異聞・善なる昇華(帰還・完結)

  天空で月と太陽が重なる瞬間。

  光と闇・陰と陽・その他様々なものが重なり合う瞬間。

  それが時として人の理解や意識を超えた事象や空間を開く事もある。

  そして今ここで起きている事態もまたその一つなのかも知れない……。

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  そこはどこなのか。

  光差す世界とも闇に覆われた世界とも言えず、静寂とも騒然ともつかない気配に包まれた場所。

  何事もない平穏な空間に見えて壮絶な戦いの予感を感じさせる緊迫感に包まれている。

  そんな空間の中で二組に分かれて戦う四つの人影があった。

  それぞれバッタをかたどった黒と銀の外殻をまとった戦士達が寸鉄も持たずただ己の拳と足、知り扱える限りの体術を駆使して戦っている。

  しかし、その流れはそのうち一組が一方的に押さえ込まれている形に向いていた。

  “一体どうしたんですか!どうしてわたし達が戦わないといけないんですか!”

  銀の戦士の拳を辛くもかわしながら硬くもしなやかな黒い甲殻を持つバッタ戦士―ソルクスが叫ぶ。

  “状況の変化に伴う信念の変化……と言う訳ではないみたいだけど私達も倒される訳にはいかない”

  黒い戦士の回し蹴りを受け流しながら銀のバッタ戦士―ルナプスもつぶやく。

  奇妙な成り行きでその姿と力を宿す事となったソルクスとルナプスが同じ様な運命と存在に導かれる様に出会った戦士達。

  時に反発したりしながらも四人が共に力を合わせ異形の怪人達から人の領域を・そして人としての自分達を守る者として歩む事になったのは自然な事だろう。

  しかし、今その関係に危機が訪れていた。

  これまでにない戦いを予感させるこの異様な空間の中に乗り込んだ四人。

  それは四人にとってもっとも苛烈なものとなるはずだった。

  だが、その深奥に乗り込もうとしたソルクスとルナプスに襲い掛かったのは他ならぬ黒と銀の戦士達だった。

  もちろんこれまでの日々の中で二人は始めて出会った時に比べてより強くなっていた。

  それをもってさえ黒と銀の戦士の力量はしのぎきれるものではなかった。

  二人がどうして突然自分達に襲い掛かろうとするのか。

  それを語らぬままに襲い掛かる二人の戦士がこの異様な気配に魂を惑わされ操られているとかのたぐいで無い事は十分すぎるほど感知できる。

  しかし、その理由無き攻勢をただ黙って受けるにはソルクスとルナプスは非力では無く、ただ戦いの本能のまま受けて立つには水葉楠葉とラトゥーニ・スボゥータは優しすぎた。

  ソルクスの姿で攻撃を受け止めかわしながら楠葉の心は叫び、ラトゥーニの意志が最低限の加減をかける中でルナプスの体はカウンターをかける。

  そんな攻防―いや、防戦が果てしなく続いていた。

  実際ソルクスとルナプスは良くしのいでいたと言えるだろう。

  だが、そんな絶望的な均衡がついに破れようとしていた。

  “えっ!?”

  ソルクスの体が宙に浮いた。

  実際には一瞬をついて間合いに飛び込んだ銀の戦士に担がれ天高く投げ飛ばされたのだ。

  “ルナプス!”

  援護に回ろうとしたルナプスだったが黒い戦士がその隙を逃すはずも無く、ルナプスの体は黒い戦士もろとも宙に舞う。

  そのまま黒い戦士に押さえ込まれる様にして投げ飛ばされてたソルクスめがけて落とし込まれる。

  “きゃっ!”

  “かっ!”

