ライカンスロープ 第25話

  赤いランプが点灯したトンネルを、乗用車が走る。

  「どうしてなんだ・・・・・・どうして・・・・・・どうして・・・・・・」

  後部座席では、白衣を来た老人が何度も同じことを呟いていた。やせ細った顔は絶望により歪んでいる。

  「いい加減黙れ」

  その隣で、スーツを着た壮年の男が言う。白衣の老人とは対照的に、希望を残した目で前を見据えている。

  「もうすぐです」

  運転している長髪の兵士が言った。

  「ヘリの操縦は頼むぞ」

  「はい」

  男に声を掛けられ、助手席にいる金髪の兵士は頷いた。

  やがて軽自動車は、ヘリポートに通じるゲートに辿り着いた。大型トラックが5台ほど並んでも、楽に通れるほどの大きさだ。

  「開けて来い」

  「はい」

  スーツの男が命じると、兵士二人は個人防衛火器に属する銃、H&K MP7を手にして車から降りた。長髪は手動開閉用のハンドルの元へ走り、金髪はゲートの前に立ち銃を構える。

  「姫だるまの遺伝子サンプルは持っているな」

  「は、はい」

  男の質問に、老人は体を震わせ頷いた。

  「見せろ」

  老人は白衣の内ポケットから銀色のケースを取り出し開いた。中には、緋色の液体で満たされた試験管が入っている。

  「それだけか」

  「申し訳ありません」

  男の怒気を感じ取った老人は、ケースをしまい頭を下げた。男が舌打ちすると、ゲートが鈍い音を立てて開き始めた。車が通れるほどゲートが開くと、金髪の兵士はヘリポートへ飛び出した。長髪の兵士もそれに続く。

  男はトンネルを振り返り、キメラがいないことを確認すると車外に出た。

  「安全か!?」

  「敵の姿はありません」

  兵士たちの答えを聞き、男は運転席に乗り込んで車を発進させた。

  車がゲートから出ると、そこは広いヘリポートだ。今まさに、ヘリコプターが1機離陸した。更にもう1機、プロペラを回転させ飛ぶ準備を整えた機体がある。

  (非難する資格はないか)

  我先にと脱出を図るのは、皆同じだ。男は残ったヘリコプターの元へ向かうため、ハンドルを切った。

  それと、ほぼ同時だった。

  ドンッッ!!

