戦いの鼓

  ポケモン達が生きる世界にあるとある森。

  とある森では夜ごとに様々なポケモンが集い、腕と武と戦いの本能を競い合い満たし合っていると言う。

  そしてまた別の地方のとある森では野生のポケモンたちが己の舞を見せ、その腕と魂を確かめあっていると言われているが、その真相は定かではない。

  ただ間違いないのはこれもまた野生に生きるポケモン達の一コマなのかも知れない。

  とある森の中。

  すっかり夜は深まっており、旅行くトレーナーたちの姿はもちろん、夜行性のポケモンたちの姿も全くと言っていいほどない。

  そんな森のふもとに一台のバイクが止まる。

  「ふぅっ」

  バイクを止めて一息つきながらリカはヘルメットを脱いでかぶりを振った。

  ショートカットを軽くなびかせ、しなやかな動きでバイクを降りる姿はいかにも闊達なバイク乗りの女性と言わんばかりであった。

  バイクを近くに止めるとリカはパートナーポケモンを連れることなく一人で夜の森を歩く。

  場所が場所、時間が時間だけに一人で歩くにはやや物騒な感じだが彼女は意に介さない。

  月明り、そして星明りを頼りにリカはさらに進んでいく。

  しばらく歩いていると、にぎやかな声が響いてくる。

  それはポケモンの声……たくさんの野生ポケモン達が集まっている声だった。

  「うふっ、今夜も盛り上がっているみたいね」

  その声を聴きながらリカはくすっと笑みを浮かべる。

  そこで行われていたのはポケモン達のバトル、ただしトレーナーの指示を受けてのポケモンバトルとは違いポケモンたちが己の意思でそれぞれの力と技を示しあい、高め合い、認め合う為の儀式ともいえる激しいぶつかり合い。

  そのバトルを見守る野生のポケモン達も高らかに歓声を上げる。

  そんなポケモンたちの声を聞くうちにリカは自分の胸の鼓動が心が高まっているのを感じていた。

  そっとライダースーツ越しに胸に触れた手から激しい鼓動を感じる。

  肌が震えている。

  何より身体が思い切り熱くなっている。

  「さて、今夜も盛り上がりますかっ」

  軽く笑みを浮かべながらリカは近くに合った大きな木に身を隠すと、肩にかけていたバッグを地面に下ろす。

  そして……かさかさと何かの音がしたと思うと彼女が身に着けていたライダースーツが枝にかかる。

  それに続くようにインナーとして着ていたであろうシャツやショートパンツらしきものも枝にかかる。

  その木の幹の影、文字通りの影の中でリカはその身に羽織っていた最後の装束を身から外すと床に置いていたバッグの中に入れ、入れ替えるように何かを取り出す。

  [newpage]

  それは顔の前を覆い隠すマスク。

  デザインは他の世界でいえば猿に近いものであろう。

  そのマスクを手に取るとリカは何も身に着けていない素顔にそっとあてがう。

  「ふうっ……」

  マスクの中でリカが軽く息を吐いた次の瞬間、マスクは一気にリカの素顔に張り付いた。

  「!」

  マスクを起点にしてリカの肌がびくっと震えると同時にマスクから何かが一気に噴き出す。

  緑色の蔓の様にも枝にも見えるそれは見る見るうちにリカの身体に巻き付き、その素肌を覆い隠していく。

  それは緑色の繭のようであり、緑色の包帯まみれのミイラのようでもあった。

  ただその両足はしっかりと地面を踏みしめ、両腕は軽く広げたまま。

  言うならば猿の顔を持ち人の形をした緑のオブジェ、それが今のリカの姿だった。

  そんな緑色に覆われ引き締められながらマスクの中のリカの顔は心地よさと高まりの中にある。

  そして―!

