異聞・善なる進化(後編・継続)

  その夜。

  楠葉はなぜか寝付けぬ夜を過ごしていた。

  講義に備えての勉強も一段落付き、幸いにして怪人達が動き出した気配も感じない。

  もっとも、その気配があれば例え熟睡していても自動的に反応して目を覚ましてしまうのだが。

  「ふう……」

  瞳を閉じて寝返りを打っては目を開ける。このローテーションを何度繰り返しただろうか。

  眠れない。なぜか眠る気がしない。

  幸い明日は大学は休みでありバイトもない。

  それにやろうと思えば一晩位なら起きていても平気な位の力は宿っているし外に出て一走り・ついでに「変身」すればそれなりに発散はできるだろう。

  実際怪人達の気配に合わせて眠れない、寝付けない夜を過ごした事も一度や二度ではないのだ。

  それでも―だからこそやはり眠りたい時はゆっくり眠りにつきたい。

  そんなやるせなさが楠葉の中に満ちていた。

  やるせない、そして落ち着かない。

  イライラするとかざわつくとかそう言うものともまた違う何かがおさまらない。

  それが何なのか、どうすればそれを鎮められるのかが今ひとつつかめない。

  自分一人ではどうしようもないものをかかえながら楠葉は再び寝返りを打つ。

  そんな中、楠葉の耳がドアノブが動く音を感知する。

  「ラトゥーニ……?」

  つい先日同居人となったクラスメートの名前が口を突いて出る。

  そもそも彼女以外に今この時間自分の部屋を訪れる人物がいるはずもない。

  楠葉は薄目で部屋の入り口に立っているであろうラトゥーニに向けその様子をうかがった。

  「クスハ―どうやらあなたも眠れていない様子ね。残念だけど私だけではその理由の解明も対応もできないみたい」

  暗がりの中ラトゥーニはいつもと変わらぬクールで理論的な口調でつぶやいた。

  「だからクスハに意見を―と思ったけどやっぱりクスハも同じ様な状況だった。想定はしていたけど……」

  その声を聞きながら楠葉の瞳は薄めから静かに開きより確かにその姿を捉える。

  暗がりに隠れシルエットだけしか見えない中その瞳・そしてヘソの辺りが緑の光を浮かべている。

  そしてそのスレンダーな体型が彼女が何一つ身に着けないままここに来ている事を確かなまでに示している。

  その時ようやく楠葉は一連の奇妙な感覚の糸口がつかめた事を感じながら身を起こした。

  ラトゥーニと同様瞳とヘソの辺りに紅い光が灯っている事、そして悶々と寝返りをうつ間に自分もまた全てを露わにしていた事に気づいたのはその後すぐの事だった……。

  [newpage]

  夜の闇と薄明かりの中で寝息を立てて眠りについている楠葉がいるはずのその場所で二体の異形の塊がその体を密着させてうごめいている。

  その塊達はカサカサ・カタカタと固い物がこすれ合う様な異様な物音を暗がりと静けさに包まれた部屋一杯に響かせている。

  カサカサと、カタカタと固い物同士がこすれ合う謎めいた音。

  その中に混じり何か別の音も混じっている。

  “はぁ……あぁ……はぁ……ふぅ……”

  “う……あぁ……うぅ……あ……”

  その塊から女性二人分の吐息に近い音―声が聞こえる。

  声を上げ、体を揺らしながらその塊は密着し合っている。

  よく見ると塊同士は両膝を立てた姿勢で座りながら直立した上半身を抱きしめあいながら静かに、かつ確かにその身をそらせすり寄せている。

  二体の塊がすり寄せ合うたびにカタカタ・カサカサと音が響き、女性の吐息混じりの声が響く。

  甘い官能と異様な活力に満ちた声。

  “うぅ……あぁ……クスハ……大丈夫……うぅ……”

  塊の一方が人間で言えば顔の辺りから一対の緑の光を浮かべつつ声をかける。

  その先にいるもう一方の塊―同じく一対の赤い光が光る相手に向けて。

  “あぁ……うぁ……ラトゥーニ……まだ……平気……んんっ……”

