覆う野生・解かれる野生(覆)

  とあるモデル事務所の一角にあるダンススタジオ。

  所属するモデル達が体の動きやリズムを維持する一環としてダンスやエクササイズに励んでいる。

  その中でトキナは一人鏡の前でステップを踏んでいた。

  ショートパンツから伸びるすらりとした両足を使い、ひたすら足踏みを中心としたステップを踏む。

  足を広げた姿勢で大きく足踏みしたり、踏みしめた両足をバネの様に上下に揺らして全身を揺らしてみたり。

  要所要所で左右交互に軽くステップを踏みながらしなやかに体を動かす。

  そのたびに明るい色合いのTシャツが鮮やかに動き、その中に覆われた形のいい胸元が軽く揺れる。

  テンポの良いリズムでステップを踏むトキナだが、その動きは洗練された都会的な動きと言うよりも何か野生的なものに近い。

  土着のリズム、原始の動きを感じさせる動き。

  それを現代文明の恩恵を受ける女性の一人である彼女が踊る姿は違和感も感じつつ、それでいて美しい。

  ステップの合間に軽く腰を左右に動かしてみたり、下に流している両腕から肩にかけての動きも連動させて体を大きく前後に揺らす。

  鏡に映る自分の大胆な動きに恥じらう間もなくトキナは踊っている。

  むしろその動きを自分の目に焼き付け、脳裏に刻もうとするかのように。

  踊っているうちにトキナの中で何かが高まろうとしている。

  熱く激しく、思い切り揺さぶりながらあふれようとする何か。

  それが何か、何かがつかめるか。

  数日後に迫った事務所の南国グラビア撮影。

  その下準備に動く社長の補佐役としてトキナは一足先に現地に向かう手はずとなっていた。

  しかし、それにもう一つの意味がある事をトキナは経験で感じていた。

  (今度は何の「モニター」をさせられるのやら……)

  そんな思いを抱きつつふと横を見ると同じ様にステップを踏んでいる女性の姿があった。

  最近入ってきた新人ながら色々と有望株と言われており、トキナも友人から妙にハッパをかけられたりしていた。

  嫉妬やライバル心がないわけではない。

  しかしその動きに魅せられないと言うとウソになる。

  もしかすると自分以上に魅惑的にステップを踏んでいるその女性の動きに惹かれつつもトキナは自分なりのステップを踏んてみる。

  今の自分にできるのはきっとそれだけなのだと感じつつ。

  二つの動きと呼吸が重なりつつ、ぶつかりつつ。

  そんな中でトキナの思いは来る一時へと向かっていた……。

  [newpage]

  どこかの南の島を感じさせる森の中。

  日差しに暖められた空気の中で耳をすませればどこからか熱帯に生きる鳥や獣の声が聞こえてきそうだ。

  そよぐ風に揺らされて木々や生い茂る草が揺れる。

  いや、風だけではない。

  何かがさわさわと草むらを揺らして近づいている。

  その地にすむ獣だろうか。

  荒々しい野生をも感じさせる気配と共にそれは近づいてくる。

  草むらの揺れはいつの間にかざわざわと大きくなり、それがすぐそばまで近づいている事を示している。

  ざわざわと揺れる草むら、擦れ合う音。

  そして、その中から何かが飛び出してきた。

  黒―と言うより濃い褐色をした人影。

  その地に暮らす者なのだろうか。

  相応に引き締まった胸板が男性である事を示してはいるが、やや細身で小柄なのはまだ若いが故なのか。

  その腰には前の部分だけを隠す様に覆う蓑がしっかりと腰に巻かれている。

  蓑を縛る腰紐以外何も身に着けない裸の背中を草むらの外に見せつつ、男は褐色の肌を見せつける様に周りを見回す。

  いや、もう一つだけあった。

  草むらの外に振り向いた男の顔。

  その風貌は異様そのものだった。

  喜怒哀楽、どの顔に当てはまるかはわからないがとにかく何らかの表情をそのまままとめて貼り付けたような顔―白い仮面がその顔の前半分を覆い隠し、短く切りまとめられた黒髪だけがわずかに覗いている。

