とあるモデル事務所の関係者以外立入禁止なエリア。
トキナはまたしても秘密裏に呼び出されて足を運んでいる。
「社長、これは……?」
社長から渡された袋の中身。
それはかなり露出の多いデザインの黒い水着―バンテージワンピースである。
モデルとしての評価はそれなリに高いトキナのシルエットと重なればさぞかし魅力的に映るだろう。
それを身に着けた自分の姿を想像しトキナの顔は少し赤くなる。
しかし、よく見るとそのバンテージワンピースはただのバンテージワンピースではなかった。
只でさえ胴回りの露出が多く、どちらかと言うと限りなくビキニに近いデザインのボトム・トップは細い布地で薄手の網状に繋がっている。
さらにボトムの両足やトップの両腕の先には同じく薄手のベルトの様なものが伸びていた。
言ってみれば作業用のハーネスベルトとバンテージワンピースを組み合わせたセクシーさとどこか異様さをも感じさせるその衣装にトキナは思わず息をのむ。
「あの、今日はこれを着るんですか?」
「ええ。新しいフィットネススーツの様なものね。肉体労働時の作業維持用ハーネススーツを意識しているから体の負担が軽くなるし、全身をほどよく引き締めて体型維持にもなるわ」
社長は艶のある笑みを浮かべる。
実際作業場での負担軽減の一環としてテーピングやサポーターなどの器具は色々あるが、それを着てストレッチやダンス・スポーツなどをすると言う事にはトキナとしては若干迷いもあった。
普通のバンテージワンピースはまだしも手足や腹部・首筋まで網目の様に巻き付くやや異様にも感じられるコスチューム。
仕事柄大胆なデザインの水着を身に着ける事はあるものの、このデザインはトキナにとってはやや攻め過ぎに感じた。
ましてこれを身に着けて様々なパフォーマンスをするとなると……。
コスチュームを手にしたまましばし思案にくれていたトキナの心を見透かす様に社長は告げた。
「トキナって結構恥ずかしがり屋なのね。まあそこがいいんだけど」
そして、静かにこう続ける。
「そんなトキナにとっておきのものも用意してあるわ」
「とっておきのもの?」
「そう……あれよ」
そう社長が言った時、トキナの顔が一瞬赤くなった―様な気がした。
[newpage]
秘密のエリアの一角・「Rocker&Shower」と書かれた部屋の中。
―いつもの様に全部脱ぎました、と―
―ひとまず今回の衣装はこれで、まずは足からね―
―んんっ、足に絡みつくみたい……思った以上ね―
―ん……お尻の辺りはなんとかするりと入ったわね。でもやっぱりきゅっと締めてくる感じがする―
―お腹の辺りはこうで……んっ、やっぱり胸は程よく包んで……でもキチンとぴったりしてる―
―ホント、肌に吸い付いてくるってこういう事かしら―
―腕を通して、あとはこれを頭から……やっぱりこの瞬間ってどきどきしてくる―
―また、生まれ変わっちゃった……なんてね―
抜ける様な青空。
どこまでも続く様な水平線。
周りを見渡せばそれが部屋の中だとは思い難い。
実際にはすべてを青く塗られた部屋の中。
部屋の中に流れるエアコンの風が曲がりなりにも海風の雰囲気を錯覚させる。
そんな中にトキナは立っていた。
いや、それが本当にトキナなのだろうか。
彼女の両腕と両足に幾重にも巻かれた薄手のハーネス。
そしてそれらを繋ぐ黒いバンテージワンピース。
それはトキナが社長から渡されたコスチュームそのものであり、予想通りトキナのスタイルをいい具合に引き締め見せつけているかの様だ。
話を聞いた時のやや武骨なイメージとは違い薄手で動きに合わせてぴっちりと伸びる感触は悪くない。
ただ、それは本当にトキナなのだろうか。
バンテージワンピースに全身を覆われ、ハーネスに両腕と両足を締め付けられたトキナの肌は緑色に輝いている。
足も、腹部も、腕も、肩から首筋も。
全てが緑色。
まるで肌を直接染め抜いたかの様にトキナの肌は鮮やかな緑色の光をにじませている。
軽く身体をしならせる様に動いてみる。
床を踏みしめる足が、空を切る肩が。
柔らかく揺れる一対の胸の膨らみが、軽く引き締まった臀部が。
そしてそれらを繋ぐ腰が。