  そのまま地面に叩き付けられた衝撃で悲鳴を上げる事ができたのはまだ幸いな方なのだろうか。

  元の体のままではとうの昔に失っているであろう命をなんとか奮い立たせ苦痛の中なんとか立ち上がる。

  その意志を示す様に二人の体、ヘソの辺りにある宝玉の輝きはより強く光をともしている。

  なんとか二人を鎮め事情を聞くしかない。

  今の二人にはそれが精一杯の選択だった。だが……。

  その瞬間、二人の体にズンと重く鈍い衝撃が走る。

  それと同時に宝玉の辺りから激しい力が昂ぶり出す。

  “あっ……あう……うわぁ……”

  “うっ……ううっ……あぁ……”

  宝玉の周りに激しい力が満ちていく一方、そこ以外からみるみる力が失われていく。

  まるで宝玉に力を吸い取られていくかの様に。

  “だめ……やめて……ちからが……”

  “からだが……うごかない……なにも……”

  全身から力が抜けていき体の感覚が失われていく。

  戦う力が、動こうとする意志が消えていく。

  ただ二人の意識だけがそこにある様な感覚の中でソルクスとルナプスは朦朧とした口調でつぶやいている。

  そんな二人の体内から宝玉が抜き取られた衝撃さえ感じられないほどに。

  宝玉が抜き取られると同時にその体からは色と精気が失われまるで抜け殻そのものの姿と変わっていく。

  “おねがい……にげて……ラトゥ……ニ……”

  “ク……スハ……なんとか……しないと……”

  ただ声が聞こえると言うだけの抜け殻、いや塊となった二人の前で黒と銀の戦士達はそれぞれルナプスとソルクスから奪った宝玉を自分の宝玉と重ね合わせる。

  直後、楠葉とラトゥーニの視界と姿はその宝玉から放たれた光に貫かれかき消された―。

  [newpage]

  「いやぁっ!!」

  その叫び共に楠葉はガバッと身を起こした。

  「……え……夢……わたし……」

  いつの間にか涙で潤んでいた瞳に入るのは見慣れた大学の休憩室。

  意識がはっきりしてくるうちに自分の行動に驚いている他の生徒達の姿も入ってくる。

  「―ご、ごめんなさい!」

  思わず頭を下げてしまいそのまま気まずそうに椅子に座り込む。

  (あの時の夢……久しぶりに見たな……)

  顔をうずくまらせながらもふと物思いにふける。

  そんな楠葉の物思いはふいに背後からかけられた声に遮られる。

  「クスハ、試験の対策で疲れているのはわかるけどそこで寝るのは不自然だわ」

  コホンと咳をする仕草をするラトゥーニについ苦笑いを浮かべて返してしまうが不意に耳元まで寄られ、

  「それとも……あの時の夢を見ていたとか?」

  とささやかれた時楠葉は思わずびくっと体を震わせる。

  「無理もない話。あの事は―いえ、あの一連の出来事は私達には今でも忘れる事はできない、いえ、忘れてはいけない出来事だから」

  ラトゥーニは楠葉の驚きをよそに静かにうなずく。

  「ただ、夜中にあなたの部屋ではともかくこの場で大声を上げて飛び起きるのは不謹慎」

  そう言って釘を刺すのも忘れない。

  「ははは……」

  楠葉の苦笑は照れ笑いに変わっていた。

  とは言えラトゥーニ自身もその夢で目を覚ました事は一度や二度ではない。

  楠葉ほど悲鳴を上げたとかの過敏な反応はしていないだけだがその衝撃にしばらく寝付けなかった事もあった。

  ただ―その際互いの肌を重ねて鎮め合ったとかそう言う事は一度も無かった事は二人の名誉の為に記しておく。

  と言うかあの時以来二人が肌を沿わせた事は一度も無い。

  そう、あの時―。

  [newpage]