  野生の習慣を今なお受け継ぐ部族の若者―まさにそのものと言える存在がそこにいた。

  濃い褐色の両足をしっかりと地面に踏み込ませ、力を蓄えるようにその身を大きくかがめる。

  ぎりぎりと弓の弦を引く様に足と背をかがめていく。

  ぎりぎり、ぎりぎり、ぎりぎりと。

  その勢いが一定に達した所で……。

  「アァッ!」

  若者は仮面の中で吠えるとその声に合わせて思い切り膝を伸ばす。

  全身が勢い良く反り立つ勢いで宙に舞う。

  そのわずかな間に若者はかすかな恍惚に浸りつつ両足から再び地面に飛び込む。

  その勢いを消さぬ様に、それこそ弾む様に若者は再度勢いよく両足から飛び上がる。

  何度も、何度も。

  前だけを隠した腰蓑と顔の前半分を隠した仮面だけの身体が宙に舞い空を貫く。

  そのたびにたくましくもきめ細やかな繊維の様な若者の褐色の肌が震える。

  その肌に包まれた両足が屈みながら地面を踏みしめ、大きく飛び上がりながらまっすぐに沿っていく。

  まだ若いがそれなりに引き締まりつつある胸板が飛び上がる度に軽く揺れる。

  「はっ、あっ、はっ、あっ」

  若者の口から吠えとも喘ぎともつかない声が漏れる。

  異様な仮面の下でどんな顔をしているのだろう。

  幾度目かのジャンプのあとで若者はジャンプをやめ、全身で屈伸を始める。

  足で、膝で、腰で。

  「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

  大きく息をしながら若者は勢いよく屈伸を続ける。

  その動きを繰り返すうちに屈伸を繰り返していた足は自然と足踏みを混ぜていく。

  左右の足を交互に踏みしめ、腰蓑を軽く揺らしながら若者は足踏みを続ける。

  時折左右往復する形でステップを交え軽やかに動いたりもするが、その動きはあくまでも野性的、あるいは獣の様にも見えてくる。

  しなやかに引き締まった筋肉とそれをぴっちりと覆う肌を揺らし、キュキュッと引き締めながら若者は足踏みを続ける。

  軽やかにかつしなやかに左右交互に、中心で激しく力強く。

  腰からふともも、膝を通りふくらはぎからくるぶしを経て足元へ。

  強い動きが流れながら一気に足の裏まで突き抜ける。

  その勢いを地面に叩きつけるとその衝撃が逆のルートで突き上がってくる。

  そしてその度にギュッと若者の太ももやふくらはぎ、足の骨に当たる肌がキュキュキュっとしなる様な動きで引き締められる。

  その動きは彼の腹から胸板を締め付け、仮面の下の若者の顔をも締め付ける。

  「うっ、うっ、うっ」

  仮面の下から呼吸とも喘ぎともつかない声を上げる。

  いつの間にか握る拳や腕にも力が入る。

  その全身の動きに合わせる様に腰蓑も大きく覆いかぶさったまま揺れている。

  まるで全身の動きを受け止めているかの様に。

  褐色の肌と白い仮面がその腰蓑をより強く印象づけさせながら若者の動きに合わせて揺れている。

  若者が足踏みしたり飛び上がるたびに腰蓑はその動きの中心として、それこそ腰蓑だけが宙に舞うかの勢いで動く。

  そのたびに全身がピチピチと引き締まり、その動きをよりたくましく見せつける。

  たくましく、激しく、荒々しく。

  「はっ、はっ、はっ、はっ!」

  身体の内側から満ちる勢いのまま若者は足を踏み続ける。

  そして、溜まりに溜まったその勢いを解き放つ様に、

  「はっ、はっ……はぁっ!」

  そう叫ぶと3回勢い良く飛び跳ね、その勢いのまま大きく身を反らして両足を広げ、空をくぐり抜け地面を踏みしめるように着地する。

  より強く足の裏から来る地面の感触と震え。

  幾度となく飛び跳ね続けた事でその肌と筋肉に溜まった火照り。

  それらが若者を軽く酔わせる。

  「はぁ……はぁ……はぁ……」

  仮面の中で若者は息を漏らす。

  その中にある褐色の顔立ちを大きく震わせながら。

  形を変えない仮面と静かに彼の前を覆う腰蓑が静かにそこにあるのとは対象的にその褐色の身体は大きく震えていた。

  しかし、若者は気付いていたのだろうか。

  草むらを揺らして現れたもう一つの人影に。

  [newpage]