軽やかに、しなやかに動くたびにその肢体を覆い包む黒いバンテージワンピースとハーネスがキュッ、キュッとかすかな音を立ててその素肌の動きを引き締める。
その度にトキナの素肌は震え、その内側で密着する「素肌」と触れ合い擦り合ってゆく。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
そのたびにトキナの口から吐息が漏れる。
密着し合う「素肌同士」とそれを更に引き締めるハーネス付きバンテージコスチューム。
身体を動かす度に響いてくる感覚を受け止めながら静かに呼吸を整えている。
しかし、その表情を読み取る事は少し難しい。
確かにその口元からは吐息が漏れ、目元は多少の心地よさを感じつつもしっかりと前を見据えている。
しかしその顔はその全てを緑色に覆われている。
それこそ両耳やその長い髪さえも。
つるんとした緑色の卵に目と口が付いているような顔が今のトキナの顔。
そう、トキナは頭から手足の先まで緑色に染まっていた。
ムダ毛一つない柔らかさと派手すぎない光沢を放つ素肌。
人間の肌と言うよりはレオタードかタイツの生地かはたまたラバースーツか。
それが今のトキナの姿。
生まれたままの肢体と顔立ちを緑色の素材でぴっちりと覆い尽くしたドール。
その胸元と腰回りを黒いバンテージワンピースがぴっちりと覆いながらもつややかに浮き上がらせる。
そしてバンテージワンピースから伸びる薄手のハーネスがその手足に巻き付ききゅっと引き締める。
ゆえにトキナの手足はいつもより細くも見えるがその動きには一切の支障はない。
むしろ精巧なマリオネットの操演の様になめらかに動く。
素顔が見えないからこそある程度安心して体を動かせるのだろうか、「いつもの様に」異様さを感じつつも艶があり美しい動きを見せる。
トキナは今回もまた異様な姿に身を包み、妖しい宴に身を投じようとしていた。
[newpage]
「トキナ、ウォーミングアップはその辺でいいわ。これからが本番だから」
スピーカー越しに社長の声が響く。
言うまでもないがどこからか今のトキナの動きを、そして姿を見守っているのだろう。
「―はっ、はいっ」
それに対して素直に、そしてしっかりとトキナは返すとそのまま背筋を伸ばし両足を広げた姿勢で立つ。
緑色に覆われた顔からのぞくその口元からは軽い呼吸音が流れ、瞳はまっすぐに先を見る。
真っ青な背景の中で緑の肌を黒いラインで彩ったトキナの姿が浮かぶ。
その耳にどこからか音楽が流れてきた。
アップテンポなダンスナンバーの前奏。
スーツ越しに曲を聞きながらトキナは静かにリズムを取る。
足で、膝で、腰で。
肩で、腕で、胸で。
そのたびに身体が震え、バンテージワンピースの生地がしなる。
その刺激をリズムに加えながら身体中に勢いを溜めていく。
スーツの中で肌が震え、胸が高鳴るのをトキナは感じていた。
いい流れていた前奏が一気に本番に入り曲は一気に勢いを増した。
「はぁっ」
それに合わせてトキナは自分を解き放つ。
右に、左にステップを踏み、両腕を何度も上下させては頭上で重ねる。
ぴっちりとスーツに包まれたトキナの身体がそのたびに伸びてはスーツの素材に、そして両腕と両足に伸びる薄手のハーネスに引き締められる。
「んっ、あっ」
この場所で「モニター」を始めてから何度も味わっている感覚。
素肌と肢体の全てをぴっちりと覆い包んだ姿で身体を動かす感覚。
その度に思い切り広がっていく身体とそれを抑え込む様に全身を引き締めるスーツがせめぎ合う感覚。
今回はそれに両腕と両脚が程よく締め付けられ引っ張られる様な感覚が加わっている。
その度にハーネスを束ねる胸や腰、臀部の辺りもきゅきゅっと引き締められる。
しかしトキナの身体、そして素肌はただ押し込められるだけでは済まない。
身体が動く度にしなやかに、力強く伸縮しては全身スーツを、そしてバンテージワンピースを押し上げていく。
踊るうちにトキナば足だけでなく腰も軽く突き出す様に動く。
それに合わせる様に胸も左右に大きく動く。
バンテージワンピースの、スーツの中で大きく腰が震え、胸が揺れる。