  爆発音が頭上で響いた。反射的に車を減速させると、たった今飛び立ったはずのヘリが前方に墜落した。

  「うおっ!!」

  男はブレーキを踏んだ。急停止した車の前で、堕ちたヘリは炎上する。

  「くそったれが!キメラか!?」

  車を後退させた男は空を睨む。

  直後に、飛行準備を整えていたヘリも爆発した。

  何者かがヘリを爆破している。

  次は、自分か・・・・・・。

  「うおっ!」

  「ひっ!」

  男が恐怖のあまりアクセルから足を放した瞬間、金髪の兵士が運転席の、長髪の兵士が後部座席のドアを開け、各々が男と老人を引っ張り出し車から離れた。

  直後に車が爆発した。

  兵士たちは護衛対象を抱えたまま走りつつ、空に向かってMP7をフルオートで発砲した。

  上空の敵はそれを難なく躱し、銃弾の雨を降らせる。

  「ぎゃっ!」

  1発の雨が、長髪に捨てられた老人を貫いた。

  身軽になった長髪は高速で移動しつつ左手で拳銃HK45を抜き、右手のMP7と共に一斉射撃をお見舞いする。金髪の兵士も、男を抱えたま撃ち続けた。

  3丁による弾幕は、正確に敵を追いかけた。被弾は免れないと兵士たちは思ったが。

  「がっ!」

  先に被弾したのは長髪だった。右足を撃たれ足が止まり、弾幕も途切れる。

  その隙に撃たれた2発目は、長髪の頭部を貫いた。

  「くそっ!」

  金髪は男を放してリロードし、長髪と同じように拳銃も抜いて同時に撃ちまくった。

  敵はそれを躱して発砲し、金髪も負けじと避ける。

  両者は互いに高速移動で銃撃を躱しつつ撃ち合い続けたが。

  「うっ!!」

  金髪は腹部に被弾した。

  3丁の弾幕を躱せる相手に勝てるはずもなかった。

  とどめの銃撃で脳を射抜かれ、金髪は崩れ落ちた。

  「ひ・・・・・・」

  護衛を殺され、男は張って逃げようとした。その前に、武装した燕が降り立った。

  「な、奈多」

  ブルパップ式アサルトライフル、ステアーAUGを手にした燕獣人の兵士―――――奈多は男の顔を確認すると、左手で腰の小型拳銃、グロック19を抜いた。

  「ま、待ってくれ!助け」

  ドン!

  奈多は躊躇いなく男を射殺した。そしてその場にしゃがみ、グロックを納めてステアーをリロードし、腰に付けているグレネードの数を確認する。

  (足りないか)

  奈多は管制塔へ走り出した。緊急時の為の武器庫には、グレネードもあったはずだ。

  (まだ先は長いな)

  死亡を確認しなければならない者や、破壊しなければならないヘリや船の場所のリストを頭の中で広げ、自身の使命を確認する。

  奈多は銀千代と違い楽しんでいない。だが使命の遂行に一切の躊躇はない。

  確固たる信念を胸に秘め、補給を終えた奈多はヘリや飛行機を全て破壊し、ヘリポートを飛び立った。

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  研究施設のエレベーターホールは、清潔感のある白一色で包まれている。しかし今は、非常灯が全てを赤く染めていた。

  壁も、天井も、床も、部屋中に四散した研究員たちの亡骸も。

  そして、研究員たちを殺害した巨大な蜘蛛のようなキメラ、バールも。

  あたかも、ここが自分の住処である様にバールはホール内を闊歩する。

  ガシャ

  背後の物音を聞いたバールが振り返る。エレベーターが開いており、そこから人間の兵士が出てきた。

  バールは八つの足で床を蹴り標的に跳びかかる。

  人の動体視力では対処できない速度だが、兵士はバールの接近に気付き、サイドステップで躱した。

  さらに腰の日本刀を抜き、バールの前足を1本切り落とした。

  激痛のあまりバールが悶える。

  すると、エレベーターからMP7を構えた兵士が飛び出し、バールに銃撃を浴びせた。

  貫通力が高い銃弾に脳を破壊され、バールは絶命した。

  キィィィィィ

  銃声を聞きつけ、ホールにバールたちが集まってきた。既にここは、彼らのテリトリーだ。

  「やれやれ」

  MP7を手にした兵士は、手早くリロードした。エレベーターからは、更に二名の兵士が出てきた。全員がMP7と日本刀で武装した人間の兵士だ。

  「かなりの数だ。油断するな」

  隊長を務める壮年の兵士が言う。三名の部下は黙って頷いた。

  巣に入り込んだ外敵を取り囲むバールたち。

  獲物となるはずの兵士たちは、冷静に戦闘態勢を取った。

  「へぇ。これがベルセルク兵か」

  ソファに腰かけた宗麟はグラスを片手に、テーブルの上のノートパソコンを見ている。画面には、たった四名の人間が無数のバールを倒していく様子が映されていた。

  個々の戦闘能力は獣人に劣らぬほど高く、息が合った連係行動は隙がない。

  「噂以上だ」

  宗麟は冷えたコーラを飲みほすと、スーツのポケットから煙草とオイルライターを取り出し火を点けた。

  紫煙が漂うその部屋は、組織の重役の仕事部屋だ。調度品は豪華なものばかりで、絵画や骨董品までもが部屋の隅に並べられている。高価なスーツを着こなした宗麟は、その部屋に馴染んでいた。