  気づいたか、それとも気付かされたか。

  若者の目に入ったその姿は泥か染料かを塗りたくったのかその肌を明るい茶色か橙色に染めていた。

  そしてその腰には青年同様前のみを隠す腰蓑が、その顔には妖しげな官能を浮かべた白い仮面がついている。

  警戒しあっているのか、はたまた互いに魅入られあっているのか。

  その男と若者はしばらくの間じっと向き合う。

  そうするうちに男が両足に力を入れると軽く屈伸を始める。

  一回、二回、三回……。

  その動きに惹かれる様に若者も屈伸を始める。

  三回、四回、五回……。

  「はぁーはぁーはぁーはぁーはぁー」

  「ほぉーほぉーほぉーほぉーほぉー」

  唸る様な呼吸音を上げつつ若者と男は向き合いながら屈伸を続ける。

  膝がしなやかに伸び曲がり、足の皮膚と筋肉がしなる様に動く。

  その度に二人の前を覆う腰蓑が塩の満ち引きのように前に突き出されては引っ込んでいく。

  その動きを受け止める足腰、更にその動きに突き動かされる上半身の動きは機械の様に精密でありながら獣の熱量を感じさせる。

  屈伸を繰り返すうち、二人の動きは上半身のしなりも加えて大きくなっていく。

  膝を屈めればその上半身も大きく屈め、膝を伸ばせば胸板を見せる様に大きく身体を反らす。

  より大きく身体を動かしながら二人は屈伸を続ける。

  そして、いよいよ屈伸だけでは物足りなくなったのか。

  どちらからともなく二人は飛び上がる。

  大きく膝と体をかがめるとそのままの勢いで思い切り飛び上がり、全身を大きく反らす。

  そして勢いよく飛び上がるとそこから勢いよく着地する。

  一度、二度、三度。

  若者と男は競い合う様に飛び跳ねる。

  その度に二人の濃い褐色と明るい茶色か橙色の肌とそれに覆われた筋肉が震い、締まっていく。

  四度、五度、六度。

  「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

  「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」

  何度も、何度も飛び跳ねるうちに二人は少しづつ距離を詰めていく。

  特に若者は男と距離が詰まる度に自分の中に何がが高まって来るのを感じていた。

  この身体一杯にはち切れんばかりに満ち満ちる熱くたぎるもの。

  それをぴっちりと締め付けるように抑え込む肉体。

  顔を覆う仮面は若者の表情の変化を封じ、腰から前を覆う腰蓑はその高まっている勢いをほのかに包んでいるかの様にそこにある。

  そして、二人はほんの数歩の間合いまで向き合った。

  改めて互いを見つめ合う若者と男。

  仮面や腰蓑もさる事ながら、その体つきやその薄い茶色、あるいは橙の肌はより「大人」を感じさせる。

  対して若者は仮面や腰蓑も新しく、体つきもまだ若いが、その濃い褐色の肌の中に満ちるものは大きい。

  「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

  「ほぉ……ほぉ……ほぉ……ほぉ……ほぉ……」

  見つめ合ううちに二人の仮面からより大きな呼吸が漏れる。

  熱く、大きく、甘い呼吸。

  先に動いたのは男だった。

  足先から膝、腰、胸から競り上がるように身体を前後にしならせる。

  それに合わせて若者も身体を前後にしならせる。

  引き締まった両足、多少くびれのある腰。

  そしてたくましく引き締められた胸筋がすれすれの間隔でしなりながら交錯する。

  「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

  「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ」

  若者と男は声を上げながら身体をくねらせて踊り続ける。

  ぎりぎりの感覚で互いを重ね合わせる様に。

  不意に二人はほぼ同時に背中を向け、ちょうどまっすぐな背中合わせの体勢になる。

  そこから二人はより大きく身体をしならせる。

  二人のむき出しの背中がギリギリの位置で触れ合う。

  互いの肌、互いの背中が密着し合うギリギリの位置ですり合わせる様に身体を左右に動かす。

  何度も背中をすれ違わせると今度は再び身体を前後にしならせる。

  その度にむき出しの臀部が際どい位置で向き合う。

  文字通り尻相撲になるギリギリの位置で何度も、何度もそのキュッと引き締まった臀部を近づけ合う。

  さらに再び振り向いて向き合った二人は腰を前に突き出しながら全身を左右に振る。

  腰蓑が揺れ、より際どい位置で向き合う。

  「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

  「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」

  仮面の下の呼吸が間隔を縮めていく。

  互いが触れ合うギリギリの距離で二人は身体を突き出しながら踏み込み続ける。

  何度も強く足踏みを繰り返す。

  何度も勢いよく屈伸を繰り返す。

  何度も激しく飛び跳ねる。

  褐色と茶色か橙の肌が。

  顔を覆う仮面が。

  前を覆う腰蓑が。

  大きく震えながら交差する中でそれらにぴっちりと覆われた若者の高ぶる勢いははち切れんばかりになっている。

  そして、幾度目かの跳躍の果てに―。

  「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……はぁぁぁぁんっ!」

  「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ、ほぉ……ほぉぉぉぉうっ!」

  甲高い声と言うか悲鳴の様な声を上げた若者は着地と同時に危うく身体をふらつかせつつも辛くも踏み留まる。

  男も雄叫びの様な声を上げながら踏みしめる様に着地するとそのまましばしたたずんでいる。

  「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

  「ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

  余韻に浸りながらしばし上気しているであろう身体を軽く揺らす二人。

  「ーはぁぁっ」

  不意に若者が仮面を外した。

  その中から現れたのは思った以上に柔らかげな顔立ち。

  仮面の中にこもる熱気を解き放ったせいかその顔はより恍惚としているかのようだ。

  若者はその黒髪に手をかける。

  驚く事にその黒髪は若者の頭からするりと解け、若者はその褐色の卵と言うか作り込まれた泥団子の様につるりとした頭をさらす。

  よく見ると、男の方もいつの間にか仮面と髪を外し、つるつるの頭をさらしていた。

  しかし、若者はさらに自分の頭に手をかけ、一気にめくり上げる。

  その中から現れたのは……。

  [newpage]