  その塊もまた吐息を交えながらもなんとか確かな意識を持って答える。

  そもそも楠葉とラトゥーニは同居人の関係になってからもいわゆる「肌を重ね合う仲」になったわけではない。

  もっとも望む望まざるを問わず人並み以上に肌を見せ合いさらし合う関係ではあるがそれがそのまま「そう言う関係」に繋がるとも限らない。

  そんな二人が今こうして異形の塊―緑のバッタ女の姿になって肌ならぬ外骨格を沿わせ合っているのもまた二人にとっては必ずしも望んでいる状況ではなかったのだ。

  実際外骨格を重ね合うとは言え直接重ねているのは二人の腹部―宝玉のある位置であり二人が声を上げつつ揺らぐ体を抱きしめながら支えているのもその宝玉の共鳴のなせる技だった。

  互いの体内に宿りし宝玉の異様なまでの活性化。

  時期は異なれど二人が異形の姿に変わる力を得る切っ掛けとも言える宝玉が異様なまでの力を二人の体に流している。

  それを自覚するまでの時間の遅さに対しそれからの二人の反応はあまりにも早かった。

  導かれる様に、求める様にその素肌を緑の外骨格に。

  恥じらいと戸惑い、そして多少の恍惚を交えた乙女の素顔を鋭い一対の触覚と大きなアゴをたたえた異形の顔に。

  タイプは異なれども相応に美人と言われる様な人の姿を異様な緑のバッタ女の姿へと流れる様に作り変えながら二人は互いの体―宝玉を静かに沿わせていた。

  それぞれの体を昂ぶらせるほどに力に満ちていた赤と緑の宝玉は沿い合い重なり合う事で互いを響かせあい互いを宿す二人の体一杯にその力を満たしていく。

  二人の体中に覆い張り巡らされた神経と筋肉の繊維を力の奔流が昂ぶり駆け抜ける。

  その度に繊維は膨張と収縮を繰り返しそれを覆う外骨格が震え全身が大きく揺れ動く。

  宝玉の事を自覚してからより強く体の中でみなぎっていた熱い力の流れが共鳴により激しさを増す楠葉とラトゥーニは必死でその流れをこらえつつも受け止めていた。

  もしこの力に飲み込まれてしまったら自分達はどうなるのか。

  いつもの変身とはまた異なる形でみなぎっていく力がもたらす快感だけではない幸福感・そしてそれにともなく苦痛ともまた違う抵抗感がせめぎ合う中二人は宝玉を沿わせ合いながらも

  必死でその体を抱きしめつなぎ止める。

  あたかもその力に互いがはね飛ばされるのを止めようとするかの様に。

  もし二人の中を流れる力の流れを可視化できれば異形の外骨格と筋肉・神経繊維の中で激しく揺らめく女性のシルエットが浮かぶかも知れない。

  “くっ……うぁっ……ラ……トゥ……ニィ……あぁっ”

  ”あっ……はぁ……クゥ……ス……ハァ……ううっ”

  掛け合う声もおぼろげに、それでも必死でつなぎ止め合う様に声を出しながら二人は互いを引き留め、自身を留めさせようとする。

  そして……幾度目かの揺らぎの果て・二人の心身が限界までその力に押し上げられその意識が消し飛ぶかそれとも打ち上げられるかにまで達した時―!

  “ぐぅっ!”

  “うぅっ!”

  二人の口―バッタ女のアゴが互いの肩に勢いよく噛みついた。

  それと同時に何かが二人の中を突き抜けていく……!

  [newpage]

  “―!?……っ!!”

  “……!―っ!!”

  噛みつかれた痛みや噛みついた衝撃以上のものに貫かれ二人はほぼ同時に目を見開く。

  重ね合わされていたヘソ―宝玉からほとばしる激しいまでの力。

  二人が互いに噛みついた瞬間宝玉はその力をさらに解き放つ。

  あまりにも激しく熱い生命の力が体を駆け巡る中二人はより強くその身を抱きしめ合い、そして噛みつくアゴにも力が入る。

  そうでもしなければ心と体がはね飛ばされてしまいそうなほど体の中が熱くほとばしりうねっている。

  そのうねりが駆け抜ける度体内の筋肉が・神経細胞が大きく膨らんでいき少しずつ外骨格の中で密度を増していく。

  重ね合った宝玉を通じてそれぞれのうねりが共鳴し合い、噛みついたアゴから相手のうねりが自分の体中に注ぎ込まれていく。

  二人はそんな感覚を共有していた。

  “んんんんんんん……っ!”