  「やるなぁ」

  画面に映る兵士たちは、キメラを全滅させて進軍を開始した。やがてここに来るだろう。

  宗麟は煙草を咥えたまま、ノートパソコンの隣に置いている拳銃、ベレッタM92FSを手にした。

  上部が切り取られた特徴的な形状のスライド、銀色に輝くステンレスのボディ、グリップには杏葉紋の刻印。その外観は美しく、この部屋に飾られていても違和感はないだろう。

  「さて」

  宗麟はスライドを引いて薬室に弾があることを確認し、部屋から出た。

  一歩外に出ると、そこは無機質な研究施設の廊下だった。

  普段は薬品の匂いが漂っているが、今は床に研究員たちの死体が転がり血の臭いが充満している。それらを気にせず、宗麟は微笑を浮かべて歩き続けた。

  やがて、宗麟が十字路に差し掛かると。

  「動くな!」

  正面の丁字路の角から半身を出した兵士が宗麟に銃口を向けた。

  「もう来たのか。想像以上の速さだ」

  感心する宗麟の左右と背後からも銃口が向けられる。いつの間にか囲まれていた。

  対象の包囲に成功した兵士たちは、同士討ちを避けるため銃を納め刀を抜いた。

  「聞きたいことがある」

  宗麟の背後を取った隊長が口を開いた。

  「お前が会議の出席者と警備員を殺したというのは、本当か?」

  「本当だよ」

  「今回のキメラの暴走事件と関係があるのか?」

  「ああ。そっちの事件の犯人も僕だよ」

  「奈多と銀千代も、重役や研究員を襲っているそうだが」

  「ああ、二人は僕の指示で動いている。最も、銀千代は好きにやっているだけのようだけどね」

  「そうか」

  隊長は宗麟に近づいていく。

  「元ムシカの隊員たちで、反逆行為をやってくれたというわけか」

  「元、なんかつけないでくれ。今もムシカだ。でも、今回のことに関わっているのは奈多と銀千代だけだ。他のムシカメンバーは何も知らないよ」

  「その調子で全て吐いてもらう。銃を捨てろ」

  他の隊員たちも宗麟に接近していく。それでも宗麟は余裕の態度を崩さなかった。

  「抵抗するなら、手足を切り落として連れていくぞ。早く銃を捨てろ」

  「気を付けた方がいい。そろそろだ」

  「何?」

  オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・

  雄たけびが轟いた。

  様々なキメラの咆哮が交じり合った、強烈な不協和音が。

  隊長が振り返ると、廊下の奥から聞こえてくる。

  何十、いや何百にも達するだろう、キメラたちの足音や鳴き声が。

  災厄の前兆を感じ兵士たちは恐怖したが、宗麟だけは冷静だった。

  「こっち側の檻も、全部開けてしまったんだ」

  「正気か!?お前も死ぬぞ!」

  「隊長!来ます!」

  隊員の一人が叫ぶ。

  「逃げるぞ!!」

  兵士たちは宗麟を置いて逃げ出した。

  一人残った宗麟が振り返ると、通路の奥から災厄がやってきた。

  様々な種類のキメラが向かってくる。

  どのキメラも禍々しく醜い。

  攻撃本能に突き動かされ、標的へ走る。

  牙を向き、爪を伸ばし、涎を垂らし、悪魔に取りつかれたかのような形相で。

  そんな悪鬼たちを前にしても、宗麟は動かない。

  そして、怪物の波が宗麟に到達する。

  だが宗麟は無事だった。

  キメラたちは宗麟を避けた。

  その存在を認識しながらも、触れることなく通り過ぎる。

  濁流に晒されながらも宗麟は汚れなかった。

  怪物の波はそのまま進み兵士たちに襲い掛かった。

  彼らに対してキメラは容赦しなかった。

  爪牙を振るい、その魂を刈り取らんとする。

  兵士たちは抵抗するも、圧倒的な数の前では無力だった。

  怪物の波はもがく兵士たちを飲み込んだ。

  研究施設の廊下を、宗麟が歩く。歩きなれたその道は、阿鼻叫喚を極めていた。

  足元には、キメラに殺害された研究員たちの亡骸がある。生存者の悲鳴や断末魔、キメラの咆哮が絶え間なく耳を突いてくる。銃声や爆発音も聞こえてくる。まだ抵抗を続ける兵士たちがいるようだが、全滅は時間の問題だろう。キメラの大群に加え、こちらには銀千代もいるのだから。

