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「今日から、みんなのお友達になる王金享雅くんだ」
「王金です、よろしくお願いします!」
「よろしくね」「歓迎するぜ」。そんな声が和気藹々と聞こえてくる教室。
県立男牙小学校4年2組に転校生がやってきていた。
その転校生の少年の名は王金享雅。都会で暮らしていた彼だが、両親の転勤によってこの学校へと転校してきた。
(僕、ちゃんと上手くやっていけるかなぁ……)
こうして、王金少年の新たな生活がはじまろうとしていた。
で、その結果といえば、彼はその歳ながらの順応性もあり数ヶ月にも満たない期間で新しいクラスメイト達と打ち解け、歴としたクラスの一員へと躍進した。
しかし、彼の新たな生活がはじまるのは、これよりもうすこし先の事であった。そしてそれは、彼も、彼らも、予想だにしない切っ掛け。日常からはじまる、非日常。
[newpage]
――――
「享雅ー、一緒に帰ろうぜ」
「うん」
享雅は、いつものように、友達になったクラスメイトの浅西一夫と下校する。黒のランドセルを背負うと、扉の前で待機している一夫の方へ向かっていった。
そんな時、それを遮るようなひと声がする。その声は享雅と一夫の鼓膜を揺らした。
「ちょっと、浅西くん! 今日は実行委員の仕事があるでしょ。『折り返しの場所に丁度いいところがある』って言ってたの、浅西くんじゃない」
その声の主は、一人の可憐な少女。一夫同じく、クラスメイトの小川みどりであった。
「あ、そうか、そういえば……」
一夫とみどり、この二人に共通点があるとすれば、肝試し大会の実行委員ということである。
それは、この学校にて一年に一度ある宿泊学習という行事内のプログラムのひとつであった。
男女二人でペアを組み、学校から折り返し地点までカードを持ってくるという、肝試しとしては月並なものであったが、小学生には新鮮な体験であることには変わりはなかった。実行委員になった一夫は、『肝試しにぴったりな場所を見つけてやる』と張り切って臨んでおり同じ実行委員であるみどりとその場所について相談していたのである。
享雅もその話は小耳に挟んでいた。だから、今日は一夫をみどりに預けて一人で帰ろう。そう思い、再び置いたランドセルを担ぎ上げ、「またね」、そう口にしようとする。
「おい、せっかくだから、享雅も来いよ。お前はまだあそこ来たかどうかは知らないけどさ」
「えっ?」
一夫のその言葉につられ、享雅は、一夫・みどりと、その場所へと共に向かうこととなった。
そして、その選択が、享雅にとって、最も不幸で最も幸運な選択になるとは、この時誰も予想だにはしていなかった。
――――
「ここだよ」
ふたりが一夫に言われるがままついて行ったそこは、近所の神社だった。転校した享雅は知らなかったが、この神社には昔から言い伝えられている伝説があった。
「鬼神社じゃない。確かに、ここなら雰囲気は良さそうだけど……」
「鬼神社? ここそう呼ばれてるの?」
みどりの言葉に反応したのは、やはり享雅だった。「鬼」の銘を持つその神社が特異に映るのは、その土地に所縁のない者ならば、当然の反応であろう。
「ああ、そういえば享雅くんはここに転校してきたんだもんね」
「じゃあ、俺が教えてやるよ!」
一夫は、得意げにこの神社のことを話し始めた。ここは本来の名前は沖邦神社という名の神社であり、はじめは他の神社同様に神を祀っていたらしい。
数千年前、この都に悪い鬼が到来し人々を襲ったのだそうだ。その鬼は黒い肌と隆々たる筋肉の鎧を身にまとい、人々を恐怖に陥れた。だが、その脅威もすぐ去ることとなった。黄金の腰蓑を身に着けた真紅色の鬼が、暴れていた黒鬼を倒したのだ。そして、人々は弱った黒鬼をこの神社に封印した。そして、黒鬼を退けた赤鬼はこの都を救った英雄として神社に祀られることとなったのだった。これが、ここが鬼神社と呼ばれる所以である。
そして、赤鬼は身に着けていた黄金の腰蓑を神社に置いていくと、煙のように跡形もなく消えていったと言われている。その腰蓑は、この神社のどこかに保管されているらしい。そして、悪鬼が封印されし依代も……
「まあ、こんな感じかな」
「そんなことがあったんだ……でも、ここをそんなことに使って、罰とか当たらないのかな?」