  “うぅぅぅぅぅぅ……っ!”

  その赤と緑に光る目をさらに煌々と光らせながら楠葉は声を押し殺し、ラトゥーニも声にならないうなり声を上げる。

  それは二人の女性としての歓びの声でもあり生命ある者としての高まりの声でもある。

  もし今噛みついている顎を外す事ができたなら二人はどれだけの雄叫びを上げる事ができたであろうか。

  二人の中―意識の中か、それとも本当にそうなっているのか。

  かすかな動きさえ見せない一対の異形の塊の中で激しいまでの命の力が駆け巡り生命の鼓動を響かせる。

  そして一対の塊に宿る存在―水葉楠葉とラトゥーニ・スゥボータはその循環と鼓動の中で互いを保ち合い響き合っている。

  ”んんんっ……うううっ……ラッ……トゥ……ニィッ!”

  ”うううっ……むむむっ……クゥ……スゥ……ハァッ!”

  睦み合うわけでもぶつかり合うわけでもない。

  ただ互いの命と心を響かせ合いそれが互いの中を流れる流れをより熱く、激しく、鮮やかな色に形作っていく。

  その度に二人の意識はより強く昂ぶっていく。

  もっと強く、もっと高く、もっと確かに。

  互いの赤と緑の瞳は激しく光を放ち、そこから涙の様なものが流れているのも見える。

  二人の中で高まっているものがどれだけ激しさを増しているというのだろうか。

  そしてーその高まりはついに一つの頂点を迎える。

  “あぁっ!”

  “うあっ!”

  その瞬間生身の二人が身をそらす姿が幻視できたかどうかはわからないがそれほどの衝撃と共に声を上げると二人はそのまま意識を失った。

  宵闇の中の静寂―そんな言葉のふさわしい状態がしばらく続いていた。

  一対の塊はそのまま完全に活動を停止しているようにも見える。

  ただその中から穏やかに眠りについている生命の流れが感じられるのも事実である。

  そんな静かな時間に少しずつ変化が訪れる。

  窓から静かに朝の光が差し込み塊にもその光が包み込む。

  夜の闇に包まれた黒から朝の光に照らされた緑に塊の色が変わっていく。

  色が変わる度塊の表面でパキッと音がする。

  その音は少しずつ回数と間隔を早めていき塊中を覆っていく。

  それは塊の表面中にヒビの入る音。

  震えながら、響きながらそのヒビは塊を覆っていく。

  そしてそのヒビが塊の全体を覆い尽くした時―パキンと音を立てて塊は砕け塵となって飛び散った。

  その中からむき出しになった別の塊が滑る様に倒れ込む。

  異様な形をしていた先ほどまでの塊とは違いしなやかでなめらかな形をした塊。

  人の形をした、いや、文字通り二人の女性―楠葉とラトゥーニが素肌をさらしたまま重なり合いながら静かに寝息を立てている。

  満ち足りた様な顔で肌を沿わせながら眠りにつく二人の姿はただ穏やかで美しかった。

  その後、どちらからともなく目を覚ました二人がその日一日顔を合わせる事ができない状態に陥るのはまだもう少しだけ先の話である。

  [newpage]

  とりあえずは平穏な夜の一時。

  しかし、多くの人々が感知しない帳の影で人知れずうごめく存在があった。

  望む・望まざるを問わず獲物を求める為にうごめく者達。

  そして―そんな者達と戦う者達もまた存在していた―。

  “―もらったわ”

  クールな声と共に放たれた手刀の一撃が怪人の急所を切り裂く様に穿つ。

  怪人が崩れ落ちながら燃え尽きるのを見届ける間もなく背後から迫った別の怪人に大剣でなぎ払うかの様に銀色のソバットを叩き込む。

  その隙を突く様にまた異なる怪人が二体同時に飛びかかる。

  “見え透いている―”