  「この様子だと、制圧は時間の問題か。意外とあっけなかったな。でも、まぁ、こんなものか」

  莫大な資金と最新鋭の技術を投入して造られた大規模な研究施設は、一瞬にして陥落してしまった。しかし身をもって栄枯盛衰を知る宗麟は、この結果にさほど驚きはしなかった。歩きつつネクタイを解いて投げ捨て、首元のボタンを開けて歩き続ける。

  エレベーターホールに辿り着くと、エレベーターには乗らず隣のドアを開け、階段を上がっていく。

  「おや」

  最上階へと上る途中、踊り場で脇腹を負傷した兵士と遭遇した。傷は深く、もう助からないだろう。兵士の右手の拳銃はスライドが後退したままになっている。弾は尽きているようだ。

  「そ、宗麟・・・・・・」

  最後の力を振り絞り、兵士は宗麟に聞いた。理由を聞いたところで納得は出来ないだろうが、それでも聞かずにはいられない。

  「なんで、こんなことを・・・・・・」

  踊り場に広がった血の絨毯を踏み、宗麟は兵士を見下ろし言った。

  「僕の戦う目的はずっと変わらないよ。理想を実現させるためさ」

  宗麟は愛銃を撃ち兵士を眠らせ、再び階段を登り始めた。

  「いい風だ」

  屋上に出た宗麟を迎えたのは、向かい風と強い日差しだった。

  ヘリポートも兼ねており数機のヘリコプターがあるのだが、全て奈多によって爆破されている。奈多に殺害された死体もあるが、それには目もくれず宗麟は屋上の端に立ち、眼下の施設とそれを囲む森林を見下ろした。