それをスーツごしに引っ張り抑える様にバンテージワンピースとハーネスが引き絞られる感触にトキナは自分のテンションが昂ぶっているのを感じていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
曲のテンポはますます上がり、それに合わせる様にトキナのダンスもまた勢いを増している。
足のステップも、腰のひねりも、両腕のスイングも、上半身のしなりもよりダイナミックに。
右に、左に、後に、前に。
時にはそれぞれの方向に身体を突き出す様に進んでは戻る。
大きく胸や臀部を突き出しながら進む動きは素顔のトキナでは到底できない行動である。
トキナが「モニター」を続けているのはもしかしなくともそれを楽しむ為……なのかも知れない。
踊る。踊る。ひたすら踊る。
激しいリズムに乗ってまるで荒ぶる獣の様な勢いでトキナは踊る。
スーツとバンテージワンピース・ハーネスにぴっちりと包まれ引き締められた身体と心を大きく解き放とうとする様に。
しかしそれらは同時に彼女の中に満ち満ちたものを束ねる手綱でもある。
荒ぶる感情を、昂ぶる熱意を、ほとばしる勢いを。
その全てを束ね、高みに導く為の手綱。
熱く昂ぶる思いのまま踊る生まれたままの自分とそれを押さえ引き締めながらもより高みへ向かう緑の肌と黒い彩りを持つ自分。
二つの自分が重なり交わりながら踊っている。
押し合いながら、擦り合いながら、重なり合いながら。
そして曲はいよいよ終盤に差し掛かる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
スーツの中で素肌が火照る。
素肌とスーツがますます密着しながら擦り寄せ合う。
その動きをバンテージワンピースとそこから延びるハーネスがきゅきゅっと引き締める。
その刺激がもたらす昂ぶりの中でトキナはひたすら踊った。
導かれるままに、心のままに。
そして……。
「ハァッ!」
曲が大きく弾け終演したのに合わせトキナは大きく声を上げながら両足を広げ、両腕を交差した姿勢で身体を反らす。
その中でトキナは自分が思い切り弾けきっていた事に歓びを感じていた。
いわゆるダンサーズハイと言うものがこの姿でより高まっていたと言うのだろうか。
表情こそ見えないがその目は潤み輝き、口からは甘い吐息が漏れていた。
「はぁ……あぁ……はぁ……あぁ……はぁ……」
トキナは心地よい疲れと火照りがもたらす余韻に浸りつつもスーツの中に覆われた自分の中にまだくすぶるものがあるのを感じていた。
だからこそ全身の火照りを感じつつも顔を覆う緑色を解き素顔をさらす事をしなかったのかも知れない。
そこに―。
「見事なダンスだったわ。今度はわたしと踊ってくれないかしら?」
その声に顔を向けた時そこにいたのは……。
[newpage]
そこにいたのは確かに社長だった。
聞き慣れた声、そしてこの部屋で「モニター」を勤めている時のトキナには見慣れた姿ー
頭までぴっちりと覆い包んだオレンジ色の全身スーツ姿―
の社長がそこにいた。
ただ社長のオレンジ色の肢体もまた今のトキナと同じ様に黒いバンテージワンピースとそこから手足や腹部に伸びる黒いハーネスに彩られていた。
そのバンテージワンピースはトキナのそれ以上に露出が多く、それを補うように伸びる薄手のハーネスの彩りもより妖しく際どい印象を受けるのは気のせいだろうか。
トキナは気づいていないようだがそれこそ身体中を覆う薄手のハーネスの上にバンデージワンピースを着ているような雰囲気さえ感じられる。
「トキナのダンスを見ているうちにわたしも気持ちが高まっていつの間にかこうなってたわけ。とりあえずデュエットの感覚を確かめてもらうわ」
そう言いながらオレンジ色の身体をトキナの緑色の身体に擦り寄せるように迫る。
その雰囲気にややおののきつつもトキナは自然とスペースを取り、社長と向かい合う様な形でいつの間にかリズムを取っていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「あっ、あっ、あっ、あっ」
激しく踊り切った余熱を熱量にあてがいながらやや途切れかけていた呼吸を直しながら緑色の全身スーツに包まれた体を揺らすトキナ。