  「ふう……」

  汗をにじませ、頬を上気させた白い肌―若者の肌からすれば―の女性の顔。

  軽く空気を入れて熱のこもった顔を軽く冷ますとそのまま一気に手にしていた褐色の顔をめくり切る。

  その中から汗に輝く長い髪が軽い戒めから解かれ一気になびく。

  軽く頭を振りながら若者は改めて大きく息をする。

  「トキナ、お疲れ様。相変わらず筋がいいわね」

  同じ様に仮面と髪、そして橙色の顔を外した男が艶の混じった顔を若者―トキナに向ける。

  ショートカットの凛々しくも艶のある顔をした大人の女性の顔。

  「はぁ……はぁ……社長のリードにひっぱられてしまいました……」

  トキナはまだ荒い呼吸を整えつつ男性ー社長に返す。

  その顔が赤いのは二重に素顔を覆われていたせいだろうか。

  それを見つめる社長は余裕のある女性の顔を崩していない。

  女性としての素顔をあらわにした二人。

  その首から下は腰蓑一つだけを身に着けた野生部族の若者と男性の姿だけにより印象深い。

  呼吸を整えながらトキナは自分の胸に両手を添える。

  首から下、濃い褐色の肌―に見えるボディスーツ。

  その質感は肌触りの様に見えてまた異なる奇妙な感覚をもたらす。

  「モニター」を初めて以来こう言うスーツはちょくちょく身につけているが、今回はまたひと味違う感覚をトキナに感じさせている。

  スーツの生地の奥、本来なら相応に形の良い一対の膨らみがあるはずの胸が引き締まった胸板となっている。

  その外観はもちろん、ぴっちりと押さえ込んでいるスーツ生地とさらにその内側の胸当てが擬似的にとは言え柔らかい膨らみではなく逞しい胸板の感覚として認識させている。

  その手は胸から肩、腕に伸びる。

  そして腰から足を軽く撫でる。

  彼女の肢体をぴっちりと覆い引き締めながら押さえつけ、擬似的に青年の体型に作り替えているスーツの生地とその中に編み込まれた様々な当て物の感触がなぜか心地良い。

  着込んだ最初は多少違和感を感じていたが、この姿で森を駆け回り踊るうちに奇妙な一体感を感じていた。

  スーツと自分の素肌がひしめき合う中で混じり合い、一つとなっていく様な感じ。

  スーツの中でかいてしまった汗や自分の肌のぬくもりがスーツからにじみ出る様な感じ。

  女性であるはずの自分が野性部族の若者の姿をまとい、いや姿となって踊り続ける不思議な感じ。

  思い出すだけで身体がまたほてりを感じ始める。

  「あっ……」

  トキナの顔が一瞬赤みを増す。

  トキナが腰につけている腰蓑、前だけを隠したその腰蓑の奥でキュンッと刺激が走った。

  強く、熱く、そして今回は―。

  「トキナ、もしかして……「立った」?」

  少し意地悪な笑みを浮かべてささやく社長にトキナは思わず身体をビクッとさせる。

  「し、社長!変な事言わないでください!わたしが、わたしがそんな……その……なんてないですよ!?」