  研究所の入り口付近や屋外訓練場など、様々な場所で兵士とキメラの戦闘が繰り広げられている。様々な種類のキメラに対し、獣人たちは自信の特性を活かして戦っている。

  人間の兵士も負けていない。獣人と同格の身体能力を持つ者は前線で戦い、そうでない者は後方から援護する。

  「僕の出番はなさそうだ」

  抗い続ける兵士たちを、一陣の黒い風が襲った。兵士たちは次々に血煙を上げ倒れていく。

  風の正体はキメラではない。長刀を振るう女武者、銀千代だ。戦い続ける兵士たちの希望の灯を、銀千代は刀の一振りで無残に消し去っていく。

  「流石、銀千代だ。奈多もいい仕事してくれるな」

  ヘリポートがある場所からは黒煙が上がっている。奈多が次々と襲撃しているようだ。数分も経たないうちに、港も制圧するだろう。

  宗麟は拳銃をショルダーホルスターに納め、煙草を吸い始めた。風が運んでくる火薬と血の臭いを煙草の香りで打ち消し、宗麟は遠く離れた場所にいる人物に思いを馳せた。

  「来てくれるだろう。親次(ちかつぐ)」

  施設を囲む広大な森、更にその先に広がる海を眺め、宗麟は微笑んだ。思い人との再会を予感して。

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  BAT07基地地下6階Aブロック、食堂にて。

  「ふあ・・・・・・」

  瀞は犬特有の大きな欠伸をして、冷えたウーロン茶で喉を潤した。冷気によって意識が覚醒し、眠気が少し消える。

  「でっけえ口だな。それで骨付き肉に噛みついたら、肉、一気に無くなるよな」

  正面に座り味噌汁を飲む志龍も眠たげだ。

  「ああ。早食いに便利だよ」

  そう返事をすると、再び欠伸をしたくなり瀞は口を開けた。

  すると。

  「てやっ」

  志龍が口内に、ウインナーを放り込んだ。反射的に飲み込んでしまい、気道が塞がる。

  「うぶしゅっ!!」

  直後、満面の笑みを浮かべる志龍に向かって瀞の口から衝撃波が放たれた。

  「うえっ!!」

  ウインナーと唾液の飛沫を浴びた志龍はバランスを崩し倒れ、後頭部を床に打ち付け悶絶する。

  「きったねえ!瀞、お前、なんてことしやがる!」

  「その言葉そっくりそのままお前に返すぜ。何しやがんだ!」

  「二人とも、やめてよ」

  醜い言い争いを止めるため、隣に座る空が声を掛けた。

  「俺は悪くねえ!志龍が全部悪いだろ!」

  「確かに先に手を出したのは志龍だけど、瀞だってわざと唾を吐きかけたんだからお相子でしょ」

  「いや、あれは、偶然だ。苦しくて、つい、あんな感じに」

  「嘘つけ!明らかに、お返しと言わんばかりにぶっ放したじゃねえか!」

  「人を窒息死させようとしたくせにキレてんじゃねえ!」

  犬猿の喧嘩が始まった。

  幸い、この諍い見る者は少ない。時刻は10時30分、朝食には遅く昼食には早い。

  「顔を洗えてよかったじゃねえか」

  「何が悲しくてお前の唾で顔洗わなくちゃいけねんだ。最悪の朝だ」

  休日の予定を、すでに瀞たちは決めていた。午前中は風丸、純心とともにバスケットボールやドッヂボールをする予定だ。本来は既に始めているはずだったのだが、昨夜は四人で深夜までテレビゲームで盛り上がったため、全員寝坊してしまい、遅い朝食を摂っている。

  「顔洗ってくるわ」

  そう言い志龍は席を立った。

  「もう。小学生みたいなことしないでよ」

  そう言い、空はコーヒーを飲む。

  空はいつも通り早く起きて読書をしていたが、ちょうどコーヒーブレイクのため食堂に訪れていた。

  「志龍があんなことしなけりゃ、こんなことは起きなかったんだ」

  瀞が自分の非を認めないでいると、志龍と入れ替わるように純心が席に戻ってきた。手にしている皿には肉と野菜がバランスよく、そして大量に盛られている。

  「志龍、どうしたんだ?」

  「便所」

  「叫んでたじゃねえか」

  「あいつが俺を亡き者にしようとしやがった」

  志龍の背中を睨む瀞を見て事情を察した純心は、苦笑しながら志龍の席の隣に座った。

  「和虎さんは?」

  純心は瀞の右隣の席を見て言った。先程までそこには、和虎が座っていた。いつもの和虎は早起きだが、昨晩は氣雷と陸とともに遅くまで酒を飲んでいたらしく、瀞たちと同じ時間に起きて朝食を食べていたのだ。