そしていつもの様にと言うかその全身を引き締める様に覆い隠すオレンジ色の全身スーツの中に熱量、官能、その他色々なものをにじませながら体を揺らす社長。
二人を包み込む様に再び音楽が流れてくる中でスーツ越しに曲を聞きながら二人は静かにリズムを取る。
足で、膝で、腰で。
肩で、腕で、胸で。
そのたびに身体が震え、バンテージワンピーススーツがしなる。
その刺激を刻むスーツの中で肌が震え、胸が高鳴り、体の中に力が戻って来る様な感覚。
全身が二重に擦れ合う音と感触を確かめながらトキナは前奏の動きを続けている。
頭全体を覆うマスクごしにその光景を見る社長の顔は笑みを浮かべている様に見えた。
そうこうするうちに流れていた前奏が一気に本番に入り、それに合わせて二人は解き放たれたかの様に大きく動き出す。
より大きくステップを踏み、両腕を何度も上下左右に広げては交差させる。
そのたびにトキナを覆い包むスーツがより躍動的に動き、バンテージワンピースとそこから両腕と両足に伸びるハーネスが要所要所を引き締める。
「んっ、んんんっ」
その度により強く身体に密着するスーツの素材と圧力、さらに要所を引き絞るバンテージワンピースと薄手のハーネス。
それに引き締められながらもトキナの身体はより躍動し、精力的に踊る。
それをリードしているのかされているのか。
社長もより精力的に、官能的に踊っている。
二人は足と腰を軽く突き出す様に動く。
互いのエリアに踏み込みながらもギリギリの間合いを保ちつつ。
緑とオレンジの「素肌」が触れ合いそうで触れ合わない微妙で絶妙な距離感。
心なしか両脚を絞るハーネスや腰を覆うボトムがより拘束感を強めている様に感じられる。
それに合わせる様に胸も左右に大きく動く。
トップに、スーツに覆われ引き締められる中で大きく腰が震え、胸が揺れる。
トキナの胸が覆い隠すトップの中で勢いよく揺れている一方、社長の胸はトップが弾けさせる様な勢いで揺れる。
腰の動きもより生々しく、前後左右に思い切り突き出す動きを繰り返す。
拘束されている様でどこまでも自由に。
手足を包み引き絞るハーネスも引きちぎって踊りかねないような勢いを感じさせている。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
トキナ以上に全身を絞る拘束感とその中で熱く満ち溢れる精力の重なりとぶつかりあいを楽しんでいる様に社長は乱れ踊る。
トキナの動きが馬術競技なら社長はさながらロデオと言う所だろうか。
それに引っ張れる様にトキナはバンテージワンピースとハーネスが引き絞る自分のテンションをより強く昂ぶらせていく。
社長ほど乱れ踊る訳ではないが上下左右に体を動かし、時には全身で流れる様に弧を描くその動きはより激しく、より艶っぽく。
それでありながら爽やかささえ感じさせる様に。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「あっ、あっ、あっ、あっ」
曲のテンポはますます上がり、それに合わせる様に二人のダンスもまた勢いを増している。
踏み込み合う足のステップが、互いに引き合う腰のひねりが、絶妙にすれ違う両腕のスイングが、弾き合い寄せ合うかの様な上半身のしなりがよりアグレッシブに。
前後左右に身体を突き出す様に進んでは戻る。
直接すり合うか合わないかのきわどい間隔で大きく胸や臀部、時には背中を突き出しながら進む動きはまるで獣の求愛の様であり、それでいてしなやかな動きは自動化された工場の機械の様に。
オレンジ色の全身スーツから妖しすぎる程の官能をにじませる社長と緑色の全身スーツに不思議なまでの清涼感を溢れさせるトキナ。
半ば相反する様な二つの気が激しい勢いと活力と熱量の中で重なり合う。
踊る。踊る。ひたすら踊る。
激しいリズムに乗ってまるで荒ぶる獣の様な勢いで二人は踊る。
バンテージワンピースやハーネスにぴっちりと包まれ引き絞られながらもそれをスーツとその中に引き締められた素肌中に満ち満ちた全てを束ね、高みに導く為の手綱として踊る。
それぞれ黒いラインに彩られた緑とオレンジの肌に包まれながら、熱く昂ぶる思いのまま踊る自分とそれを押さえ引き締めながらもより高みへ向かう自分。