  思い切り首を横に振る。

  幸か不幸か、この腰蓑の奥にも「当て物」が入っている。

  それなりに雰囲気を出す為の演出だが、それによりトキナはより確実に女性から野性部族への「男装」を遂げていたのである。

  「でも、わざわざこんな所でやらなくてもただイベント用の全身男装スーツのモニターなら……いつもの所でもできます、よね?」

  思わず腰蓑の辺りを両手で押さえながら―その奥の当て物の位置に気をつけつつ―トキナは恐る恐る訪ねる。

  それに対して社長は、

  「できなくはなかったけどちょっとスケジュールが詰まっていたの。それに、どうせ男装するのならより野性的な舞台、トキナみたいな子が荒々しい野性をまとった若者になって激しく駆け、踊る―感じてこない?」

  と上気した顔でうなずく。

  社長もまたその豊かな胸と肉感的なスタイルをスーツで封じ、筋骨隆々とまでは行かないまでも今のトキナよりは逞しい野性部族の男の体型となっている。

  もっとも、胸板に関してはそのスーツでも抑えきれないかよりたくましく分厚い胸板のようにも見える。

  またトキナのものよりも大きいサイズの当て物を入れているのか、腰を覆う前だけの腰蓑もやはりどこか存在感を見せている。

  「は、はい……確かにいつもと違うと言うか、いつも以上に違うと言うか……」

  トキナはその勢いに押されつつもなんとか答える。

  「でも、やっぱりあなたは筋が良いわ。その姿になっても恥ずかしがらずに踊れたのだもの」

  「あの、一応質問ですけど、もしかしなくてもー」

  あのダンスの練習はこのために?

  トキナはそう訪ねようとしたが、社長が笑顔でうなずいた瞬間ただため息をついた。

  「でも、本当に素敵なダンスだった。あなたの中の野性を思い切り感じられた。わたしも思う存分昂ぶる事ができたわ」

  社長はしみじみとした顔をする。

  確かにトキナとしてもこの姿で森を駆け抜け、そして社長と向き合って踊ったあの一時の中で自分の中の荒ぶるものを解き放つ事ができていた―様な気がしていた。

  社長の「モニター」のほとんどがトキナの姿を顔までぴっちりと覆い隠すものでありながらトキナは色々な形で解放感を感じている。

  そして今回もトキナはその姿を野性部族の若者を模したスーツと仮面に隠しながら自分の中の野性を解放できた様だ。

  「とは言え、トキナには色々悪いけどそろそろロッジに戻って着換えておきなさい。あとで迎えに来るわ」

  トキナが何か反応しようとしているのを知ってか知らずか、社長はトキナにそう指示を出す。

  「―また次の機会、「モニター」を頼むわね?」

  そう言うと社長は再び全頭マスクと仮面をかぶり、野性部族の男性の姿となって森の奥に駆けていった。

  「―社長、一体どこで着替えているのかしら」

  ふと疑問がよぎるが、仕方ないとばかりにトキナは素顔をさらしたままその場を後にしていった。

  [newpage]

