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[chapter:サンプル]
「何がいいかな……」
郁見初人(いくみ はつと)は小学生の子供を持つ一児の父である。配偶者である母親は――もうこの世にはいなかった。息子である天(そら)を産んだ直後にこの世を去って今は二人で暮らしている。
そんな初人は、今天の誕生日プレゼントを買うためにおもちゃ屋へと足を運んでいたのだった。
母親がいない天に寂しい思いをさせているといつも初人は天を気遣っていた。今日も今年で八歳になる息子の誕生日のために今から準備している、というわけだった。
「ゲームやプラモはまだ早いよな……だからってぬいぐるみはさすがにもうなぁ……」
初人はそうつぶやくとぬいぐるみコーナーに目をやる。初人が好きなものは、ぬいぐるみである。家にはクマやウサギのぬいぐるみ(元は妻のものである)があり彼はそれがお気に入りなのだ。
だからきっと息子は喜ぶのではないのだろうかと初人は考える。が、同時にこうも考えていた。
(天は……ぬいぐるみに母さんを感じ取ってるのかねぇ……だとしたら違うよなぁ)
母親の形見だから、天はこのぬいぐるみ達を大切にしているのではないか? ということだ。
もしぬいぐるみを買って、喜ばれなかったらどうしようか、半分子煩悩が入っている初人は頭を大いに悩ませた。
そんな中、おもちゃ屋の店員が初人に声をかけた。
「何かお探しでしょうか?」
「わっ、と。すみません。息子へのプレゼントを探しておりまして……」
「ぬいぐるみですか?」
「えぇ、まあ……」
違います、とも言い切れず、初人は店員のなすがままぬいぐるみコーナーへと入っていく。そこにはたくさんのふわふわなぬいぐるみが展示されていた。その量もなかなかに多く初人は圧倒させられる。
「この中でお客様にピッタリだ、というぬいぐるみがあれば、私に声をおかけください。今すぐお包みしますので……」
「あっ、ちょっと!」
そう言うと店員はふっと姿を消した。おそらく他の仕事に向かったのだろう。そう思い初人はぬいぐるみ達を吟味するように眺めはじめた。
「うーん……」
そこに置かれているのは色々な動物や怪獣のぬいぐるみにアニメキャラクターのぬいぐるみ。どれもこれもそこらのおもちゃ屋によくありそうなものばかりだ。
「変わり映え、しないなぁ……ん?」
その中で、初人は一つのぬいぐるみに目を奪われた。そこはかとなく他のぬいぐるみとは違う、そう思ったからだ。
「悪魔、かぁ」
それはお菓子のマスコットキャラクターのような小さな悪魔のぬいぐるみだった。腹はぽっこりと出て、手足も短い。顔は悪そうにディフォルメされ、いかにも意地悪そうな小悪党といった出立ちだ。ふわふわの羽根と尻尾も後ろについている。
そしてこんな見た目の割に手触りはふわふわと心地良い。まるでずっと触っていたくなるような――
「おっと、これは売り物だ。いかんいかん」
と、初人は我に帰りぬいぐるみを棚に置く。
しかし――
(うーん……なんとなくだけど……これ、惹かれるなぁ……)
初人はこの悪魔のぬいぐるみに何やら特別な感情を感じていた。まるで、最初からこれと出会うために生まれてきたような、そんな感情。
自分でもおかしい、と思いながらも、そのぬいぐるみをひとりでに手に取っていた。
「お客様、お決まりでしょうか」
「これにします、この、悪魔の」
「お買い上げ、ありがとうございます。きっとあなた様にピッタリでございますね」
店員にぬいぐるみをプレゼント箱に入れてもらう。初人はそれを見てこれを開けた息子の表情を頭に浮かべながらひとり微笑む。それを見た店員も何が異様な笑いを浮かべ、ぬいぐるみが入った袋を初人に渡すと、
「息子さんに、大事にしてもらってくださいね」
そう言って深々とお辞儀をしながら初人を見送った。
その言葉の意味が初人には分からなかった――
◆
「ただいま、天」
「ただいまパパ!」
幼い息子が玄関から駆け寄ってくる。雇っていたホームヘルパーを家に帰らせると、ようやく二人の一家団欒がやってくる。
「天、明日誕生日だな」
「うん!」
「明日はパパがいいもん持ってきてあげるからな」
「ほんと!? ありがとうパパ!」
満面の笑顔を浮かべる天に初人は胸を撫で下ろす。明日――このぬいぐるみを手に取ったら、息子は喜んでくれるのだろうか? ただそれだけが心配だったが、きっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせてその日はゆっくりと眠りについた。
そして、天の誕生日当日。
事件は起きた。
「さーて、中を確認するか」
息子のために有休を取った初人は、プレゼントの中身を確認する。もし取り違えていたら大変な事になるからだ。
後でまた包み直せるよう丁寧にリボンと包装紙を剥がしていく。箱を開けると、そこには確かにあの悪魔のぬいぐるみが入っていた。
「よし、ちゃんと入ってるな」
小さくて可愛らしい悪魔のぬいぐるみ――これにどうして惹かれたのだろう? 初人は思う。触り心地の良さだろうか? それとも可愛さ? 違う、そのどれとも。
「それにしても……出来がいいな」
まるで生きているかのようだった。そのぬいぐるみは。
人から作られた意思を持たぬ無機物であるはずのそれに、何やら息づかいが感じられた。しかし、生きているかのようとは言ってはいるが、それはただのぬいぐるみである。やはり生きてなどいない。
初人だってそれは分かっているはずだ。しかし、彼には本能的にこのぬいぐるみが『まだ完成していない』と思った。
それが何故なのかは彼には分からない。いや、これから分からされることとなるからだった。
「……ん?」
初人は足元に妙な感覚がするのを感じる。ふとそこに目をやると――
そこには、悪魔のぬいぐるみが纏わりついていた。まるで主人を探すかのように。
「な、なんだ、これ」
目を見開きぱくぱくと口を開く。それは驚愕。非現実的な事が起こった事による困惑、そして、纏わりついた箇所から自分の体の感覚がなくなっている事に気付いたからだった。
「や、やめろっ、なんだこれ! 離せ!」
驚いてぬいぐるみを振り解こうとするも、悪魔は必死にしがみついて離してはくれない。それどころか、初人の片足を自分の身体に入れようとしているように見えた。
そして実際に、初人の片足は悪魔のぬいぐるみに沈み込んでいた。
「くそっ、どうなってんだこれっ、うおおっ!?」
もふもふとした綿の感触が足全体に広がったと思うと、その瞬間から脚がズブズブとぬいぐるみの中に侵食されていく!