二つの自分を宿す二人の踊り手が重なり交わりながら踊っている。
激しく押し合いながら、きわどい間隔ですれ違いながら、互いの動きを重ね合いながら。
そして曲はいよいよ終盤に差し掛かる。
「はぁっ、はぁっ、あぁっ、あぁっ、あぁっ、あぁっ……」
「あぁっ、あぁっ、おぁっ、おぁっ、おぉっ、おぉっ……」
火照り続けた素肌とスーツがますます密着しながら擦り寄せ合う。
バンテージワンピースと黒いハーネスがそれをさらに引き締め擦り合わせていく。
その昂ぶりの中で二人はひたすら踊る。
本能に導かれるままに、意識が求めるままに。
そして……。
「アァッ!」
「オオオッ!」
フィニッシュと共にトキナは大きく声を上げながら両足を広げ、両腕を交差した姿勢で身体を反らす。
社長は全身を大きく広げかろうじて立っているかの様に両足を震わせている。
トキナはスーツの中の自分がさっきよりもより熱く、激しく達しているのを感じていた。
この域まで踊る事ができたのはそれこそ奇跡に近いかも知れない。
表情こそ見えないがその目はより潤み輝き、口からはさらに甘い吐息が漏れていた。
「はぁ……あぁ……はぁ……あぁ……はぁ……」
その感覚さえ今のトキナには心地よかった。
ふと社長と視線が合う。
オレンジ色のマスクからのぞくトキナとはまた違う瞳の輝きと吐息を漏らす唇。
そのオレンジ色の全身は黒いコスチュームの中で大きく震えていた。
「……」
その姿に見惚れたのか、それともただ踊り疲れた故か。
一瞬の脱力を感じた瞬間、トキナはそのまま床に崩れ落ちそのまましばしの眠りについた……。
[newpage]
トキナが目を覚ました時そこには未開封のスポーツドリンク、そしていつもの様に「モニター」をしてくれた事への感謝とねぎらいをつづったメモが置かれていた。
例のごとく社長の姿は部屋にはない。
やはり何かと多忙ゆえなのかはたまた異なる事情を秘めているのか。
トキナは緑色のマスクからのぞく瞳でメモに目を通すと、その後マスクからのぞく口元にスポーツドリンクを注ぐ。
「はぁぁぁ……」
この手のスポーツドリンク特有の冷たさと味を喉に感じながら一息つく。
そして改めてその緑色の全身スーツとそれを引き締める黒いバンテージワンピースと手足を包むハーネス姿の自分を見回す。
未だ心地よい火照りを宿す素肌を包み込み程よく引き締めている素材の感触と密着感。
そしてちょっとだけ異様な姿になっている自分、あるいは自分の姿で現れている異様の存在―。
今回もいい感じに変化した様な気はする。
そして今回はこの姿で思い切り踊り抜いた。
いつもの自分では絶対できないであろう勢いで。
もう一度、もう一度この姿で踊ってみたい。そんな思いがトキナの中に満ちる―よりも彼女は全身に程よい疲れと熱さを感じていた。
「そろそろ……脱がないと……」
まだうつろさの残る意識の中でトキナはゆっくりと立ち上がるとそのまま「Rocker&Shower」と書かれた扉を目指し、その中に滑り込む。
全身鏡の前でその姿を見回す間もなくバンテージワンピースから自分の体を解き放ち始める。
首のハーネスを抜き、両腕のハーネスを腕から外す。
肩から、二の腕から、膝から、静かに腕が抜け、全身をぴっちりと包むスーツ越しに形のいい胸元が露わになる間もなくボトム部に手をかける。
ぴっちりとしたコスチューム特有を脱ぐ時特有の軽い抵抗感を感じつつもゆっくりと引き下ろしていく。
臀部から太もも、ひざ、ふくらはぎと黒いラインから解き放たれていく。
こうしてトキナの体を離れたバンテージワンピースとハーネスはその手で近くにあったカゴの中に放り込まれる。
その後には頭から足までつるつる、すべすべとした緑色の素肌のトキナがいた。
コスチュームから解き放たれた体のラインは軽い解放感と緩やかさの中にもよりくっきりと引き締まっているようにも見える。
しかし、鏡に映るその姿に惹かれる間もなく……。
「ん、んん、んん……ふわぁ……」
まずその長い髪とともに程よく火照った素顔が解き放たれる。
その顔がやや緩んでいる様に見えるのは気のせいだろうか。
あとはそのまま中に入り込む外気に身を預け、緑色の素肌からその中で火照っていたトキナ自身の素肌を解き放つ。