  トキナが待機所も兼ねたロッジに戻ったのはそれからすぐの事だった。

  最初に示し合わせたルートはそうとう遠回りだったが帰り道は意外と短く感じる。

  それでも顔だけが元の女性のままの野生部族の若者―を模したスーツ姿で外を歩く中で奇妙な興奮、ときめきと言うものを感じていた。

  歩く度に地の素肌とスーツ、そして擬似的に男性の体格を象る当て物が擦れ合う。

  男性の体型で歩く度にその内側の女性の感覚が刺激される不思議な気持ち。

  それに軽く酔いながらトキナはロッジに向かった。

  出た時と同じ裏口を通った時、野生の領域から文明社会へと戻って来た事を感じる。

  ちょっとした異邦人気分を味わいつつも更衣室としてあてがわれていた部屋で姿見越しにスーツを脱ぐ。

  手にしていた仮面と全頭マスクを置き、腰に巻いていた縛り紐を解いて腰蓑を外す。

  中からはそれなりに形のある―詰め物がスーツ越しに浮き上がっていた。

  着込んだ時とはまた違う形で「裸の自分」を感じるうちにトキナはこの姿のままもう少しだけ余韻に浸ろうとしていた。

  もっとこのスーツを、いやこの身体を感じてみたいと。

  一体となって森を駆け、自分に野生と仮初めとは言え男性の感覚を教えてくれたスーツ越しの感覚。

  どれほどのものか……。

  しかし、それを確かめるには少々熱くなりすぎたらしい。

  トキナはややいそいそとスーツに手をかけ、名残惜しげにその女性としての素肌と身体を解き放つ。

  そして、そのまましばしシャワールームで火照り濡れた身体を熱い湯にくぐらせていた……。

  人心地ついた顔でシャワールームから出てきたトキナはバスタオル姿のまま部屋に戻った。

  「ふうっ」

  タオルでまとめていた髪をほどき軽くなびかせる。

  今回もまた刺激的なモニター体験を終えあとは元の服に着替えるだけ。

  そう思っていたトキナの視界にスーツを脱いだ際に置いていた仮面と腰蓑が入る。

  そしてバスローブの代わりに置いてある真新しい褐色のスーツらしきもの。

  つい先程まで演じていた光景を思い返し妙な感慨にふける。

  彼女の日常ではもちろん、モデルとしての仕事でもまず身に着けないであろう装束。

  しかし、あの装束を身に着けて今も日々を送る人達もいると言う事実がなおさらにトキナの心を刺激していた。

  気がつけばトキナはバスタオルを外し、整えられた裸身をさらしていた。

  完璧とは言わないが相応に形の良い女性の姿。

  鏡に写る自分の姿に軽くうなずくとトキナは静かにスーツを手にしいそいそと身に着ける。

  その姿はシャワーを浴びる前まで来ていた顔までぴっちりと覆った濃い褐色の全身スーツ。

  ただ違うのはこのスーツにはトキナを男性の様に見せていた当て物の類は一切入っていない。

  それによりありのままの女性としてのトキナの姿がそのままスーツ越しに浮かび上がっていた。

  その感触に浸りながら腰蓑を手に取る。

  「……」

  しずしずとそれを見つめながらそっと自分の腰―前にあてがう。

  スーツ越しに擦り合う感覚がちょっと心地よい。

  そこから落ちない様に紐を掴むと、滑り落ちない様に腰に巻いて後ろで縛る。

  改めて自分の姿を見る。

  褐色のボディスーツ越しに浮かぶ女性の姿。

  全体的に細くなだらかで軽いくびれもあるし胸もそれなりにある。

  しかしそこー前の部分にはそこを隠す腰蓑が下がっている。

  仕事で着るビキニや下着のそれとはまた違う―いや、大いに違う。

  それらが女性としてのトキナを彩っているのに対し、今のこの装束はミスマッチ―本来野生部族の男性の装束であるそれを女性であるトキナが身に着けているのだ。

  「わたし、さっきまでこんな姿で駆け回っていたんだ……」

  トキナはその姿を鏡で見つめ、軽く胸を撫で回しながら少しづつ自分が高まっているのを感じていた。

