勇者への報酬

  「やあっ!」

  「―!」

  勇者―そう呼ばれた青年の剣が悪意の源を断ち切った。

  偶然か必然か、導かれるように勇者の剣を手にしたことでただ平穏に暮らしていた村人の一人から勇者として「転生」し、悪意の源の軍勢と戦う道を選んでから幾年月。

  ついに勇者は悪意の源を討ち取り、それがもたらした災厄を食い止めることができたのだ。

  「終わった―」

  勇者の剣に断ち切られ、崩壊していく悪意の源と自身の持つ勇者の力が対消滅していく中で勇者は静かな安ど感に包まれていた。

  悪意の源は消滅した。

  これで少なくともそれがもたらす災厄からはみんなが救われる。

  未練があるとすれば―共に戦い、今こうしている間にも自分が消えていく姿を見届けなければならない仲間たちに声をかけられなかったこと……くらいか。

  あとは……。

  そう思いながら勇者は対消滅の勢いの中に消えていった。

  [newpage]

  「ここは―?」

  気が付いた時、勇者は何もない空間の中にいた。

  勇者としての装束をまとい、その手には勇者の証である剣が変わらず握られている。

  自分は命を終えたのか……。

  ごくごく当たり前の印象が脳裏をよぎった。

  そんな時、勇者の脳裏に声が聞こえた。

  それは勇者がただの村人の一人だった頃、彼を導き「勇者」として目覚めさせた声。

  その声は勇者の剣を通じて勇者の心に聞こえた。

  声は彼をねぎらい悪意の源が消えた事、それによりひとまずは平和が訪れた事を喜んだ。

  そして―「彼」を「勇者」の責務と宿命を背負わせた事を詫びた。

  それに対し勇者は静かに頭を振る。

  剣を手にした時から覚悟はしていた。

  二度とかつての自分には戻れないという事、そして悪意の源を討つ以上この結末を迎えることも。

  勇者は静かにそう告げた。

  ただ……その言葉に彼自身の「一人の人間」としての思いをにじませながら。

  その言葉をしみじみと受け取るかのように勇者の腰に下がっていた鞘が静かに抜け出すと、そのまま勇者の前に浮かぶ。

  そして声は告げる―剣を返す時が来た、と。

  それに従う様に勇者は剣を改めて握り直すと、静かに宙に浮かぶ鞘に納めた。

  鞘が剣に収まり、カチリと音が鳴る。

  それは勇者にとっての一つの区切りの音でもあった。

  [newpage]