彼女のありのままの裸身が余す事なく解き放たれたあと、さっきまでその「素肌」となっていた緑色のスーツもまたカゴの中に入ってゆく。
全てを脱ぎ去り、久しぶりに露わになった裸身を鏡越しに見つめる。
トキナにとってはある意味「いつもの一時」でもあり、色々な意味でありのままの自分を再確認する一時でもある。
前後左右に姿勢を変え自分の姿を確かめる。
いつもと変わらない自分の素肌と素顔。
「モニター」を続けているせいもあってかより形よくなっているような肢体。
そしてその全身で感じる外気の感覚……。
それらを感じているうちにふと頭の中でさっきまで聞いていた音楽の記憶が 蘇ってくる。
その曲に合わせる様にいつの間にかトキナは裸のままでリズムを取っていた。
素足が軽く床を踏み、うなじから鎖骨を通る肩のラインが上下に動く。
抑えるもののない形よい丸みを持つ胸の膨らみと引き締まった臀部が小気味よく震える。
やや乱れていた髪をかきあげて軽く整える中感じる顔つきには軽い興奮と高揚が感じられる。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
胸の奥から来る鼓動と口から漏れる吐息がトキナの記憶の中に残る曲と重なり合い音楽を奏でる。
そして、それらが頂点に達した時トキナは踊り出した。
ただ鏡越しにその姿を見るトキナ自身以外誰の目に止まる事もなくただ一人で。
何一つ縛るものも止めるものもない裸のままで。
その時トキナはその素肌と意識が様々な自然の空気を感じた様な気がした。
どこまでも続く自然の光景の流れに身を任せトキナは踊った。
それこそシャワーを浴び、もとの服に着替えて彼女の「日常」に戻る事さえ一時忘れる位に……。
[newpage]
とあるイベント会場。
トキナは友人をはじめとする他のモデル達と共にイベントを盛り上げるスタッフ兼ダンサーとして加わっている。
とは言えその時間には少々間があるらしく、トキナはスタンバイ前のちょっとした一時を友人との他愛もないやり取りを交えた散策に費やしていた。
会場はいい感じに賑わい、ちょっと地味目なコーディネートをするだけでもその中に自然と溶け込めている。
仕事の時以外はあまり目立ちたくないかどうかはともかく、今のトキナ達としてはありがたい話だろう。
そんな中、
「トキナ、ちょっとあれ見て?」
友人が指差した先。
大型のモニターには一面の青空と水平線。
そしてその中央でたたずむ二つの人影。
それはこのイベントのイメージキャラらしい二体のゆるそうなキャラクターの姿だった。
キャラ達はしばしたたずむ姿勢からゆっくりとリズムを取り出す。
その動きと聞こえてくる音楽にトキナは覚えがあった。
そうしているうちにキャラ達は踊り始める。
互いの体が擦れ合うぎりぎりの距離で交差してみたり、距離を取りつつもその動きを重ね合わせてみたり。
その動きにもトキナは覚えがあった。
青空と水平線の風景から多彩に変わりゆく背景も独特の姿をしたキャラクター達もよく見ればCGなのは見て取れるが、その動きや質感は確かにリアリティがある。
ましてトキナには……。
モニターに映る様々な風景の中で二体のキャラ達は鮮やかに、しなやかに、そして激しく踊る。
このイベントの熱気をその身で示すかの様に。
画面の中のキャラクター達の様にしなやかにかつ激しく踊り出す……事こそなかったがトキナはその画面をそらす事なく見つめながら人知れず足で拍子を取る。
そんな時、トキナと友人のバッグやポケットの中でアラームが鳴る。
「―とりあえずCGには負けていられないわね。わたし達もがんばらないと」
「う、うん、そうね。次はわたし達が盛り上げる番ね」
「トキナ、なんとなく様子が変だけど大丈夫?あのCGダンスにはまり過ぎたとか?」
「そ、そんな事ないわよ。さ、お仕事お仕事」
「それならいっか。とりあえずはお仕事お仕事」
そう言い合いながらトキナはモニターの中でフィニッシュを決めた二人のダンサーに見送られながら自分達の「仕事」をする為に歩き出した。
あのステージの中で踊る「自分」のイメージからあえて抜け出す様に……。
了