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春の朝。
桜の便りは届きつつも未だ微かに冬の名残も残る時。
その名残と言える朝霞が辺りを包んでいる。
その日の霞はひときわ濃く、むしろ霧とも言える程の濃さだった。
そんな風景の中を彼女は歩いている。
まだ兆ししかない朝日をも隠すような霞の中はそれなりに視界はあるがその中を歩くにはやや心もとない。
でも、だからこそ彼女は歩いていた。
この季節だから、この時だから。
暁を覚えずと言うほどの眠りから身を起こし、窓から見たその光景に心惹かれて。
さすがにこの時間、若い女性が一人で歩くのはどこか違和感がある。
それでもゆったりとしたトレーニングウェアとシューズを身に着けていれば曲がりなりにも早朝ウォーキングをしている様には見えるだろう。
ウェア越しに身体の中に入ってくる朝もやと朝の空気と彼女自身の体温が混ざり合い、不思議な心地よさをもたらしていた。
「はあ、はあ、はあっ」
軽く息を漏らしつつ彼女は歩く。
吐く息に白いものが混じる季節は過ぎてもその息が途切れる事はない。
濃く白い朝霞の中をくぐる様に彼女は歩き続ける。
幸か不幸か、すれ違うものも通り過ぎるものもない。
まさに彼女ただ一人がその道を歩いている。
仮に誰かが通っていたとしても彼女がその姿を見る事も、その誰かが彼女を見る事も容易ではないかも知れない。
あたかも彼女だけの秘め事の世界であるかの様にただ一人、彼女は歩き続けていた。
もう少しすれば人の往来も始まりそうな往来を抜け、田畑や木々のある小道に入る。
獣道ではないがより自然に近い風景を霞の合間に見ながら彼女は歩いている。
こころなしか彼女の足取りは勢いを早めていた。
いそいそと、うきうきと。
待ち人のもとに向かうかの様な面持ちで走っていく。
そうするうちに彼女の視界、霞の合間から木々の枝が見え始める。
桜並木か、はたまた別の木々か。
それを確かめる間もなく彼女は走っていく。
霞の中を、その並木道を。
その足がたどり着いた先、そこは木々に囲まれた場所であった。
普段は人の踏み込む事のない木々の合間で彼女は足を止め、しばしその先を見つめる。
朝霞に包まれた中、彼女を導くようにその合間からまた異なる霞が吹き出しているかのようにも感じられた。
「あっ」
その霞の空気はより一層彼女の身体を刺激したのだろうか。
彼女の身体が一瞬身震いする。
軽く体を抱きすくめ、静かに一呼吸着く。
一息ついたのだろうか、彼女は静かにうなずくと霞の吹き出す先、木々の合間に入ってゆく。
少し進んだ辺りで周りの霞は深くなり、そして木々も密度を増していく。
こうなると今いる木々の外側からは何も見えない。
誰も見る事はできない。
周りを見回しそれを確かめた彼女の衣服の隙間に霞が入り込んでいくようなひんやりとした、それでいて熱いものが満ちていく。
その感覚に導かれる様に彼女は身に着けていたトレーニングウェアに手をかけた。
霞の中で布擦れの音だけが響く。
そして、彼女は再び霞と木々の中から現れた。
その姿は―。
[newpage]
「はぁ……」
彼女は何も身につけてはいなかった。
トレーニングシューズを脱ぎ、トレーニングウェアを脱いだ時点で彼女は何も身につけてはいなかった。
ウェアの上着から解き放たれて軽く揺れる一対の胸のふくらみ。
身をかがめてずり下したズボンの下から現れる裸の尻。
そして、ひんやりとした空気にきゅっと引き締まった「蕾」……。
全てを脱ぎ捨て露わになった素肌を朝霞が優しく包む。
「ーあっ」
ひんやりと湿った空気に包まれながら彼女は自分の身体が一瞬キュンと引き締まりつつも少しづつ火照っているのを感じていた。
熱く、心地よく、そして昂ぶらせていく感覚。
彼女はそれに身を委ねようとしながらもあえてその素足を踏み出す。
一歩、また一歩。
朝露に湿る草と地面の感触を素足に伝えながら彼女は緩やかに歩く。
まるでシャワーを浴びているかの様に霞をその髪に、顔に、胸に、「蕾」に……。
「ああ……」