  そのセリフを示すかの様に銀色の体を夜の闇に飛翔させると怪人達の攻撃をしなやかにかわす。

  それと交差して怪人達に抜き手を打ち込みそのまま身を翻して地面に叩き付ける。

  怪人達が燃え尽きて行く様を背景にその銀色の影は静かに立ち上がる。

  それはラトゥーニ―いや、ルナプスであった。

  しかし、夜の闇に浮かぶその姿はかつてのルナプスとは大きく異なっていた。

  全体的なイメージこそこれまでのバッタ女のそれを残しているがその銀色の外骨格や体格は以前とは比べものにならないほどしなやかでつややかな形となっている。

  甲冑と言うには軽く、異形と言うにはスマートなシルエットは例えるのならライダースーツと全身プロテクターが有機的に融合した様なものだろうか。

  その顔立ちもおもむろに現れていた異形の顔を意匠にフェイスガードを思わせる形で整えられている。

  肘や膝・首筋や胸元・腰などを彩るグレーのラインがより強いアクセントとなりバッタ女の意匠を引き立てる姿はより力強く、そしてより美しく今のルナプスを形作っている。

  それを示すかの様にヘソに輝く緑の宝玉と大きく光る緑の瞳は夜の闇の中で鮮やかに輝いていた。

  その光景に運良く―いや、「運悪く」出くわしてしまった女性はその一部始終に一時目を奪われながらもなんとか力を振り絞りその場から逃げ出した。

  無理もない。不幸なタイミングでこの場所を通りがかった際怪人達の襲撃を受けた所に目の前にいる銀色の怪人に「助けられた」のだ。

  いや、彼女からすれば銀色の怪人も味方かどうか確かめる余裕などないだろう。

  とにかく女性は急いで逃げようとする。

  この場所から少しでも早く、安全な場所に、自分にとっての日常に。

  だが、その行く手にまた異なる怪人が襲い掛かる。

  「―!」

  声にならない叫び声を上げながら怪人の餌食になる―寸前の事だった。

  飛び込んできた黒い影が女性をかばう様に怪人の拳をそのまま掴む!

  人間はもちろん並の怪人でも貫きかねない様なその拳を左手でがしりと受け止めたその黒い影はじりじりと右腕に力を込める。

  ”やぁっ!”

  穏やかなトーンながらも激しい声を耳にした瞬間、怪人は黒い影の拳に貫かれたまま燃え尽きた。

  何が起きたのかわからないまま立ち尽くす女性だったが今度はその女性めがけて黒い影は拳を振るう!

  「!」

  その拳は目を見開いた女性―のすぐ後ろに迫っていた別の怪人の顔面を捉えていた。

  怪人がひるんだ隙を逃す事もなく黒い影は女性をかばう様にその背中に逃すと即座に身をかがめる。

  そこから両脚に力を込めると膝から怪人に飛び込み怪人ごとその身を打ち上げる。

  体勢を立て直す間もなく膝蹴りに貫かれた怪人は宙に舞いながら燃え尽きた。

  その残滓が消える間もなくその身を翻した黒い影はそのまま地面に降り立ち女性を守る様に両脚を踏ん張り構えを取る。

  夜の闇の様に黒く輝く肢体の節々を彩るグレーのライン、そしてヘソの部分に輝く赤い宝玉と赤い瞳はその黒の中に映える。

  それが今の楠葉―ソルクスの姿である。

  ルナプス同様ライダースーツと全身プロテクターが有機的に交わった姿に進化した外骨格はそれでありながら女性としてのしなやかさを魅せている。

  異形の異様さと女性としてのしなやかさと美しさ、そして戦士としての力強さとりりしさが一つに交わって具現した存在、それが今のソルクスなのだ。

  ―早く逃げて―

  ソルクスは構えを取りながら背中でそう女性を促す。

  その勢いに押されたかの様に女性は今度こそ急いでその場を後にする。

  女性の気配が今この場所から少しずつ、少しずつ離れていくのを感知しながらソルクスは周りにいるであろう他の怪人達を威圧する様に構えを取る。

  もし別の怪人が女性を餌食にしようものならばソルクスの心に深い傷を付ける代わりに大きな代償を支払う事になる。

  そう感じさせるほどの強い威圧感を放ちながらソルクスは身構える。

  その威圧感と強い生命力は怪人達をかえって引きつける事になったらしく怪人達は走り去った女性には目もくれず一体、また一体ソルクスを食らうかの様に現れる。

  “―まだ……これからっ!”

