っこで抱え上げた。

  (これくらいの重りを身体に着けて、走り込んだっけ)

  空は訓練を思い出し、苦笑した。

  「それじゃあ、副隊長、お願いします」

  銃を構える賢士は、答えなかった。

  副隊長らしいなと思いつつ、空は両脚に力を込めた。

  「口を閉じてください。そして、しっかり捕まって」

  「ああ」

  「はい」

  人里離れた場所のキメラを倒して、間接的に人を救う事とは違う。戦場にて、直接人を救わなければならない。重圧を感じつつも、それに押しつぶされることなく、空は自分の行くべき道をしっかりと見据えた。

  (急いで・・・・・・でも、警戒して・・・・・・)

  「・・・・・・行きます!」

  空は賢士に背を向け、走り出した。1歩、2歩を進むに連れて徐々に加速していき、すぐに軽トラックの位置から見えなくなった。

  ずっと不動だった賢士は、空がいなくなってすぐに行動に出た。

  M1500を構えたまま、丘の坂道を登り始める。少しずつ、狙撃手の元へと近づいていく。

  表情はより険しくなり、まるで本物の鷹のようだった。

  その双眼は、ずっと頂上付近の岩に向けられている。賢士は、少しでも狙撃手の体が見えれば、即座に射貫くつもりでいた。

  軽トラックが利用していた道はバールの死体で埋め尽くされており、いざというときの遮蔽物もない。賢士は道から逸れて、所々に生えている木々の間を通り抜けながら頂上を目指した。舗装されている道と違い歩きにくいが、こちらの方が安全と言えた。

  頂上を警戒しつつも、丘の全体に注意を向けつつ、賢士は進軍を続けた。

  狙撃手は、岩の陰に隠れているのか。

  死角を移動して、回り込んでいるのか。

  それとも、死んでいるのか。

  あらゆる可能性を考慮し、警戒しつつ丘の登る賢士。

  そして、中腹まで来たところで、賢士は足を止めた。

  後方で微かな物音がした。

  振り返ると、倒れていたバールが起き上がり、脚を引きずりながら賢士へと向かってきた。

  賢士は冷静に引き金を引き、脳を撃ちぬいて仕留め、次弾を装填して再び頂上へ体を向ける。

  そして、それを発見した。

  頂上からやや降りた辺りに、何かがいる。

  半身が木で隠れているが、骨格は人間で、頭部からはぼさぼさの毛髪が伸びており顔は見えない。

  その姿を確認できたのは、一瞬だった。その人物の姿は、すぐに消えた。

  直後、風もないのに、そいつがいた場所から少し離れた位置の木が揺れて、木の葉が舞い落ちた。

  1秒ほど経った後、付近の木が同じように触れた。先に揺れた木よりも、坂を下った場所に立つ木だ。

  次に、また別の木が揺れる。約1秒ごとに、木々が揺れ動く現象が続いていく。次に揺れるのは、必ず低い位置の木、つまりより賢士に近い木だ。

  賢士は揺れる木々でなく、前方に立つ木々全体を銃と共に睨んだ。何かが木々を飛び交い、丘を下ってきていることは明白だ。やがては、自分の元に来るだろう。

  賢士は愛用の狙撃銃の引き金に指を掛け、息を止めた。

  そして、直後。

  標的を捕らえた鷹の目が光り、銃声とともに、閃光が走る。

  「ゴアアアアアア!!」

  絶叫と共に、胴体を射貫かれた怪物が樹木に激突した。

  発砲してすぐに、賢士は右に跳んだ。

  鷹の目が捕らえていたもう一つの物体、飛来する刃が、賢士が立っていた場所を通り過ぎた。

  石を研いで作られたブーメラン状の刃が、弧を描く軌道で走り後方の木に突き刺さる。

  賢士はライフルを手放し、右手でナイフを抜き後方に体を向ける。

  ブーメランを投げて背後に回り込んでいた怪物が、目の前にいた。

  怪物が振るった石の刃を躱し、ナイフを突き出す。

  鷹が標的に向けて、鋭い嘴を突き出すかのように。

  「ゴッ!!」

  賢士のナイフは、怪物の喉に深々と突き刺さった。

  伸びきって乱れた濃い緑色の髪、薄緑色の樹木のような荒れた皮膚、逆三角形の輪郭をした頭部には薄い目と縦長の奇妙な口。しかし胴体に身に付いた筋肉は、獣人と同様の密度を有している。

  身長は賢士と同じくらいで骨格は人のそれに近いが、気味の悪い姿をした新型のキメラである。

  賢士はナイフを水平に振るってキメラの喉をかき切り、腹を蹴り飛ばした。そして力なく仰向けに倒れたキメラに対し、賢士は背中の89式小銃を向けてとどめの銃撃を撃ち込んだ。

  そして、先に胴体を射貫いたキメラの方を見る。

  30メートルほど先に立つ木の麓に、そいつはまだ倒れていた。

  落としていたM1500を拾って背負い、89式小銃を構えて新型キメラについ近づいてみるが、胴体を押えたまま動こうとしない。心臓を損傷しているため、動けなくなっているのだ。生きていられるのは、キメラの生命力があってこそである。

  賢士は小銃でとどめを刺し、狙撃銃に持ち替えた。

  とどめの銃撃を除けば、賢士は1度の発砲とナイフの一突きのみで戦闘を終わらせた。

  一撃必中という、賢士の信条を体現したかのような戦闘だ。

  しかし賢士は表情を変えず、再び山頂へと歩き始めた。

  倒したキメラには目もくれず、脅威となり得る狙撃手を追い、ペースを速めて坂道を登る。

  オオオオオオオオ・・・・・・

  その時、遠方から遠吠えが聞こえてきた。瀞たちが向かっていた方角からだ。

  バールを数十体、強敵を2体倒したところで、状況は終わらない。

  戦いは、始まったばかりだ。