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浄化悪【FANBOX試し読み】

  [chapter:サンプル]

  城川昭博は特になんでもない、どこかに一人はいるただの不良だった。

  くだらない理由でグレて素行不良を繰り返し、学校でも家庭でも居場所がなく、同じ学校の不良仲間と授業をボイコットしたり万引きなどの悪事を繰り返す日々を送っていた。

  しかしある日昭博は、その人生を一つの仮面により破壊されることとなる。

  草木も眠るような夜、昭博はひとり無人の道路をバイクで走っていた。彼は、誰にも邪魔されないこの時間が好きだった。自分が本当に自由でいられる時間という気がしたから。

  「ふぅ」

  休憩がてら道路脇で煙草を吹かしていた昭博は、そろそろ出発しようとタバコの火を踏み消した。そんな時だった。

  『くすくす……』

  彼の耳に子供の笑い声のようなものが聞こえたのは。

  その声は、邪気が感じられずそれでいて純粋に人を嘲るような、そんな声だった。逆にそれが昭博には不気味に聞こえた。

  「なんか嫌な場所だな。さっさと行くか……」

  頭の良い方ではなかった昭博は、今ここですべき最善策は細かいことは何も考えずここから去ることだと考え、すぐにバイクに跨りエンジンをかけようとした。しかし……

  「……鍵は、どこ行った?」

  昭博は服のポケットのあらゆる場所をまさぐった。バイクの鍵がどこを探しても見当たらないのだ。しかしジャンパーのポケットにもジーンズのポケットにも鍵は入っていなかった。しまった――昭博はこんな場所で鍵を落としてしまったのかと後悔した。

  鍵がなければバイクを動かせず、家へ帰ることもできない。家からはかなりの距離がある。とてもバイクを押しながら歩くことは不可能だ。昭博が取るべき行動は、一つしかなかった。

  ◆

  「見つかんねぇ……どこ行った……」

  日も落ち、夜の闇が辺りを覆い隠した頃、昭博は落とした鍵がまだ見つからずに途方に暮れている。スマートフォンのライトで辺りを探すもそれらしきものは見当たらず、未だに右往左往していた。

  「ん?」

  そんな時、昭博はライトに照らされて何かが光ったことに気がついた。小さくて遠くからでは判別できなかったが、昭博が探し求めていたそれなのではないかと足早にそこへと近づく。しかしそれはただの一枚の紙切れだった。

  「トランプかよ……誰の落としモンだこれ?」

  それは一枚のトランプ。紫色の裏地を裏返すと白い仮面を被った道化師が描かれている。そして端にはおどろおどろしい文字で書かれた『JOKER』の文字。紫の衣装を身に纏い、大鎌を持ちながら三日月に座り込んでいる月並みな絵柄だったが、黒の背景にニヤニヤと不気味に笑っているように見える仮面が昭博には少し不気味に思えた。

  「なんかこのトランプ……いや、何でもねえ。鍵を探さないと……」

  トランプを乱雑に放り投げると再び昭博は鍵を探そうと踵を返す。しかし、そんな昭博の耳に、再びあの声が響いた。

  『見つけた……ボクの器に相応しい人間……』

  「……!?」

  その時、昭博は背筋が凍ったような感覚に見舞われるのを確かに感じた。背後から聞こえたのは無邪気で幼い声。『ボクの器』――その単語に嫌なものを感じた昭博は、恐る恐る後ろを向く――

  ――そこには何も見えないはずの月夜にはっきりと光る真っ白な仮面が、昭博のすぐ目の前にあった。

  「うわああああっ……んんぅ!」

  白い仮面は昭博の叫びをかき消すように、昭博の顔面に張り付いた。昭博は恐怖で自分の顔にやってくる仮面に対抗できなかった。吸い付いた仮面が昭博の顔中をかあっと熱くする。

  「なっ、なんだこりゃ……! やめろぉ!」

  仮面を被された昭博はそれを剥がそうと仮面に力を込め引っ張るが顔の皮が伸びるだけでその仮面が離れることはなかった。仮面の下の素顔は苦悶の表情を浮かべているはずなのに、紫と黒の邪悪なにやけ面にかき消されてとてもそうには見えなかった。