  ソルクスは威圧の構えを解きながらそのまま怪人達に飛び込む。

  怪人の胸元に飛び込んでキックを叩き込むとその反動のまま宙に舞い別の怪人に拳を打ち込む。

  殴りかかる怪人の拳を身をかがめてかわすとその足をはらい前面から倒れ込ませる。

  怪人がバランスを崩して倒れ込むのをすり抜けながら流れる様な動きでその頭を掴むとそのまま怪人達の群れに投げ飛ばす。

  ”ソルクス!”

  その声と共に銀色の影―ルナプスが飛び込み怪人にキックを放つ。

  ソルクスがルナプスをかわす様に空に舞うのと入れ替わりにルナプスのキックが怪人達を燃え尽きさせる。

  その後からさらに襲い掛かる怪人の攻撃をかわすやルナプスはその体を掴んだまま両脚に力を込め宙に舞う。

  そしてそこから思い切り地面に叩き付ける様に投げ飛ばす。

  その射線上にはいつの間に待機していたのだろうか、ソルクスが全力で飛び込んでくる!

  “えぇーいっ!”

  投げ落とさせる勢いとソルクスの拳に貫かれた怪人は空中で燃え尽きる。

  “―ルナプス―残り……1体!”

  ”ソルクス―終わらせる!”

  怪人を空中で投げ飛ばし自然降下を始めていたルナプスと怪人を貫いた勢いのまま上昇していたソルクス。

  その場にいた最後の怪人を感知しつつ言葉を交わし合いながら二人は空中で互いの手を取る。

  そこからルナプスはソルクスを自分ごと引き上げる勢いで引き上げもう一度その身を上昇させる。

  ソルクスもその勢いに引っ張られながらもルナプスを支える様にその腕を掴む。

  二人の宝玉が一瞬強く輝きながら黒と銀・一対の風車が一瞬空で回るとその姿は一つの弾丸となって放たれる。

  ”行きます!”

  “もらった!”

  かわす事も防ぐ事も叶わぬまま最後の怪人は黒と銀の弾丸に貫かれ燃え尽きる。

  それを背にソルクスとルナプスは背中を合わせる様に立ち上がり、赤と緑の瞳を輝かせながら静かに構えを取っていた。

  その姿勢のまま二人はそれぞれの感知能力を駆使して他の怪人達の気配を探る。

  “あいつらの気配は感じない―今回はひとまず終わりみたいね”

  “ふぅっ……今回もなんとか勝てたわ……“

  ひとまず感知できる範囲に怪人の気配がない事を感じ、ようやく安堵しながら顔を見合わせるルナプスとソルクス。

  しかし、その声に疲労は感じられない。

  もし仮にまた別の怪人の気配を察知する事ができればもう二、三戦は戦う事ができるであろう力が二人にはあった。

  ―思えばあの夜、二人が戯れにバッタ女の姿で互いの宝玉を重ね合った事で起きた現象。

  あの激しすぎる力の共鳴と活性化が二人に新たな力と姿を与えたのだ。

  かつての姿の時を遙かに上回る程力に満ち、体の動きや感覚も高まっている。

  怪人の拳を受け止めた事でもわかる様にその頑丈さもさらに高まっている様だ。

  そして―この変化は二人にまた異なる力を与えていた。

  [newpage]

  少し緊張を解きながら二人は静かに並び立ちヘソにある宝玉に力を込める。

  “あっ……”

  ”うっ……”

  宝玉が光を放ち、そこから漏れる力の流れについ声を漏らす。

  その光が全身を満たす中で二人の体が変化を始める。

  プロテクターとライダースーツが交わり合った様なしなやかに整えられた外骨格が形を崩しより生物的、異形な形へと変わっていく。

  フェイスガード的に整えられていた顔立ちも再び元の異形のバッタ女の顔に戻っていく。

  “あぁ……はぁ……”

  “うぅ……あぁ……”