  和虎の食器はほとんど空になっているが、未開封のゼリーが残っていた。

  「なんか、機動隊の人に呼ばれてた」

  「へえ。隊長って忙しいんだな。空もなのか?」

  「うん、副隊長になってから、隊員の様子はどうかとか、定期的にメールが来るようになって」

  「部下を持つって大変だな」

  「休日くらいは、休ませてやりゃいいのにな」

  純心はそう言い、食事を始めた。空腹だったのか、ガツガツと食べ物をかきこんでいく。

  「和虎隊長、昨日は氣雷さんと昔のことで盛り上がっていたみたいだ。親友だったんだってな」

  「ああ、オレも聞いてる。氣雷さんは和虎さんのこと、よく話してたな」

  大盛の食事を平らげた純心は、和虎が食べ残したゼリーを取り、一口で丸飲みしてしまう。

  「あ」

  「それ・・・・・・」

  「イメージ通りの人だな、和虎さんは」

  「そ、そうか」

  「クソがつくほど真面目で、めちゃくちゃ強い」

  「確かに」

  「しっかり者で頼りになる」

  「当たってるね」

  納得する瀞と空。純心はニヤリと笑って続けた。

  「でも前は、今よりも不愛想で、キレやすかったらしいぜ」

  「えぇっ、そうなんだ」

  「確かに起こると怖いけど、簡単にキレたりしないよな」

  「隊長になって丸くなったのかもな」

  「そうかもな」

  「あと、すげえチンコでけぇって」

  「ちょっ!何言うの、急に!」

  空は顔を赤く染めて口を覆った。

  「純心、今はそういう話題出すなよ。空がいるんだぞ」

  「すまねえ。空がいる時は、対象年齢12歳未満の話題じゃないとな」

  「そんなに子供じゃないから!ただ、その、そういう話は、しないでほしいというか・・・・・・」

  動揺する空を、純心は楽しそうに見ている。

  「子供だな」

  「子供とか大人じゃなくて!セクハラでしょ!」

  「わりぃわりぃ。話を元に戻すけどな、氣雷さんはそこを気にするんだよ」

  「何で?ホモなのか」

  「包茎だからだろ。気にすることねえのに。俺もそうだけど、全然気にしてねえよ。大体、包茎の方が多いんだしな」

  「包茎って、どういう意味?」

  「空は知らなくていい」

  「そーゆー系の意味なの?」

  「そーゆー系って・・・・・・うっ!?」

  「あっ!?」

  「氣雷さんは、“俺は気にしてねえ。お前たちが馬鹿にするから怒るんだ”って言ってるけどよ。ぜってー、あの人、包茎を気にしてるぜ。まぁ、気持ちは分かるけどな。氣雷さんもめっちゃチンコでぇえのに包茎だもんな。あのでかさで包茎って、どんだけ皮長ぇんだよ。あ、でも、ホモ説も当たってるかもしれねえ。あの人、モテねえからな。性癖変わってもおかしくねえよ」

  喜々として氣雷のことを話す純心は、そこでようやく気付いた。瀞と空の顔が恐怖で染まっていることに。その視線が、自分の背後に向けられていることに。

  直後、純心の背筋が凍った。自分の脳内にイメージが浮かび上がったからだ。獅子が振り下ろした鉄拳が、自分の胴体を貫くイメージが。

  純心はコップを取り、背後に向かって投げつけた。

  「ぶあっ!!」

  背後で拳を振りかぶっていた氣雷の顔面に水が降りかかる。

  氣雷が怯んだ隙に、純心は右へ跳んだ。

  このまま逃げ切れると、そう思ったが。

  「うわ!!」

  氣雷の剛腕が伸び、その肩を掴んだ。水が目に入り視力は失っていたが、肉食獣の本能が逃走を図る草食獣の気配を感じ取ったのだ。

  「き、氣雷さん!待って!話し合いを!」

  「てめえと話すことなんざねえんだよ!!」

  憤怒の炎に燃える氣雷は電気あんまの体勢を取り、純心の股間を右足で何度も踏みつけた。

  「ぎゃああああああああ!!!!!」

  叫ぶ純心を無視し、瀞と空は各々飲み物のお替りを取りに行った。

  