  二人から宝玉を奪い己のものとした黒と銀の戦士はその身から溢れる光を放ちソルクスとルナプスを貫くとそのまま深奥へと消えていった。

  何も語らず振り向く事無く。

  その中にある思いを誰にも示す事無く……。

  戦士達が姿を消したあともなお全てが重なり合うその空間でソルクスとルナプスは背中を合わせた姿勢で命無き塊となったかの様な姿をさらしている。

  静寂―使い古された様な言い回しが似合う中最初からその風景の一部であったかの様にそこにあった。

  その形も色合いでさえ命の動きと言えるものは何一つ見られない。

  まさに塊―の中で楠葉は目を覚ました。

  「ここは………」

  全くの闇の中、瞳が開いた自覚だけはあるがそれ以外の感覚がまだ動いていない。

  あの時宝玉を奪われ薄れ行く意識と感覚の中で光を浴びせられ気を失った。

  いや、間違いなく自分は、自分達はこの世からいなくなったはず。

  一瞬ここが「その後の世界」である可能性が一瞬頭をよぎった。

  自分達はすでにそちらの世界に行っておりしかるべき対処ののちしかるべき場所で生まれ変わる時を待っている―。

  しかし、その予感は少しずつ否定されていく。

  少しずつだが体の感覚が戻っている。

  自分が何かに閉じ込められている接触感。

  その中で体は動いているが動かせずにいる嫌悪感。

  ぴっちりと閉じ込められているにも関わらず呼吸ができていると言う感触と違和感。

  それらが楠葉の意識を、そして感覚を少しずつ呼び覚ましている。

  その過程で自分が裸で閉じ込められている事に気づいて思わず顔を赤くしたのはご愛敬だろう。

  なんとかここを出たい。でもどうすれば……。

  「―クスハ……クスハも気がついたの……?」

  不意に楠葉の耳に自分と同じ様な状況で閉じ込められている友人の声が響く。

  自分達を閉じ込めているものが声を響かせているのか、それとも直接耳に聞こえるのか。

  「ラトゥーニ!?わ、わたしは大丈夫!それよりもラトゥーニは……?」

  体をまともに動かせないながらも楠葉は背中越しに呼び掛ける。

  「……大丈夫。多分クスハと同じ様に意識と体の感覚はある。ただ動く事ができないだけ。これだけはどうしようもない」

  そう返すラトゥーニの口調に少し安心感を覚える楠葉だが、今の自分達の状態に不安をぬぐえないのもまた確かだった。

  「ラトゥーニ、もしわたし達ずっとこのままだったら……?」

  「余計な行動や情報に惑わされず思索にふけ続ける分には悪くは無い。ただ自分が石でも金属でもないとわかっている以上良い気持ちはしない」

  「うん……だとしたら……早く動かせる様にしなくちゃ」

  そんな事を言い合ううちに二人は自分達の視界が少しずつ明るくなっているのに気づいた。

  うっすらともやがかかっているようにも見えるが外の景色が見える。

  ふと体を動かそうとするが全身を締め付ける様に閉じ込めていた戒めが緩んでいるのだろうか、少しだけなら動いているのを感じる。

  「クスハ、どうやら「羽化」の時が来たみたい」

  「羽化」―その言葉を聞いた時、楠葉の中に何かきゅんと震える様なものが走った。

  それが何かはまだはっきりしていない。

  ただここから抜け出せるのならなんとかして抜け出したい。

  そして―その時は……。

  楠葉の中にあの二人ー黒と銀の戦士達の姿がよぎる。

  何とかあとを追って尋ねたい。知りたい。

  あの行動の意味を……。

  そう思った時、楠葉の体に少しずつ力が入る。

  いつも―ソルクスとして戦う時―とは違い少しか弱さを感じる力の入り方だが、それでも今の楠葉には精一杯の力を込める。

  少しずつ晴れてくる視界や動かせる様になってきた体の動きに押される様に楠葉は自分を包み隠すもの―自分の姿をした「蛹」から抜け出そうとする。

  そんな楠葉達に合わせる様に蛹ー塊も少しずつ変化を遂げていた。