  軽く後ろを向いてそこから鏡を見てみる。

  腰に巻いた紐がより印象付ける背中、そして臀部。

  そのラインがより妖しく感じられる。

  いつの間にか自分の手が臀部を優しく撫でていた。

  スーツ越しにすりすりと優しく、時々力を入れる。

  少しだけ気が落ち着いたのか、トキナはそのまま今度は仮面を手に取ると顔にあてがい腰蓑と同じ様に後ろ手で結びつける。

  現地のそれとは違いあくまでもそれを模した素材の仮面。

  しかし、全頭マスクの生地越しに顔に密着する感触とそこから漏れる吐息は心地よさを感じさせる。

  「ふぅ……はぁ……」

  少しくごもった吐息を漏らしつつ改めて鏡を見る。

  そこにいるのは野生部族の装束を身に着けたトキナか、それとも―。

  女の体型をした部族の男、なのか。

  当て物付きのスーツを身に着け外見的にも男性になっていた時とはまた違う感慨、いや興奮。

  「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

  吐息が漏れるたび再び体中に熱いものが満ち始める。

  マスクと素顔の密着感が増していき、前を覆う腰蓑とその奥がかすかに擦れ合う感触が心地よい。

  「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

  いつの間にかトキナはその姿のまま軽く屈伸を始めている。

  足をリズミカルに動かす度に仮面に覆われた頭が、以前のスーツよりは緩やかになった胸がスーツの中で揺れる。

  「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

  背中から臀部のラインも勢いよくしなる。

  屈伸を繰り返す中でトキナの意識はこの部屋を飛び出し、もう一度この姿で森を駆け抜けたい衝動と妄想にとらわれていた。

  仮面から伸びる素の髪をなびかせ、大きく胸を揺らし、そのスーツと素肌がすり合う感覚の全てを使い駆け抜ける。

  そして荒ぶる様に踊り続ける。

  その度に仮面はトキナの顔を撫で、腰蓑はその奥を撫でる。

  昂ぶっていくうちにトキナは腰蓑の奥、スーツに覆われたそこから熱く硬いものが突き出してくるような錯覚さえ覚え始めていた。

  たとえ彼女自身は未だ知識としてしかそれを知らないとしても。

  「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

  渦巻き昂ぶるようなその勢いに身を委ねながらトキナはその頂点に達そうとしていた。

  そこに達すればそのまま野生に飛び出そうと言わんばかりに。

  しかし……。

  不意にその耳に大きなドアホンの音が聞こえた。

  「はぁっ、はぁっ、はぁ……きゃっ!?」

  大きく飛び上がった瞬間、その音に反応してしまいトキナは身体を崩して倒れ込んでしまう。

  幸い倒れこんだのがベッドの上だったので大事はなかったが……。

  ドアホンは何度も鳴り響き、その音がトキナを野生の世界から引き戻す。

  「はぁ、はぁ……はぁい、今出まーす!」

  急いで仮面と腰蓑を外す。

  やや手間取りつつも全頭マスクとスーツを脱ぎ、再び火照った身体をバスタオルにくるむとそのまま玄関に向かってしまう。

  幸いと言うべきか玄関にいたのは社長ではなく社長がよこしたと言うエステスタッフを名乗る女性だった。

  今回はハードなモニターをした事もあり身体と肌が疲れていると言う事でその調整を兼ねてとの事らしい。

  一応「そう言う方向」でこそ無かったが、そのスタッフの巧みなケアはトキナの肌と身体を癒やしていた。

  そして皮肉にもトキナは自分の中で先程まで昂ぶっていた異様な感情が鎮まっていくのを感じていた。