  瀞が席に戻った時、氣雷の姿はなかった。おそらく、鬣を乾かしに行ったのだろう。ぐっしょりと濡れてしまったので、ドライヤーでの乾燥が必要になるだろう。

  「大丈夫か?」

  瀞は倒れている純心に声をかけた。

  「ああ、なんとかな・・・・・・」

  純心は股間を抑えながら立ち、椅子にゆっくりと腰かけた。

  「いってー・・・・・・氣雷さん、手加減しねえから」

  「怒らせたらやばいってことは、よく分かったよ。それより、和虎隊長がキレやすかったって、本当なのか?」

  「ああ、氣雷さん情報だけどな」

  「そんなイメージないけど」

  和虎は、瀞と空にとって理想の隊長像を具現化したような存在だ。戦闘能力の高さはもちろん、常に冷静で判断は速く指示は的確、非の打ちどころのない兵士である。

  「なんか、昔はとっつきにくい性格だったみたいだぜ」

  「副隊長みたいな感じ・・・・・・でもないか。あの人はキレやすいわけじゃねえし」

  「隊長になって、責任感で人が変わった、的な感じかもな」

  「そうね。私も副隊長になって、訓練の緊張感が上がった気がするし。副隊長になってから実戦はまだないけど、すごく緊張すると思う」

  「部下の命を預かってるわけだからな」

  「うん」

  「まぁ、空なら大丈夫だろ。ベテランの陸さんもついてるしな」

  「ありがとう。緊張感に飲まれないようにしないとね」

  真面目な空気を一転させてやろうと言わんばかりに、純心が口を開いた。

  「そういや、和虎隊長が一番キレた瞬間は、エロ本見られた時だったらしいぞ」

  「ぇええっ!!えっ!えろぉ!!??」

  「ちょ、落ち着け空!!」

  「だ、だってだって!!和虎隊長が、え、エッチな本って・・・・・・それ、嘘でしょ、絶対!!和虎隊長がそんなの持ってるわけないよ!!」

  「いや、それはなぁ」

  「空、思春期の男は間違いなくエロ本持ってるぞ」

  「でも、和虎隊長は、さすがに・・・・・・」

  「普通のことだぞ、エロ本持つことは。男は絶対に興味を持つんだからよ」

  「そうかもしれないけど」

  「そういうもんだと理解しといたほうがいいぜ。このままじゃお前は、息子の部屋のエロ本を発見した時、こんな物に興味を持ってはいけませんって叱ってしまう、悪い母親になっちまう。それは絶対にダメだぞ。それは相手の自尊心を傷つけてしまう。エロいことに興味を持つなって言うことは、男性であることの否定になるんだ。そういう時には、息子もこういう年頃なんだと理解して、見て見ぬふりをするのがいいんだ」

  「う、うん」

  「そりゃ、興味が強すぎて他に何も手がつかないとか、性犯罪をやらかしそうとか、そういう状態になっていたら止めるべきだ。でもな、エロ本が2,3冊もってるくらいで、その男性を軽蔑するとか、そういうのは思考は間違っているからな」

  「・・・・・・分かった」

  「俺だって実家に持ってるんだ。もちろん、瀞もな」

  「俺を巻き込むなよ!」

  「でも持ってるだろ?」

  「瀞もなの!?」

  「いや、まぁ」

  「否定すんなよ、ムッツリスケベが。あ、でも、彼女いるから持ってねえかもな。いや、それは関係ねえか」

  「勝手に想像してんじゃねえ!持ってるよ、確かに!」

  「そうなんだ・・・・・・」

  「空、認めたくないが、純心の言うことは正しい。皆持ってるからな。風丸も志龍も、陸さんもな」

  「うん・・・・・・副隊長も?」

  「そりゃ、もちろ・・・・・・いや、あの人は持ってねえかもな」

  「俺は意外と持ってると思うけどな」

  「てか純心、話が脱線しすぎだろ!」

  「ああ、ごめん。和虎さんの話だったな。エロ本見られてブチ切れたって、氣雷さんから聞いたんだ」

  「信じられないよぉ」

  「訓練生時代の時って言ってたな。相部屋で、氣雷さんが早く部屋に戻って、小銭入れを落としたら、何枚かが転がって和虎さんのベッドの下にいって、拾おうとした見てみたら、あったらしい」

  「なんつーベタな隠し場所・・・・・・うっ!」

  「あっ!」

  「で、エロ本を取り出して読んでたら、和虎さんが戻ってきたみたいで。すごかったらしいぞ。めっちゃ怒った表情で、ビョーンって跳んできたって。その時の和虎の表情は忘れられねえって、爆笑してて・・・・・・」