  「うおぉぉぉぉーっ!」

  吠えた。

  カッと目を見開き、口を大きく開けてリカは吠える。

  同時にリカの素顔はマスクと一体化し、文字通り獣の雄たけびの形相となって吠える。

  雄たけびに合わせるようにリカを包み引き締めていた緑色の拘束がぶちっと音を立てて引きちぎれ、中から濃い茶色の毛皮に覆われたリカの姿が現れる。

  ただリカの相応にしなやかな手足は丸太とはいかないまでもがっしりとした筋肉の枝や根を思わせる形となり、それを支える腰や肩もがっちりとたくましく整えられる。

  それなりにととのった形をしていた腰や胸元もたくましい筋肉の幹となる。

  その姿は人―いや、猿の形をした大樹といえる。

  「ううう……ウウウウ……ググググググ……」

  猿の顔のまま変化の感覚にあえぐ声もどこかたくましい獣の声になりながらリカはその両足をしっかりと地面に根差し、勢いよく上半身を振り回す。

  大風の中で揺れる大樹のように大きくその身を回す中、リカの顔、ちょうどマスクと素顔の間に当たる場所からさらに勢いよく緑が生えると一瞬でその後頭部を背中のあたりまで覆い隠す。

  そこからリカは思い切りその太い両腕でがっちりとした厚さを持つ胸を叩きながら-吠える。

  「グラリラァッ!」

  たくましい根と幹、枝ぶりと青々とした緑に覆われた大樹のごときポケモン。

  それはドラマーポケモンと呼ばれるゴリランダーの姿であり人間の女性から転じた今のリカの姿であった。

  「グウウ……グラァァァ……(フゥゥゥゥ……ハァァァ……)」

  その体躯を震わせながらリカは息をする。

  変身の中で感じた高ぶりや熱量はまだまだ冷めない。

  いや、冷ます事はできない。

  彼女の内側から響く熱量と鼓動、そしてそれと響きあうように聞こえてくるポケモン達のぶつかり合いと歓声。

  それがリカを、ゴリランダーとしての彼女を震わせずにはいられない。

  「グラグラリラァ!(よおっし、いくわよ!)」

  そう吠えるとリカは緑に覆われた両腕の袖から一対の枝を取り出すとそのまま生い茂る木々を駆け抜け、草むらを突き抜けて激突と歓声の中に飛び込んでいく。

  [newpage]

  ポケモン達のバトルは今夜も最高潮の中、クライマックスの総当たり戦となっていた。

  新進気鋭のルーキーもいれば歴戦のベテランもいる。

  特に今やこの森のバトルには欠かせない存在ともいえるバシャーモとルチャブルが今宵も勝ち残っている事は参加しているポケモンや見守っているポケモンの心を震わせる。

  かならず優勝するとはいかないまでも常に上位陣に食い込む強さとその華麗さも交える戦いぶりは見守るポケモン達はもちろん、参加するポケモン達にも注目させずにはいられない。