  「うっ!」

  その瞬間、勇者が身に着けていた装束のすべてが一気に引きちぎれ、宙に舞いながらかけら一つ残さず消えていった。

  そこに残っているのは文字通り身一つの勇者の―男性の身体。

  勇者といわれるだけあり相応の体つきを持っている。

  剣をふるい、装具をまとうだけはある程よい筋肉の付き具合。

  相応にがっしりとした肩幅と腰をつなぐ両腕と両足もまた相応にたくましい。

  しっかりと引き締まった胸板や腹筋、そして臀部も筋肉質でもなく、それでいて優男というわけでもない程よいバランスで引き締まっていた。

  顔だちも短く刈り込んだ濃い茶色の髪と凛々しくも聡明さと優しさも秘めた顔立ちが印象的である。

  そして……勇者の、そして「男性の証」とも言える「剣」、あるいは剣の「柄」が白い光に包まれながらそこにあった。

  ただ、先ほど納めた剣に比べるとまったくと言っていいほど振るわれてはいないようだ。

  「これは……あの時と同じ……」

  勇者の脳裏に遠い過去、そう思える記憶がうっすらと蘇る。

  「あっ……」

  それに反応するように白い光の中でビクンと震え、固くそそり立っていく自身の「柄」を両手で掴む。

  先程まで握っていた剣の柄に負けない確かな握り心地。

  しかし今握っているそれは弾力に富み、熱を持ち、そして……。

  「うっ」

  両手の中で軽く震えるそれを勇者は改めて握りしめる。

  「あっ……」

  握りしめた瞬間両手から、そして「柄」の根元から熱量と鼓動が全身に伝わってくる。

  「うっ……ああ……」

  その鼓動と熱量を自らの中に鎮めるように勇者はつかんだ「柄」をゆっくりと絞っていく。

  「うう……うっ……」

  手の感触と「柄」の感触が触れ合い、より強い感覚となって勇者の身体を震わせる。

  「うあっ」

  「柄」を握りしめたまま勇者は震えながら体をそらす。

  それでも両脚は何もないはずの空間を踏みしめ、「柄」を宿す足腰はしっかりとその身体を支える。

  「うう……また……感じる……」

  勇者の中に再び記憶が巡るが、今は追憶をたどる時ではない。

  いや、たどっている暇はない。

  「あっ……ううっ……」

  「柄」をつかむ両腕が、踏みしめている両足がそのたびに震え、それをつなぐ胴体と足腰、そしてそれを覆う肌が震え、その奥の筋肉が大きく収縮を繰り返す。

  「くうっ……ううっ……」

  それらを促すのは今つかんでいる「柄」、そしてそこからつながる先にある熱い昂ぶり。

  その昂ぶりがはげしくうごめくたびに光の中で白熱する「柄」の先で何かが形作られ、それに呼応するように勇者はその裸身を震えさせる。

  しっかりと踏みしめた足腰の上で幾度も震えている上半身を支えるように勇者は改めて「柄」を握りしめる。

  「ううっ……ううっ……」

  白い光の中で「柄」の熱量はさらに強くなり、その先に伸びる熱い昂ぶりも勢いを増していく。

  もし一瞬でも気を抜けばそれこそ「柄」から、あるいは「柄」もろとも勇者の身体から噴き出していきそうな勢いで。

  でも、そうはさせない。させるわけにはいかない。

  まだ「その時」ではない。

  勇者は顔をしかめながらも抗うように、あるいは導くように「柄」を握り、昂ぶりの流れに合わせて動かしていく。

  勇者の中で昂ぶりは少しずつその形を成していく。

  熱く、勢い良く、そして澄んだ勢いを集束させながら。

  「うう……ああ……あああ……」

  集束されるごとに勇者の身体の中に余熱が満ちる。

  その熱量に勇者は時折らしくないような甘い声を漏らす。

  勇者が声を漏らすたびに、それを促す余熱が放たれるたびに。

  さらにそれをうながす昂ぶりを支える「柄」が光の中で震えるたびに、その身体は少しずつ変化を始める。

  「うっ……ううっ……うう……」

  「柄」を握りしめていた両手がすこしずつ小さくなっていき、指も細く柔らかくなっていく。

  「柄」とつながっている腰の形も少しずつ引き締まっていき、それなりにしっかりとひきしまっていたお尻にやわらかい弾力が満ちていく。

  「うう……うあ……ああっ……」

  空間を支えていた両足がゆっくりと細く、しなやかに形を整えていく一方その腰回りもゆっくりと細く整えられていく。

  「ああっ……ああ……ああっ……」

  しっかりと張っていた背筋にしなやかさが満ちていくにつれ、ただ震えているだけであった勇者の上半身がしなりはじめ、その動きは少しずつ大きくなっていく。

  「柄」を握っていた両手、そして肘を通り肩までの腕の線も少しずつ細く、しなやかに整えられていく。

  「ああ……ああ……ああ……」

  その上半身が大きくしなり、顔もまた前後左右に大きく揺れる中で勇者の肩幅はゆっくりと狭く、なだらかな線に整えられていく。