  純心は気付いた。先程と同じだ。瀞と空が、恐怖の表情を自分の背後に向けている。

  恐る恐る振り返ると、予想通りの人物がそこにいた。

  無表情の虎が。

  「お早う。和虎さん」

  和虎を見上げ、純心は朝の挨拶をした。

  同時に、後悔した。氣雷が背後に立った時は殺気を感じ取り即座に先制攻撃ができたが、油断していたため今はそれが出来ない。

  やられる。ならばせめて被害を最小限にするため、防御を。

  そう思った純心だったが。

  「くだらない事で盛り上がるな」

  和虎はため息を吐いて自分の席に戻った。

  「あれ、怒らないんすか?」

  「俺は氣雷と違う。こんなことで暴力を振るったりしない」

  「そ、そっすか」

  安堵し全身の力を抜く純心。瀞と空も、朝から和虎の雷を見ずにすんでほっとしたが。

  「あっ」

  安心したのもつかの間。和虎の表情が曇る。

  「俺のカボスゼリーがない」

  「え」

  和虎は純心の皿の付近に転がっている、自身の大好物であるデザートの残骸を発見した。

  「食べたのか。俺のゼリー」

  「いやだって、食べ残したんじゃないかと」

  「とっておいたんだ」

  「和虎さん、甘いの好きそうじゃないし」

  「俺はカボスが大好きなんだ」

  「カボス大好きな人とか、います?」

  「ここにいるぞ」

  「猫って柑橘系、苦手だったような」

  「俺は虎だ」

  「ネコ科じゃん」

  「獣人だから関係ない」

  見開かれた双眼が純心を射貫く。

  自身が虎の逆鱗に触れたと察した純心は、瀞のコップに手を伸ばし、それを和虎に投げつけてその場から逃げ出した。

  和虎は左手で顔を覆いコップのウーロン茶から目を守ると、純心に向かって跳躍した。先程純心が説明した通りの動きで。

  「ぐわっ!」

  和虎は純心に圧し掛かり、動きを封じる。

  「ちょ、和虎さん、待って!!今、暴力は振るわないって言ったじゃん!!」

  「嘘だ」

  「ぎゃああああああ!!!!」

  和虎は流れるように寝技を仕掛け、純心を締め上げる。

  「空」

  「何?」

  「平和だな」

  「そうね・・・・・・」

  いつも通り、平和な日常が続く。

  この時、07基地の獣人たちは皆そう思っていた。

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  正午を過ぎ、日が少しずつ傾き始めた。

  夕刻になっても強い日差しは島を朱色に染めていく。

  波打つ海面も、風で揺れる木々も、物言わぬ死体も。

  「ぐあっ!!」

  そしてまた死体が一つ増えた。

  銀千代の一閃で人間の兵士が崩れ落ちる。

  「はぁ」

  愛刀の血のりを拭きつつ、銀千代は周囲を見渡した。

  大自然の中に割り込むように建てられた港は、刀傷を負った死体だらけだ。海上では3隻の船が煙を上げている。潮の香りは血と燃料の臭いで上書きされていた。

  誾千代はスマートフォンを取り出し、宗麟から届いていたメールを確認した。どうやら島の制圧はほぼ完了したらしく、今後は生き残りの殲滅を進めるようだ。

  「だっる」

  今後の仕事を思うと、悪態をつかずにはいられない。逃げる相手との戦闘は楽しめず、やる気が出ないのだ。最も、相手が逃げずに向かってくれば楽しいというわけでもないのだが。

  (ベルセルク兵も、大した事ないし)

  自分が切り捨てた兵士たちを再び見渡す。獣人と人間、どちらの兵士も銀千代が満足できる相手ではなかった。

  (まぁ、はなから期待してないけど。こんなところに配属されるような奴らだし。今後に期待しよ)

  銀千代は再びスマホに視線を落としたが、舌打ちをしてスマホをしまった。バッテリーは1%しか残っていなかった。

  「めんど」

  銀千代は付近の死体をの元へ行き、ポケットを探りスマートフォンを見つけ、死体の親指を指紋センターに当ててロックを解除した。

  (返信しないと、うるさいからなー)

  銀千代は宗麟へ返信しようとした。

  その時、銀千代の死角に倒れている兵士が起き上がった。虎獣人の女性兵士だ。銀千代の太刀で致命傷を受けていたが、辛うじて絶命を免れていたのだ。

  距離は10メートルもない。虎の女兵士は日本刀を手に、銀千代へ無音で駆け出した。肉食獣が獲物に近づくかのように。

  「カッ!!」

  恨みが籠った、手負いの獣の一閃。それは銀千代の身体を両断するはずだったが。

  「えっ?」

  刃の軌道上に銀千代の姿はなかった。

  真っ二つになったスマートフォンが落下した。

  「うっ!」

  虎が右を向く。

  銀千代の姿を確認すると同時に、腹部に灼熱が走った。

  「ちくしょう・・・・・・」

  虎の上半身が下半身から離れた。

  崩れ落ちる肉体には目もくれず、銀千代は刀を振って血のりを落とし、スマートフォンを求め他の死体をあさり始めた。

  (こんな雑魚じゃなくて、強いのが来ないかな)

  次なる戦闘では、自身を満足させられるほどの兵士が来てくれないかと、そんなことを考えながら。