  黒と銀のバッタ女の姿に戻りながらソルクスとルナプスは甘い声を上げている。

  それに応じる様に二人の体はさらに変化を遂げる。

  黒と銀の外骨格は緑の外骨格に、そしてその外骨格から解き放たれた柔らかい素肌に。

  スマートさを持ちながらもたくましさを持っていた両腕両脚は細くしなやかな女性の手脚に。

  大きく開いていた異形のアゴは形良く整えられながらその可愛らしい口元と鼻筋の中に隠れていく。

  らんらんと光りながら見開かれてた赤と緑の目も小さくなりながら一瞬まぶたに隠されたあと多少の潤みをたたえた女性の瞳となって姿を現す。

  ピンと立っていた一対の触覚が額に埋もれ、形の違うショートカットの髪と形の良い耳が顔を彩る。

  「あ……あん……」

  「う……うん……」

  バッタ女から人間の女性へ。

  ソルクスとルナプスから楠葉とラトゥーニへ。

  二人はみるみるその姿を変えていく。

  そして二人がその瑞々しい素肌をたたえた人の姿を完全に取り戻すと同時にその素肌は布地の感触に覆われ、その中でそれぞれの宝玉も光を失いしばしの休息に入る。

  二人にとっては決して短くはないこの変化の感覚、しかし実際にはほぼ一瞬に近い出来事であった。

  そう、二人に起きた変化の中には「変身した際に身に着けていた着衣の再生」も含まれていた。

  これにより二人はその都度その素肌をさらさずとも変身・そして変身解除を行える様になりより手際よく到着・撤収を行える様になっていた。

  楠葉は白いワイシャツに青いベスト風の上着、そしてブラウンのスカートをなびかせながら白いシューズをトントンと地面に付けている。

  ラトゥーニも白いブーツで軽くステップを取りつつ紫と白のカラーリングも華やかなワンピースの裾を翻している。

  これだけ見ればちょっとしたグラビアのワンシーンとも言えるだろう。

  「もう今夜は出なくても良いと思うけど―とりあえず帰って課題をすませなくちゃいけないわね」

  「ええ……その前にちょっとあの店のスイーツを食べて帰りたい。いいよね、クスハ」

  「……そう言えばあのお店、新しいメニューが出たみたいだし、時間もお財布も余裕はある……ラトゥーニ、ちょっとだけならね」

  そんなやりとりがかわされる。

  二人にとってさらに幸いなのはあれ以降今までの様に大量に食事をする必要性がなくなった事だった。

  宝玉から安定してエネルギーが供給されているのだろうか、少なくとも変身や戦闘などで消耗しても普通に食事や休息を取るだけですむ様になった。

  それによりこうしてちょっと高めのスイーツを食べに行く余裕も持てる様になったのは本当に幸いである。

  もっとも、生活費補充の為のアルバイト等については今も継続しておりさらに言うと―二人があれ以降「肌を重ね合う関係」に進展した訳ではない事は書き加えておく。

  そうこうしながら日常に戻ろうと足を踏み出そうとした時……。

  「え?」

  「……これって……?」

  一瞬二人の顔に緊張が走る。

  いつの間に入り込んでいたのだろうか。

  聞こえてくるエンジン音と共に自分達を捉えているであろう異様な気配を二人は捉える。

  怪人達とはまた異なる、どちらかと言うとそう―「自分達」と似た様な気配。

  二人の視線の先―暗がりの向こうに見える一対の赤と緑の瞳。

  バイクらしきものにまたがっているのかそのヘッドライトらしい光も見えている。

  短くも長い対峙から二人が何か行動を起こそうとした時、その二台のバイクは爆音を響かせ再び闇の中に消えていった。

  「ラトゥーニ、あの人達ってまさか……」

  「わからない。ただクスハも感じた様に私達とあの人達はきっと関わり合う事になる。そんな気がする……」

  既に誰の気配も感じられなくなったその先を見つめながら楠葉とラトゥーニは自分達が歩む先への様々な思いをしばし巡らせていた。

  変身解除後に回収したバッグの中から響く友人からの電話コールに反応する事さえしばらくできなかった位に……。

  第三部後編・了