  そんな中、ゴリランダー-リカが飛び込んでくる。

  幹を飛び越え、枝をつかみながら駆け抜け雄たけびを上げて飛び込んできたリカが空中で一回転し着地したのは戦いの舞台……の近くのちょっとした広間。

  「グラリラァ!グラリラァ!(ちょうどいい所に来た!ノって来た!)」

  そう吠えるとリカは両手に握った枝で戦うのではなく、どこからか取り出した大きな太鼓のような切り株を取り出し、それを一気に打ち込み始める。

  響きだす。

  リカの打ち込みから荒ぶる戦いの音楽が響きだす。

  ポケモン達の闘志を震わせ、熱量を上げ、それでいて戦いの感覚を研ぎ澄まさせる熱い鼓動の響き。

  「グラァ!リラァ!グラァ!リラァ!(はあっ!やあっ!うりゃあ!おりゃぁ!)」

  がっしりとした両足を踏みしめ、力の限り両腕を切り株に叩き込む。

  その度に幹のごとき身体は大きくしなり、緑に覆われた髪は激しく揺れる。

  荒ぶる動きから響く調べは見守るポケモンたちを熱狂させ、バトルに立つポケモン達も静かにたたずみながらも闘志を震わせ心を研ぎ澄ましていく。

  「グラリラァ!」

  リカが思い切り丸太に打ち込むと同時にルチャブルとバシャーモ、そしてバトルに参加しているポケモンたちは一斉に戦いの中心に飛び込んでいく。

  激しい歓声の中、その身に宿るすべてをふり絞るようにぶつかり合うポケモン達。

  その光景を見守りながら歓声を上げるポケモン達。

  さらに増した熱量と声量に戦いの神をまつった神木のごとき姿を震わせながらも切り株を叩き続けるゴリランダー。

  それらはまさに祭事、神事ともいえる光景であった。

  「グラッ、リラッ、グラッ、リラッ(はあっ、ああっ、うあっ、ああっ)」

  ゴリランダーの姿でリカは激しく高ぶっている。

  人の姿のままでは支えきれないであろう熱く激しく荒ぶる熱量と感情を大樹のごときたくましい姿でより激しく叩きつける。

  リカにとってそれは「歓び」であった。

  自分の中にあった迷いや悩みを抱えながらふと迷い込んだ森の中で手に入れたゴリランダーのマスク。

  それによりリカは自分を解き放ち、より熱く昇華する場を得た。

  今は迷いや悩みを超えただひたすらに己を熱く高めるためにこの地で、この姿で響かせる。

  自分の心を、感情を、魂を打ち付け合うこの場で彼女のやり方で今宵もまたそれを為す、それだけだ。

  心高ぶらせるゴリランダーの音色に彩られたバトルもそろそろ終盤に差し掛かっていた。

  やはり今夜もバシャーモとルチャブルは残っている。

  他にもリングマやゴロンダ、様々なポケモン達が最後の一撃を叩き込もうと身構える。

  もちろん見守るポケモン達の盛り上がりも最高潮となっている。

  それぞれが奏でるセッションもまたクライマックスを迎える。

  ゴリランダーもまた己の音を重ね合わせ、今宵最後のクライマックスを盛り上げていく。

  そして、戦いのシンフォニーは最高の音とともに今宵もまた喝采の中幕を下ろした。

  [newpage]

  激しくも荘厳なバトルのひと時は終わり、静かな夜が訪れる。

  ゴリランダーもまたどこかの水辺で高ぶり火照った身体を覚ますとその体躯を震わせながら静かに森の中を歩いている。

  そしてなぜかさまざまな衣類が枝にかかっているある木の陰に身を隠した瞬間、その大きな影はみるみる小さくしぼみ、木の陰の中に消えていく。

  しばしのあと、枝にかかっていた衣類が静かに枝から消えるとそこからライダースーツ姿の女性がまだほてりの残った顔で現れた。

  「はぁ……今夜も最高だったなぁ」

  満足げな顔で女性-リカはつぶやくとまだ水気の残る髪をタオルで拭きながら止めていたバイクへと向かっていく。

  疲れは残ってはいるがちょっとナイトツーリングでもしないと身体に宿る熱さと高まりは鎮まりそうにない。

  リカは静かにバイクを押しながら森を離れていく。

  今は森を離れどこかでクールダウンしているであろう他のポケモン達への敬意とともに。

  響いている。

  熱き闘志を研ぎ澄ませた者達が舞台で奏でる戦いの調べが。

  それを見守る者達の歓声の響きが。

  その響きの中でリカもまたそれに合わせるかの様に膝の上でエアドラムを叩く。

  その視線の先には今をときめく人気武闘家マリアの試合。

  彼女のパフォーマー性も込みで魅せる強さもさる事ながら対戦相手も相応の相手と言う事もあり、両者の熱くも確かな激突と応酬はもちろん観客の盛り上がりも最高潮に達していた。

  それにあの森を重ねてしまったリカがエアドラムを叩いてしまったのは無理のない話だろうか。

  リカの横で熱狂しながら声援を送る女性の声と併走する様にリカはドラムを叩く。

  あの時ほど激しくはなく彼女も大樹となって吠える事はないがそれでも鼓動が自分の内から響き、外から聞こえてくる。

  その熱い高まりを解き放つ為にリカは叩く。

  マリアと対戦相手がぶつかり合う舞台。

  隣の女性を含む観客達が奏で合う観客席。

  そして静かに打ち鳴らすリカ。

  三様の鼓動が重なり合い高まり合いながらクライマックスに達するまで交響曲は流れ続けるー。

  了