  『浄化悪変化(ジョーカー・チェンジ)』

  「うおっ!?」

  突如聞こえてきた声とともに、長年大切にしてきていた昭博の黒いジャンパーが細切れになり勢い良く弾け飛んだ。

  「俺の服が!?」

  飛び散ったジャンパーは唐突に吹いた突風により散り散りになって虚空に飛んでいった。もう再び彼があのジャンパーを身に付ける事はないだろう。

  「そ、そんな……」

  『こんなダサい服に別れを告げてる暇なんかないよ。今からキミはボクになるんだから、その心構えくらいはしてもらわないとね』

  「……! 誰だ、お前!?」

  昭博の脳内に声が響く、しかも昭博にとっては聞いたことのある声だ。そう、あれは、あの無邪気な子供のような声――仮面を被る前に聞こえたあの不気味な声と同じもの。

  『ウフフ、ウフフフフ……』

  昭博の脳内に際限なく響いてくる笑い声。それは脳だけに飽き足らず、頭の中を反響すると身体中に骨を、肉を通して伝わってくる。その声を聞き続けていると頭がどうにかなりそうになった。

  『うん、これまでキミの行いを見させてもらった。このままじゃ“悪を浄化する者”としては相応しくないから、多少は“出させて”もらうよ』

  「“出させてもらう”……?」

  不穏な単語を呟く謎の声に昭博は困惑する。しかしそんな昭博の困惑を吹き飛ばすような事が起きた。

  「んっ!?」

  昭博の股座がかっと熱くなる。その熱は、色で例えるとするならば真紅――ではなく、桃色。または、紫。

  熱さよりももどかしさ、痛みよりも痒みと称するに相応しい、そんな感覚が、昭博を襲ったのだ。

  「なんで俺、勃って……」

  つまりは、勃起していたのだ。ジーンズの中で昭博のチンポが。

  立ち上がったチンポは、ジーンズを押していやらしい膨らみを形成している。

  しかもその膨らみは、昭博の快楽信号と直結しており、今すぐにでもその信号は爆発しそうになっていた。

  「こんなとこで……こんなところでぇっ……!」

  口でそんなことを言っている昭博だったが、脳内では既に別の邪念に頭を支配されていた。

  (体が火照ってる、気持ちいい……抜きたい。射精したい――抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい――!)

  頭の中は射精することでいっぱいになっており、それ以外の事は考えられなかった。その時、顔面を覆っていた仮面が、一瞬鈍い光を放っていたのを、快楽に支配されていた彼には気がつくことができなかった。

  (出したい、精子を、俺の種を出したい。今すぐ出す。チンポから出す。俺を出す。俺を出したい……俺の、いらないものを、邪魔なものを、悪を浄化するのに不必要な全てを……)

  昭博がそう願った時、昭博は最大に射精した。トランクスを貫通して黒いジーンズをさらに黒く染めた。濡れそぼったジーンズは、すぐさま新鮮な精の匂いを放った。

  「ああっ!」

  その瞬間、シャツがジャンパー同様細切れになり塵と化し、昭博は叫び声をあげる。昭博の上半身を守っていた衣服は全て消え去り、代わりに彼の鍛え上げられた筋肉が露わとなった。腹筋も申し分なく割れている。

  『いい子だ。それにしても下品な体だね』

  「うるさい……そんなの俺の勝手だ……!」

  自慢だった肉体美を貶されて怒りの感情が昭博の中に一瞬渦巻くも、再び再燃した快感によりその感情も掻き消えた。

  そして彼の“変身”は続く。

  「うおっ!」

  ふたたび射精した昭博が次に失ったのはジーンズだった。夥しいほどの量の精液に塗れ既に元々の色すら分からなくなったトランクスが外の空気に晒される。それと同時に昭博のチンポもトランクス越しに夜の空に吹く風をさらに強く感じられるようになった。おかげで股座の熱を風が冷ましてくれる――ということはなかった。

  チンポの熱は治まるどころか風に撫でられる快感によりさらに強まっていった。

  「あああっ!」

  昭博はそれらの要因によりあっという間に射精する。それがトリガーとなったのかトランクスすらも無残に弾け飛び、彼が身に付けているものは靴だけとなった。しかしそれもたった今昭博のものではなくなろうとしていた。

  「ど、どうなってんだ……俺の靴が……」

  昭博の履いていた靴がグニャリグニャリと粘土のように形を変えていく。昭博の靴は先の尖った紫色の靴に変化した。それは、トランプの道化師が履いているような現実みのないもので、自分の靴が目の前でそんなファンタジーじみた奇妙なものへと変わってしまったことに恐怖を覚えた。

  しかし昭博は、ふたたび困惑することとなる。

  「えっ……?」

  その靴が、またグニャリと蠢くと、いつもの自分が履いている靴へとまた形を変えたからである。元に戻ったと安心していると、またグニャリと道化師の靴へと逆戻りしてしまう。