「大丈夫だって。そもそもその腰蓑も鬼を封印したっていう何かも伝説みたいなもんだしさ」
「ねえ、話もいいけど、準備もしておかない?」
「そうだな」
みどりに言われ一夫はランドセルから紙束を取り出す。それは、拙い字で作られたお札だった。
「神社からこの札を学校までまた持って帰って、全員学校に到着したら終わりって感じだな」
「じゃあ、それを置く場所を決めましょう。私は当日に机か何かを置くといいと思ってるんだけど」
「持ってく手間とかかかんだろー、なあ見てろ。それも俺に考えがあるんだけど……」
肝試しについて、話し合いを続ける一夫とみどり。そして、その話を端から見ていた享雅は、この時、便意を催していた。そして、とうとう我慢の限界を迎えると、享雅は重い口を開く。
「ねえ、ここ、トイレとかってないの?」
「何だ? うんこか?」
「はしたないわよ、浅西くん。トイレなら結構遠く行かないとないかも……」
「ご、ごめん! じゃあちょっと行ってくるね!」
享雅は、トイレを借りに近くの公園へと走って行った。それを見送った二人は、ふたたび肝試しの準備を進めることにした。
「王金くんが戻ってくるまでに終わらせましょう。で、考えってなに?」
「ここだよ、ここ。フインキ的にもバッチリだろ?」
一夫は意気揚々と指をさす。
一夫の向けた指の先は、神社の本殿の入口であろう扉だった。
「そこはダメよ! 本当に罰当たるわよ!? それと、フインキじゃなくてフンイキよ!」
「そっちはどうでもいいんだよ。罰なんて当たりゃしないって! それに誰も入らないからもし今日置いってっても誰も取りゃしないさ!」
「そういう問題じゃ……って、浅西くん!」
みどりの注意も気にせんとばかりに、一夫は本殿へと向かいその扉を開けてしまう。そして、何の恐れも抱かずその中へと入って行ってしまった。
「ちょっと、待ちなさい!」
みどりも一夫を連れ戻そうと、その後を追う。
みどりが本殿の扉を開くと、そこには二人がまだ見たこともないような空間が広がっていた。
小学生にはまだそこそこ広いと言えるその空間には、一つ、ひっそりと小さな神棚が置かれていた。そしてその近くには、ふたつの箱が存在した。
「へー、中はこんなんになってんのか」
「満足したなら早く出ましょう。なんかここ、嫌な感じがするの……」
「嫌な感じってなんだ? 全然そんなのしねーけど。ん?」
一夫は、小さな木箱に気がつくと、真っ先にそれに向かって歩みを進める。そして、何かを思い付いたような顔でみどりに提案した。
「そうだ。この中にお札入れようぜ。肝試し的にもバッチリの隠し場所だろっ!」
「ダメよ! そんなことしたら本当に罰が当たるわ! やめなさいって!」
「1日くらいならどうってことねーって! じゃあとりあえず開けんぞ、っと」
一夫はその箱に手をやると、蓋を開く。中を見ると、そこには何も入ってはいない空虚な空間だけがそこにはあった。一夫は、半分期待はずれという感情を抱きつつも、札を入れるのにはお誂え向きの状況であるとも考えた。
そして、みどりのランドセルの中の手作りの札を取るために、後ろを振り向く。
「よし、みどり、お前が持ってる札を……みどり?」
しかし、みどりは自分が予想していたのとは違う、ひどく怯えているような挙動をしている。そんな光景が一夫の目に映り、一夫はそんなみどりを怪訝に思った。
しかし、そんな疑問も、ひとつの恐ろしく低い声によって解消されることとなる。
それは、まるで地響きのような、ひどく嗄れた声だった。
「愚かな人間どもよ、感謝するぞ……」
「なんだよ、さっきの……え?」
ふと、一夫は先程の違和感を振り払うために再び前に向き直る。そこに映ったものは、異様なもの。そこに居ることはありえないはずの異形の存在だった。
黒い靄のような何かで形成されたそれは、人ではなく、まるで鬼のような形をしている。二本の巨大な角に、大きな体躯。まるで、というより、それは間違いなく鬼である。と言えてしまうであろうそれ。
一夫は、もしかして、自分はとんでもないことをしでかしたのではないだろうか。今になってそんな後悔が精神の隅々を侵そうとしていた。
「数百年に渡って封印されていたこの俺様を復活させてくれたのだからな」
一夫の悪い予感は、今暫定的に鬼と認識しているこの存在の発言によって確信に至ることとなる。
