ミアレシティの昼下がり。
記者のセレナは何気なく通りを歩いている。
活動的な衣装とふんわりとしたセミショートの髪が彼女を快活に魅せながら。
紙面をにぎわせ、記者としての足を急がせるような大きな事件もなくとりあえず平穏な一時。
とりあえずはカフェで一息つこうかとほんのり笑みを浮かべたその時―。
「!?」
そんな時、どこからか悲鳴が聞こえる。
事件だ。事件が起こった。
平穏だった通りが一瞬にして人々の悲鳴と怒号につつまれる。
それを耳にしたセレナの顔が一瞬にして引き締まる。
その瞳は確かな意思をもってその悲鳴と怒号の先に向けられた。
「ー出番ね」
そう呟くとセレナは走り出す。
辺りを見回しながら、人々をかき分けながら駆け足で。
その悲鳴と怒号が響く先、事件が起きている場所……とは全く違う裏通りへ。
騒乱に満ちた表通りとは対照的に誰一人いない裏通り。
しかし、そここそがこれからセレナが通る道でもあった。
もちろん、記者として取材をするためではない。その道は―。
「行くわよ!」
そう叫びながらセレナは一気にペースを上げて走り出す。
そして、服の裾に手をかけると一気に―引き抜いた!
セレナが身に着けていたものが宙に舞い、その中から飛び出したのは……。
[newpage]
それは全身を包む光か、それとも顔まで覆う全身スーツか。
全身を黄色く輝かせたセレナの姿だった。
そんな姿になった事にも構わずセレナは走る。
そうするうちにその姿に変化が起こる。
背筋に二本の茶色いラインが並んで走り、お尻の辺りから稲妻を思わせる尻尾が生える。
その柔らかなボブショートを覆い隠した頭頂には頂点の黒いラインが印象的な細長い一対の耳がなびくように伸び、黄色い輝きの中にも確かに浮かぶその顔立ちの一つである両頬には一対の赤い斑点が浮かび上がった。
その姿はまさしくピカチュウ。
人の形をしたピカチュウとなってセレナは走る。
ピカチュウの様に素早く、人の様にしなやかに。
その行く手にひらりと何かが舞い降りる。
それは先ほど彼女が空に放り投げたもの―に見える何か。
セレナの行く手を遮る様に舞い降りるそれに構う事なくセレナは飛び込み駆け抜ける。
その瞬間、セレナの姿はさらに変わっていた。
白を基調とした全身スーツに青いブーツとグローブ。
背中には赤い裏地の白いマントがなびき、胸元には稲妻を模した紋章が浮かぶ。
その目元もいつの間にかその細長い耳まで覆う白いアイマスクに覆われた。
ヒーロー―一言で言えばまさにそう呼べる存在がそこにいた。
セレナはピカチュウとなり、そしてヒーローとなった姿で駆け出す。
「はぁっ!」
その勢いのまま裏通りから飛びあがり、一気に表通りの上空に姿を現す。
その姿、そしてその名は。
人か、ポケモンか、それとも……。
「あっ、あれは―スーパーピカチュウだ!」
スーパーピカチュウ。
でんこうせっかより早く、10まんボルトより強烈な迅雷のヒーロー。
ライジングボルトよりも激しい一撃で災いを討ち、ひかりのかべより強く人々を守る。
何よりその姿が現れた時―どこかで誰かが救われる。
それを示す様にスーパーピカチュウは人々を優しく見下ろし、そして事件が起こっている先に鋭い目を向ける。
行け!スーパーピカチュウ!
飛べ!スーパーピカチュウ!
みんなが君の活躍を待っている!
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「……って企画ですけど本当に売れるんですか?」
プロデューサーは画面に映る映像を一時停止しながら愚痴をこぼした。
それは「特別企画・スーパーピカチュウ The Super Movie」の予告編、しかもスーパーピカチュウ姿のセレナを飾る様に堂々とタイトルの浮かんだシーンだった。
「今さら何を言ってるんだ?かの伝説のポケモンヒーロー映画を誠心誠意リスペクト全開でアレンジし、さらには今をときめくカロスクィーン・セレナが主役を務めるんだぞ?これで受けなければ我々の沽券にかかわるってものだ」
それを聞いたディレクターは苦い顔で返す。
「そりゃあ確かにかの映画の撮影に駆け出し時代のセレナさんが関わっていたって言う話は聞いてますし、あの数年前のリベンジとも言えた先代クィーン・エルさんとの名勝負は今も忘れられませんよ。でもそんなセレナさんにコスプレ映画の主演なんて……」
「あのな、そのエルもクィーンになって間もなくその「コスプレ映画」の主演を務めたんだぞ?」
そう言ってディレクターが見せたのは少し古い映画のポスター。
そこには「リングママスク・主演 エル」と言う見出しと共にリングマをイメージした覆面とリングコスチューム姿の先代カロスクィーン・エルの姿が描かれていた。
他にもポケモンパフォーマー界の重鎮であるヤシオがレパルダスをイメージした覆面の怪盗に扮した映画のポスターも並んでいる。
「この企画はなぁ、多忙かつそのイメージに囚われがちになる歴代カロスクィーン達の言わば息抜きみたいなものだ。それがきっかけで肩の力が抜けたのか歴代のクィーン達は自然体でいい仕事ができる様になったって聞くぞ」
自分の功績であるかのようにふんっと胸を張るディレクター。
「とは言え当のセレナさんは企画を聞いて本当に乗り気でがんばっていたそうですからね。クランクアップまでほぼノースタントで演じきったと言うのは大したものですよ」
そう言いつつプロデューサーは携帯端末を取り出す。
そこに映し出されたのはイベントのワンカットかはたまた舞台裏か。スーパーピカチュウの衣装を着た素顔のセレナの写真だった。
映像に浮かぶピカチュウ姿のセレナとはまた違う魅力を感じさせるのは彼女がこれまで重ねてきたもののなせる技か。
「何にしてもただカロスクィーンの魅力だけで売る映画ではないって事は全員―そう、セレナ自身も感じながら作った映画だ。きっと決まるさ」
「売れる」ではなく「決まる」と言う言葉を紡ぎ、ディレクターは力強くうなずいた。
「―そうですね。きっと今回も良い映画になりますよ」
そう言ってプロデューサーは止めていた予告編の映像を再開した。
[newpage]
事件が解決し、再び裏通りに降り立つスーパーピカチュウ。
そこからすたすたと歩きながらそのコスチュームに手をかけるとコスチュームは一瞬で解け、そして一瞬で元の私服に再生される。
そしてスーパーピカチュウも一瞬細長い耳や稲妻の尻尾の消えた黄色く光る全身スーツ姿になったのもつかの間、私服に覆われた瞬間柔らかなボブショートと青い瞳が印象的なセレナの素顔と笑顔をあらわにする。
「ふうっ」
一息ついたセレナだったが、何を思ったか急いで走り出すとそのまま表通りに飛び出す。
そして、その先で出会った人物に……。
「すみませんトキナ先輩、また遅れちゃいました」
「あなたねぇ、大事件の度に遅刻してどうすんのよ?」
「えへへ……」
苦い顔をする先輩記者に軽く照れ笑いを浮かべるセレナだった。
了