  「あぁ……これはどういう……」

  グニャリ、グニャリ、グニャリ。自分の靴と道化師の靴が交互に変化していく様子が、昭博にはただただ不気味だった。変化したものがまた元に戻り、そしてまた変化する。例えるなら自分のものが自分ならざるものへの変化に抵抗している――そのようにも感じられた。

  『因子が抵抗してる……いい加減受け入れなよ。そんなありふれた靴よりボクの靴の方がカッコイイし!』

  「ふざっ、けんな……クソが……こんな靴、誰が履くか……」

  チンポを勃起させながら、昭博は自分に起こっている変化に耐える。道化師の靴を直に足の裏で感じる時にとてつもない快感が全身に走っていようとも。風に直接チンポが当たった時に我慢汁を飛び散らせていようとも。

  「あっ、ふ、ふっ……ふううっ!」

  びゅるりと真っ白な精液が黒光りする昭博のチンポから飛び出る。その時昭博が履いていたのは――道化師の靴だった。その後、いくら時間が経過しようと昭博の靴は元の靴に戻ることはなかった。

  「ああっ、そんな……」

  『あははっ、その靴カッコイイでしょ? じゃあ次はフェイズ2だね!』

  フェイズ2――次の段階――昭博の“変身”は次のフェイズに進もうとしていた。その瞬間、開始の合図とでもいうように昭博のチンポから大量の精が解き放たれた。

  (ああっ……お、俺の……何かが、消えて……)

  その瞬間、昭博は大きな違和感を覚えた。大好きだった煙草やバイクに対する価値観が変化していたからである。

  毎日の楽しみだった煙草は、煙を見るのも嫌なほどにそれがとてつもなく嫌悪感を示すものへと変わっており、一番の趣味だったバイクに至っては、まるで道端に生えている草と同程度の興味しか持たなくなっていた。

  『下品な趣味はボクには相応しくない。消えてもらうよ』

  「俺の、好きなもの……なんだったっけ……お、お前、俺に何しやがった!」

  『キミの好きなものは……もっと素晴らしいものにボクが変えてあげるよ!』

  「そんなもん……うはぁっ!」

  再び、もう何度目かわからない射精をした昭博の頭からは、自分の大切な友達――不良仲間の顔や名前が解き放たれる精液とともに消え去っていった。小学校や中学校の時の友達の記憶はあるのに、今の大切な悪友の存在だけがピンポイントに消えていた。

  「嘘だろ……俺のダチ……どんな奴だったっけ……明日も会おうって言ってたのに……」

  『浄化するべき存在と仲がいいなんて、なんでこんなロクデナシがボクの器なんだろう? だからこそ、なのかな?』

  浄化だの、器だの、訳の分からないことをのたまう声に、昭博は苛立ちを覚えた。しかし何故苛立っているのかすら、大切な存在を消された昭博にはもうわからない――

  その後も、昭博は射精とともにさまざまなアイデンティティを消されていった。暴力衝動や可愛い女子への下心、社会への反抗心など、これまでの彼を形成していた部分が次々と失われていく。残ったのはありふれた高校生としての記憶だけだった。

  「お、俺は、誰なんだ……俺はもっと、こんなの俺じゃない……俺は……俺は……」

  アイデンティティを消失した昭博は、文字通り自分を見失っていた。出がらしのパーソナリティだけを反芻し廃人のように脈絡のない単語を呟くだけの人間と化して、裸に道化師の靴だけという奇妙な格好で夜の野原に立ち尽くしていた。

  『怖がらなくていいよ。キミは、もっと素晴らしい存在になる。そう、正義の味方にね!』

  その声とともに、昭博の全身に今までで一番の快感が駆け巡る。全てを作り替えるような快感は、昭博の“汚れた種”を吐き出し、浄化していった。白い精液が月の光に反射して新しい城川昭博の誕生を祝福するかのようにキラキラと光り輝いた。

  「『浄化悪・変化!』」

  その掛け声と共に、昭博に新たな衣が用意される。黒色と紫色で構成された道化師の衣装と頭をすっぽりと覆い尽くす帽子。そして両手には黒のグローブ、腰にはトランプのスートの意匠があしらわれたベルトが装着されて、昭博の“変身”が完了した。

  「ボクは、この世に蔓延る悪を浄化し地球を清らかな存在へと変える道化師――『浄化悪(ジョーカー)』だ!」

  そう宣言すると昭博はポーズを取っていた。まるでテレビの中のヒーローのように。

  いや、今の彼はもはや城川昭博ではなかった。

  悪を倒す正義の存在、浄化悪となったのだ。

  [[jumpuri:続きはFANBOXで> https://www.fanbox.cc/@jinogrehead/posts/2065202]]

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