素肌中に朝霞が満ちていく感覚が心地よい。
軽く力を抜き、流れに身を任せながら歩き続ける。
時には顔を上げ、瞳を閉じながら歩くままに任せ。
時にはまるで流水の様に緩やかに木々をすり抜けながら。
霞をすり抜ける中で彼女は自分が洗い流されていきそうな感覚にとらわれる。
その感覚に酔いながらも彼女はあえて踏みとどまりつつ歩き続けていた。
いつしか微かに登った朝日が朝霞の中に差し込み辺りをほのかに輝かせていく。
視界は霞の中にあるが、同時に不思議な輝きに満ちていく。
その中を一糸まとわぬ姿で歩く彼女の姿も霞の中で夢うつつの様に浮かんでは消える。
その姿は幻想的な風景画に描かれる精霊の様に見えた。
導かれる様に歩き続けた先で彼女の視界ー朝霞の中に隠れた空間が広がった。
それなりに広い空間を木々が囲む様はまるで舞台のようでもある。
まるで導かれるように彼女はその広間へと歩いていく。
朝の濃い霞を潜り抜けた先、その中心には一本の桜の木が立っていた。
大きさはそれなりにあり、まだ咲き始めたばかりの花をたたえた瑞々しい木。
朝霞の中に見え隠れするその姿に一瞬自分と同じ全裸の女性の姿を見た彼女だったが、驚きや恥ずかしさよりも不思議な安心感と高まりを感じていた。
「ふぅっ……」
その気持ちのまま彼女はゆったりと桜の木の前に歩み寄る。
そしてその桜の気を、朝霞を吸い込む様に大きく息を吸う。
「ふぅぅぅ……」
そうするうちに彼女の顔が少し赤みを増し、体の中がじんわりと熱を帯びていく。
その熱さは全身を内側から満たし、ひんやりと引き締められた素肌いっぱいに膨らんでいき……。
「ー!」
次の瞬間、彼女は桜の木を抱きしめていた。
まるで愛しい恋人を抱きしめるかのように。
その一糸まとわぬ素肌の全てで桜の木を抱きしめていた。
「む……」
彼女は桜の木の幹に優しく頬ずりをする。
そっとその胸元に幹を導く。
その素足を根元に軽くからめる。
全身でその幹の感覚を確かめる様に桜の幹を抱きしめると彼女はそこから軽く手を伸ばす。
そこから幹から分かれた太い枝に器用に足をかけてまたがり、そのまま静かに力を抜いて幹に背中を預ける。
「あ……ふぅ……」
背中から来る幹の感覚、そして両足の間に挟まれた枝の感覚。
柔らかい素肌との触れ合いがもたらす感触に彼女は軽く息を漏らす。
枝や幹を傷つけないように軽く両足を振り、背中を軽く揺らすとその感触はさらに強くなる。
「ああ……はぁ……」
何度も、何度も優しく、しかし適度に力を入れながら身体を揺さぶる中で彼女の柔肌とその中に張り巡らされた敏感な神経が刺激され、彼女に不思議な心地よさをもたらしていく。
その刺激と心地よさが彼女の全身を駆け巡り、ある流れを作っていく。
桜の根を通り、幹を通り、枝を通り鮮やかな花を咲かせる流れと同じように桜の幹に身を預け、枝に身を添わせる彼女の中にある「蕾」に注ぎ込まれる流れが……。
「あっ」
不意に声が出る。
「花」が咲きかけたのだろうか。
顔を赤らめながら彼女は姿勢を変えるとそのまま幹に抱きつき、枝の根元に足の間をより密着させる姿勢となる。
しっかりした枝の分岐点が彼女の身体を支える。
その安定感と適度な刺激に彼女の顔が軽く緩む。
そして、彼女は再びその幹に素肌を沿えて行く。
その唇を幹に軽く沿え。
その胸元で幹を軽く受け止め。
その両腕で幹をそっと抱きしめ。
その両足を幹にそっと添えて。
そして……彼女自身の「蕾」を幹に、そして根から幹を通る流れに浸す。
まるで幹を通じて素肌から流れが伝わってくるかのような感覚が彼女の裸身を流れる。
「ああ……ああ……ああ……」
彼女は甘い声を上げる。
もっと、もっと、もっと刺激を。
もっと、もっと、もっと心地よさを。
もっと、もっと、もっと。
彼女はひたすら桜の幹にその身を寄せる。
その身体を、その肌を、その神経を、その魂を。
全てをすり合わせ、溶け込ませ、一つになろうとするかのように。
そしてその流れは高まりを増しながら彼女の中を駆け巡り、大きな力となって「蕾」に注ぎ込まれていく。
「蕾」が、「蕾」が、「蕾」が、「蕾」が……。