まるで捕食されているかのように、初人の大きな体躯が小さな悪魔のぬいぐるみの中に入っていく!
「あぁっ!? やめろっ! くそっ、力が入らん!?」
必死にぬいぐるみを引き剥がそうとするが、引きずり込まれた箇所から力が抜けていき抵抗がままならない。いつの間にかぬいぐるみの下半身に、自分の下半身がすっぽりと入る形になっていた。
上半身は中年男性、下半身は悪魔のぬいぐるみ。まるで出来損ないのケンタウロスになったしまったかのような姿だった。
「うああっ! こんなばかなっ!
い、糸がっ、俺の体に巻き付いていく!」
すっぽりと悪魔のぬいぐるみの小さな腕を、手袋のように自らの手に沈み込ませていく初人。勿論それは彼の意志ではなかった。胴体には真っ白な綿が覆うとその上から糸が巻かれていく。まるで新たな身体を形作っているかのように。
そして……
「そんなっ……俺の体がっ……!」
初人の体は、見慣れた顔以外を除いて悪魔のぬいぐるみそのものになってしまっていた。
恐る恐る手を動かすと、小さなぬいぐるみの手がぴこぴこと動き出す。足も同様だった。それどころか綿でできた尻尾も生き物のように動いている。
初人は自分の体がぬいぐるみそのものになってしまったことを自覚した。自覚したとともに愕然とした。
「くそっ! 戻せ! 元に戻せよぉっ!」
初人は小さくなってしまった身体を暴れさせるが、そんなこと何の意味もなかった。ぬいぐるみは、目的のために無慈悲に次の準備を始める。
「元に……うっ!?」
初人の股間に何やら違和感が走ったのを感じた。そう、それは毎日のように起きている生理現象――
「どっ、どうして! ぬいぐるみにチンポがっ!?」
確かにそこにはあったからだ。悪魔のぬいぐるみの陰茎が。先程はなかったはずのものが。しかもそれがピンと天を向いているのだから驚きだった。
「そんな……そんなばかなっ! どうしてこんなの……はうんっ!」
驚愕している時間はないとばかりに初人の陰茎が、小さな包茎ちんちんが疼き出す。初人は情けない声を上げて内股に座り込んでしまった。
「どうしてぬいぐるみのチンポが感じるんだ! どうして……あぐぅっ!!」
突然視界が暗転したかと思うと、今度はやたらと狭くなる。もしやと初人は慌てて小さな身体を動かして鏡の前へと向かう初人。そこには頭も含めて完全に悪魔のぬいぐるみ――いや、ぬいぐるみの悪魔になった初人が立っていた。悪魔の表情は今の初人と同じ、驚愕の表情を浮かべている。
「どうして……」
声も変わりアニメのマスコットキャラクターのようなやたらと甲高い可愛い声へと変化していた。
「ん? なんだ?」
その時、ジジジと電気の流れるような音が初人の頭の中に響く。そしてそれは合図だった。悪魔が初人の体を乗っ取るための。
『オイラ様はキグヌイデビル。ぬいぐるみの星を支配しこの時空を支配する者。お前にはその礎になってもらうぞ? 光栄に思うがよい』
初人の頭の中に声が響く。それはこの体の持ち主、ぬいぐるみの悪魔の本来の魂の。その声を聞いた途端、初人の陰茎がさらにいきり勃ちはじめた!
「おおっ! おおう!」
瞬間、初人は雷に打たれたかのような感覚を味わう。ゴプリという音と共にぬいぐるみの睾丸に何やらドロリとした液体で満たされるのを感じた初人は、それが何で出来ているかを知っていた。
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