  「あああ……あああ……あああ……」

  その裸身を形作っていた程よい筋肉質の体がゆっくりと解きほぐされより柔らかい物へと置き換えられる中……。

  「ああっ」

  その相応に引き締まっていた胸板の硬さがほぐされ、ゆっくりと柔らかくなりながら程よく膨らんでいく。

  柔らかく、大きく、そして形よく。

  「あ……ああ……ああ……」

  胸がほぐされながら形を変えていく感覚に勇者の顔もゆったりとたくましさを見せる顔立ちがほぐれ、優しげで柔らかい表情を見せていく。

  「あ……ああ……あん……」

  首元も細くなっていき、漏れる声も高く、柔らかなものに変わる。

  その首元に支えられた頭がしなるたびに勇者の髪も静かに伸びていき、髪の色はそのままでふんわりとしたボブカット風の髪型に整えられていく。

  「あっ……ああ……あっ……」

  「柄」から伸びて勇者の身体の中にある昂ぶりがもたらす感覚が身体を満たすたびにぴくぴくと震えながらしなる上半身。

  髪を揺らし、甘い吐息とともに漏れる声。

  柔らかく細くなりながらもしっかりと踏みしめる両足に細く、しなやかになりながらも確かに「柄」を押さえている両手と両腕。

  その両腕の間で程よい形を保ちながらぷるぷると震える胸のふくらみ。

  その姿はまさに荒事とは無縁そうな少女―年頃は大人の少し手前位か―の裸身によく似ていた。

  「ああっ……あっ……ああっ……」

  しかし、勇者はそれでも「柄」―かつての勇者の名残を残す唯一の箇所ーを握りしめ、己を作り替えた昂ぶりの暴走を鎮め、そして……整えていく。

  「やっぱり……あの時と同じ……違う、これは……」

  勇者の脳裏をよぎる記憶。

  勇者の剣に導かれ、二度と戻らぬ覚悟とともにその剣を取った時―。

  「はぁぁぁぁんっ!」

  記憶が鮮明になりかけた瞬間内なる昂ぶりが今までになかった衝撃を放ち、勇者はより柔らかく、そして敏感になった体をしならせながらより高く、澄んだ声を放った。

  さらに昂ぶりの放つ衝撃が「柄」を勇者の身体から飛び出す勢いで突き出させる。

  「あっ、ああんっ」

  変化するうちに全身に張り巡らされていた官能が刺激される中、甘く顔をしかめながらも勇者は「柄」を強く握り、内なる昂ぶりを収束、錬成させていく。

  だが、勇者はこの時気づいてはいない。

  すでに彼が握っていた「柄」そのものはその手の中、そして白い光の中ででゆっくりと小さく、細く、短くなっていき、今や「柄」ではなくいまだ一振りの剣さえ収めたことのない「鞘」を飾る宝玉となっていた事に。

  もちろん「柄」と刃をつなぐ「鍔」もまたすでに「鞘」の中に納まっていたことも。

  今や完全に少女の姿となった勇者は白く光る昂ぶりが収束し形作られた「柄」をしっかりと握っている。

  「はぁ……はぁ……ああ……」

  張り巡らされていた官能の嵐は静かに収まりつつあり、勇者は静かに落ち着きを取り戻す。

  だが、勇者は察していた。

  昂ぶりはなくなってはいない。

  いや、今にも最後の一瞬のために最後の収束をしているのだ。

  かつて自分の身体に直接あった時と同じようにその「柄」を感じながら勇者は静かに時を待つ。

  「はぁ……はぁ……はぁ……」

  柔肌を震わせ、細い肩を上下させ、その形のいい胸のふくらみと形のいいお尻を静かに揺らしながら。

  そして……!

  「!」

  昂ぶりが最後の刺激を勇者の身体に放つが早いか、勇者は改めて「柄」を握りしめるとそのまま一気に抜き放つ!

  「ーあっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  びくんっと震える全身を大きくそらしながら勇者は両足で踏ん張りながら腰を突き出し、その勢いで両手に握った「柄」を引き抜いた。

  「あっ!はぁぁぁ……」

  昂ぶりが強く、確かに収束して錬成された白き光が圧縮・錬成されて形作られた一振りの剣が勇者の「鞘」から引き抜かれ、それと同時に「鞘」から熱い息吹が噴き出した。

  「……ああ……はあ……」

  全身が火照り、絶頂の余韻に心身が緩むのをなんとか振り払いつつ、勇者は静かに自身から抜き放った剣を握りしめその細腕で高々と掲げた。

  そこからしなやかな素足で一歩、また一歩。

  いつの間にか目の前に現れた質素だが確かな存在感を持つ鞘に歩み寄り、そっと剣を納めていく。

  静かに剣は鞘の中に納まり、鞘と一つになる音が響いた。

  その音に合わせるように勇者の目の前の空間が幕のように揺らいだ。

  それを見やる勇者―いや、「勇者」の顔に柔らかい笑みが浮かぶ。

  「ありがとう―ございます」

  優しげな声でそう言うと「勇者」は静かに幕の間に歩き出し、その裸身をくぐらせていった。

  そのあとには何もなく、誰もいなかった。

  [newpage]