  ケアが終了しスタッフが帰ったあと再びシャワーを浴びたトキナだったが、流石に再びスーツを身につける気にはならず元の私服に着替えた所で社長が迎えに来た。

  その後、トキナは社長と共に撮影の為の色々な段取りの手伝いに走り回る事となった。

  そのせいかあてがわれたホテルの個室ではシャワーを浴びて着替えを済ませたら朝まで眠りこける事となった。

  そして翌日、合流した他のモデル達と共にグラビア撮影の仕事に臨む事となる。

  もちろんごく普通の衣装や水着姿で、トキナも過激とはいかないまでも解放感のある衣装を数々身にまとい南国グラビアムードあふれるモデルぶりを見せつけていた。

  [newpage]

  「あーあ、せっかくの南国グラビアって言うのにバカンスなしで直帰ってやってられない」

  帰路の飛行機の中で隣席に座る友人がこぼす。

  「まぁまぁ、今回はかなりスケジュールが込んでたみたいだし仕方ないわよ」

  トキナはそうなだめようとするが、

  「トキナはいいわよ。社長と先乗りでバカンスしてたんでしょ?」

  と言う友人の言葉に思わずギクリとなる。

  「い、言っておくけど誤解される様な事はなかったから。社長もわたしも撮影場所の段取りや手続きやらで東奔西走、のんびり楽しむ暇なんてなかったわ」

  不意に思い出した「あの一時」の光景と余韻を振り払いつつ必死で友人の指摘を否定するが、

  「それにしては一モデルのトキナを伴わせるなんて妙ね。もしかしてトキナ、社長のごひいきになってるとか?」

  にらむ様な友人の視線にはさすがに息を飲む。

  今まで同様今回の「モニター」体験もまた心の奥にしまっておくべき事案の一つなのは間違いないようだ。

  しかし……。

  「ま、あたしも社長のお供でそういう事は何度かやってるし、終わればちょっとお茶とかしてはい解散。モデル思いなのかあっさりなのか何なのやらね。トキナもそんな所だったりして」

  と表情を一転させてやれやれという顔になる友人に安堵する。

  「うん、そうそう。ホントにそんな所。そう考えるとわたし達の事務所ってまだまだ小さな会社なんだって思う」

  「一応あの社長だからあたし達も安心して仕事できるのは確かだけど……ホント大変だ」

  「ホント、大変」

  顔を見合わせて苦笑する。

  モデルとしては張り合う事になろうともトキナにとってこの気のおけない友人との関係は断ちたくないものの一つであった。

  社長の「モニター」を続ける事と天秤にかけるかについては……なんとも言いにくいらしいが。

  「あ、そうそうトキナ。例の新入りの子、急に海外行きしちゃったって知ってる?」

  「え?そう言えば撮影には来てなかったわね」

  全ては社長と島に来て「モニター」をする前後の話だったらしい。

  あまりの事にトキナは驚かざるを得なかった。

  出発前に自分と同じ様にステップの練習をしていた女性。

  自分と同じ様に「モニター」に選ばれたわけでもなかっただけに彼女がどうなったのかは知る由もないし、社長に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。

  友人の「ごひいき」発言に少し刺激されたのか色々思う所も出てくるが、そうだとしてもなぜか自分が「そうならなかった事」に不思議と安心感も感じている。

  それがなぜなのかはそれこそ踏み込んではいけない領域なのかも知れない。

  「大きな所にスカウトされたのか、はたまた自ら新天地へ……まったく何が何やらね」

  「そうね、確かにいきなり過ぎて驚いちゃった」

  とりあえず笑顔を取り繕いつつ今は色々「楽しみ」つつもここでこうしていられる事に感謝する。

  「ま、どちらにしても今はお仕事お仕事」

  「そうね、帰ったらまたお仕事お仕事」

  そう言い合いながら二人は座席を軽く後ろに倒し、しばしの空の旅を楽しむのであった。

  了