そうだ。これは鬼伝説の――
封印された悪鬼そのものだ。
この闇の如くどす黒いシルエットからも、それが一夫を確信に至らせてゆく。
もはや、後悔以上のおぞましき何かが一夫の頭の中をグルグルと迂回していた。
「あ、ああ……」
一方のみどりは怯えて声も出せないでいた。
無理もない。本人は気丈に振る舞ってはいるが、教室のペットが病気で死んだ時には真っ先に声を殺して泣きじゃくっているくらいには年相応の女子なのだ。
こんな非現実的な状況に対応できるはずがない。
「お、おまえ……鬼、なのか?」
「ああ、そうだ。この姿だと見辛いか? いや、醜いと言った方がよいか? なら、お前らに見せつけさせてやろう。この俺様の真の姿を」
黒い靄が一夫たちの目の前に集まってゆく。それは不確定的な存在から質量を持った物体、否、人物として新たに形を造る。角も、髪も、目も鼻も耳も歯も、肉体さえも封印されていた昔そっくりそのままの姿で。
それは、とても大きな質量を持った異質な存在だった。その姿は、まさしく鬼と呼ぶにふさわしく、とてつもない威圧感を振りまきながら少年少女のそばへと近づいていく。
対する一夫は、全くといって動かない。いや、動くことすらままならないのだ。あの鬼の、瘴気さえ纏っているように感じるほどの姿に、怯えているのだ。
そんな一夫の事などつゆ知らずと言わんばかりに鬼は怯える彼の下へ近づいていく。そして、刃物にも劣らない鋭いその業物を聳えさせている自らの人差し指を、ちょん。と一夫の額に押し当てた。
「あっ」
一夫が素っ頓狂な声を、かすかにあげた。ずぶりと鬼の爪が額に食い込んでいるにも関わらず、血液すら一滴たりとも零れ落ちずにただ沈み込むのみであった。
一夫の額、いや、頭の中がかあっと熱くなる。その熱さは暖房や太陽などの生温い熱さではなく、地獄の炎のような、死すら甘んじて受け入れてしまうような、そんなひどい熱だった。それは本当にほんの一瞬ではあったが、弱冠10歳の少年の心を完全に折るには充分であった。
「感謝の印に、お前達には『鬼の烙印』をくれてやろう」
鬼はただ一言そう口にした。
額から指を引っ込めた後には、あたかも何もされていないかのようにいつも通りの彼の額が広がっていた。しかし、それは見た目だけの話。彼は烙印を押されたのだ。此の鬼が行使できる鬼の烙印を。
「ひっ……」
刹那、一夫が甲高い悲鳴を口にした。音もなく露わになったのは、青い色をした突起。小さな角のような物体が、一夫の髪の生え際近くにふたつ生えていた。
「や、やだ……なんだよこれ……」
「い、いや……一夫くんに何したの……」
怯える二人の人間を見ながら下卑た笑い声を響かせる黒鬼。ずしり、ずしり。と木の床を踏み抜かんとばかりに足音を響かせ歩みをはじめ、たった三歩でようやく声を絞り出した少女の下へと近づいた。
「げひひひ。何って、あいつを俺様の仲間にしてやろうと思ってな。鬼の烙印を押された人間はな。だんだん身も心も鬼になってくのさ。俺様と同じ、暴力と支配と色欲に忠実な鬼になぁ」
そして一夫と同じようにみどりにも、鬼の烙印を押した。みどりはなすすべもなく地獄のような熱さを受け入れてしまった。
みどりの額から指を引っこ抜くと、笑いながら動けない二人を両手で担ぎ込み外へ連れ出した。
「げひひ、げひ。お前らがどんな鬼になるのか楽しみだなぁ。ああ、楽しみだ!」
外へ出た鬼は、子供二人を石の床に放り投げると胡座をかき、虎視眈々と二人が変わりゆく姿を笑いながら観察しはじめた。
単なる小さな突起だったものは少しずつではあるが直立しその質量を確固たるものへと変質させる。ものの数秒、それだけの単純な時間で“のようなもの”が“そのもの”に変わっていく。そう、額に生えているその二本のものは紛れもなく角であった。一夫本来の肌の色とはとてもではないが違う、空のような、海のような真青だった。
「うそ……だろ……」
うそなものか。
元凶はそう言いたげな顔をして不気味に微笑む。
その人間の肌の色としてはあまりにも異質であるその青が身体のほぼ全てを構成する色素として広がってゆく。
気がつけば、あっという間に一夫の全身は角と同様の青へと変貌を遂げたのだった。
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