  この世界のどこにでもあるようなとある村。

  少女は日々の暮らしの合間を縫って一人村の通りを歩いていた。

  濃い茶色のボブカットを風にそよがせ、いかにも普通の村娘と言えるいでたちで歩きながら道行く人たちと親しげに言葉をかわす少女。

  その表情は彼女自身の顔立ちと相まって穏やかであった。

  「うーん……」

  あまり肌を見せない衣装の中で身体を思い切りそらし、全身で伸びをする。

  ちょっとはしたないかもしれないが、この暖かい日差しと爽やかな風がついそうさせてしまう。

  緑は穏やかで村の風景も平穏そのもの……文字通り「世はすべてこともなし」と言いたい風景に溶け込むように少女はそこにいる。

  思えば少女が「少女であること」を代償に剣を取り「勇者」として転生したのもこの村を、そこに住む人たちを守ろうとしたことから始まった。

  そしてー紆余曲折を経て再び彼女は「彼女」としてここにいる。

  この村どころか世界を蝕もうとした悪意の源を祓った勇者ではなくこの村に暮らす一人の人間ー一人の少女として。

  力と姿こそ返したものの勇者として過ごした知識と経験は今も少女の中に息づいており、それはこれからの人生を支えていくものとなるだろう。

  ただ、彼女はもう剣を取り戦うこともなければ勇者としての責務と重圧と向き合うことも、まして「勇者であること」をもとに担がれることもない。

  穏やかな空気の中で目を覚まし、必要な分の稼ぎを得ながら自分にできる形で働き、心ゆくまでゆっくりと眠りーこうして穏やかな空気の中を歩くことができる。

  悪意の源と刺し違えた時、いや勇者となった時点でもう戻る事はないと思っていたひと時の中に今こうして生きているのだ。

  余談だが日々の暮らしの中でかつて共に歩んだ仲間たちの姿を何度か見かけることはあった。

  幸いみんな健やかに自分たちの道を歩んでいるようだったが……もちろん自分には気づくことはなかった。

  一抹の寂しさを感じることもあったがきっとこれでよかったのだろう。

  自分がこうして今の自分として歩んでいるようにみんなもみんなの道を歩んでいる。

  それだけでも少女は心穏やかになるものを感じていた。

  そんな中、少女は村を少し離れた森の中にある水辺にたどり着いた。

  軽く周りを見渡し、誰もいないことを確かめると……。

  彼女は身に着けていたものすべてを解き放ち、一糸まとわぬ姿となって水辺に足をつける。

  歩くたびにひんやりとした水の感触がさえぎる物なき素肌を覆い、彼女の肌と頬をほんのり赤く染める。

  それから彼女はひとしきり水面と戯れていた。

  魚のように泳ぎ、水鳥のように歩き、時には水面に咲く花のようにたたずむ。

  「ふう……はぁ……」

  流れるようなひと時の中、水面に見え隠れする裸身にふと手を伸ばす。

  柔らかな体つきと素肌。

  しなやかな手足。

  大きさはともかく形のいい胸元と腰つき、そしてお尻。

  そしてー「いまだふさわしい剣を求めている」美しい「鞘」ー。

  生まれたままの、そして生まれた時からの姿があった。

  その姿であること、それを感じられることもまた今の彼女には喜びであった。

  そして、ふとこの女性としての体が何かの拍子で再び男性のー「勇者」の体になってしまうという妄想に浸ってしまうご愛嬌もまた今の彼女には「平和なひと時」の一つでもあった。

  再び浸ってしまった妄想を振り払うように彼女はいったんその裸身を水にくぐらせひと泳ぎし、再び水面に身体を表す。

  「ーふうっ」

  全身を水滴に輝かせながらひと時ついた少女。

  しかし、その目がー。

  「……!」

  「ーあ、あの……この近くの村の人ですよね?ちょっと道に迷っちゃったんですけど……」

  真っ赤にした顔を慌てて隠す若者の目と合ってしまう。

  一瞬おののく少女だったが、その顔に喜び混じりの驚きが走る。

  「勇者」だった時に共に歩んだ仲間の一人。

  他の仲間に比べると力こそ劣ってはいたが決して見捨てることなく最後の戦いまで共に歩んだ仲間。

  その仲間だった青年が目の前にいた。

  それに対して少女は……。

  「あ、あの、まずは服を着てからでいいですか……?」

  そっとその身体を隠し、恥じらいながらそう返した。

  了