ー開いていく。
「あ……あ……あ……あ……」
彼女は背を反らしかけながらも必死で桜の幹に、「咲かせる」流れにしがみつきその裸身いっぱいに流れを注ぎ込んでいく。
そして、その流れのたどり着く先。
「花」が、「花」が、「花」が、「花」が……。
「はぁぁっ」
ー咲いた。
ここに根を張る桜の木、そこにまた一輪「花」が咲いたのだ。
「ううっ……はぁ……」
心地よい脱力感に浸りながら彼女は身をひるがえし、幹に背中を預ける。
そこには確かに「花」の咲いた感触と見事に咲いた「花」があった。
彼女はその心地よさに満たされていた。
ふと目を向けると彼女が身を預けていた枝の先、まだ蕾だったかのように見えるそこにもいくつかの花が咲いていた。
まるで彼女の「花」が咲いたのと合わせる様に。
あるいは彼女と桜の木が「咲かせた」かのように。
そんな気持ちが彼女の中に沸くうちに、再び彼女の中で「花」が開こうとしていた。
その「花」を咲かせる事を拒む理由はない。
ただ思いのまま、心のままに「咲かせれば」良いのだ。
彼女は流れる様に枝をすべり降り草むらに足をつけると再び幹にその身を添わせる。
唇を、腕を、胸を、足を。
そして……「花」を。
桜の幹を抱きしめながら、背を預けながら。
時には枝の分岐に、時には根元に身を寄せ。
豹の様に寝そべるかと思えば弓なりになって背中を預ける。
彼女はその全てを桜の木に注ぐ。
彼女の素肌が木の幹に覆われていくように。
絡めた素足が根元と交わっていくように。
伸ばした両腕が枝と重なっていくように。
桜の花と彼女の「花」が咲き乱れるように。
霞の中で桜の木と桜色に肌を染めた女性が重なり合いながら一つに溶け合い、まじりあっていく。
まじりあいながら桜の木は動物の様になまめかしく動き、彼女は木の様に固く引き締まっていく。
辺りを覆い隠す朝霞に差し込む朝日の中、そこに人間の女性の様な幹をした一本の桜の木が浮かび上がる。
動物の持つ躍動の生命と植物の持つ静黙の生命。
見るものを燃え昂らせる官能的な美しさと見るものを癒し鎮める清冽な美しさ。
すべてを巻き込んだ生命の美しさがそこにある。
それは全てを覆い隠す朝霞が見せた奇跡なのだろうか。
それともー幻影なのか。
実際そこにあるのは桜の木にその裸身を預けてまどろむ全裸の女性の姿なのだ。
ただ、朝霞に紛れて一つになっている様に見えるだけの……。
霞はすでに消えていた。
朝日は既に高く上り、人の動きも少しずつ道を流れている。
そんな中を彼女は歩いていた。
もちろんトレーニングウェアをその身にまとい。
道行く人々の誰もが彼女がそのウェアの中に宿した「秘め事」を知る事はない。
その「秘め事」が残した熱い余韻と余熱をウェアに保ちながら彼女は家路に急ぐ。
自室に戻り、今一度あの「秘め事」の余韻に浸るために。
彼女の「花見」はまだ終わらないようだ……。
[newpage]
桜は満開の時期を迎えていた。
あちこちで桜を愛でる人達が各々の形で桜の花を愛で楽しんでいる。
今や満開となった桜の花は日の光を受け明るく輝く。
そんな桜色の輝きの中、彼女は桜色のワンピース姿で立っていた。
その顔は春の日差しの様に明るく爽やかである。
その笑顔に答えるかのように桜の木は静かにたたずんでいる。
一瞬枝が風に揺れた。
それを合図にするかの様に彼女はワンピースに手をかけるとそっと脱ぎ去る。
ワンピースが空に舞い、その中から桜色に火照った裸身の彼女が飛び出していく。
髪をなびかせ、裸の胸を揺らし、その内に秘めた「花」を咲かせようとばかりにその素肌いっぱいに桜の木に飛び込んでいった。
日差しに温められた木の幹が抱きしめる彼女の素肌をより温めていく。
春の日差しが桜の花と彼女の素肌をより輝かせていく。
春色の空気の中、全てを脱ぎ捨てた彼女の姿はさわやかで美しい。
そんな彼女を受け止める桜の木もまた美しく凛と立っている。
春のひと時、誰に知られる事なく美しい桜の花が咲いていたー。
了
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