  楠葉達が意識を取り戻し視界や感覚が戻っていくのにつれてその色は少しずつ薄れていき、その中に佇んでいる楠葉とラトゥーニの姿が少しずつ浮かび上がっていく。

  さながらソルクスとルナプスの姿を模した半透明の着ぐるみの中にそれを着込んでいる楠葉とラトゥーニの姿が見えると言う所か。

  その中で二人は動く。ひたすら動く。

  その体を動かし、肌を振るわせ、自分達を覆い包む物を破ろうとする。

  心を合わせ、呼吸を合わせ、体を合わせる。

  二人が動く度に塊の外観は薄く、柔らかくなっていく。

  そして、それが頂点に達した時―。

  「はあっ!」

  「ふあっ!」

  塊がもろくもめくれる様に破れ落ち、その中から楠葉とラトゥーニの姿がこぼれる様に倒れ落ちる。

  「はぁっ……はぁっ……はぁ……」

  「ふぅっ……はぁっ……ふう……」

  倒れ込みながら漏れる吐息が少しずつ落ち着きを取り戻す。

  そして二人は自分達の意識と感覚が外の空間となじんでいくのを感じながら静かに体を起こしていく。

  「ラトゥーニ……」

  「クスハ……」

  塊の中で既に感じていたが改めて自分達が生まれたままの姿でいる事に少し恥ずかしさを感じながらもしばらく二人は顔を見合わせていた。

  いや、「生まれたばかりの姿」か。

  それとも―「生まれ変わったばかりの姿」か。

  はたまた「生まれ直したばかりの姿」なのか。

  どちらにしろ二人は静かに立ち上がりながら自分達が改めて「人間になった」事を感じていた。

  それに合わせる様に月と太陽・闇と光・明と暗・静寂と喧噪が入り交じる奇妙な空間は姿を消し、二人は裸のまま本来あるべき空間に戻る。

  それは二人が「人間の世界」に戻る事ができた事、そしてあの二人の戦士のあとを追う事が二度とできなくなった事を意味していた―。

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  「……あの時はちょっと心地よかった。何か本当に満ちあふれたって感じで。その代わり替えの服とか置いていた所に戻るまで大変だったけどね」

  「少なくともあの時の苦労と天秤にかける事は今考えると難しいけど……でも良かった」

  ふと思い返しながら楠葉とラトゥーニは笑みを浮かべる。

  その顔がほんのり赤く見えたのは気のせいだろうか。

  「そう言えば楠葉、こんなニュースが入ってる」

  少し高まっていた気持ちを引き締め直そうとばかりに一呼吸置いたラトゥーニは自分の携帯端末を取り出すとそっと楠葉に見せる。

  そこにはかつて「情報源」の一つにしていたネットニュースの一記事が映っていた。

  ―濁流災害の被害者生還、その影に謎の生物の存在が?―

  「これって、まさか……あの人達」

  「間違いない」

  その災害に巻き込まれた人達が偶然写したとされる写真に入っている影。

  被害者達を助けたり障害物を排除しようとしていたその影はおぼろげではあるが見覚えがあった。

  自分達をああ言う状態にしたあと黒と銀の戦士達は自分達の宝玉と共にあの空間の深奥に消えた。

  それにより自分達は結果として今ここでこうして過ごしている。人間としての時間を。

  もしそうだとすればあの戦士達はその代償として……。

  「あの人達は私達も背負うはずだったものまで背負って今もあそこにいる。あの人達も生きるはずだった道を私達に託す代わりに」

  そう言いながらラトゥーニは静かに瞳を閉じる。

  「あの人達がそうしたみたいにわたし達は今のわたし達として……なのかしら」

  楠葉もふと空を見る様に顔を上げる。

  あの時から今まで何度か感じた思い。

  でもそれは決して二人の中から失われる事はない。

  だからこそ二人は歩み続ける事ができる。

  今の自分達だからこそ歩める道を、その為に歩むべき道を。

  そんな感慨に浸っていた心を別の友人の呼ぶ声に引き戻されながらも楠葉とラトゥーニはそれぞれの日常へと歩んでいった……。

  真打・全編完結