第25話「島田くんと父親の3日間」

  [chapter:はじめに]

  本作のアイデアは、2019年に構想した物です。

  映画「2分の1の魔法」やドラマ「エール」の特別編に似た部分がありますが、それらの作品が世に出る前に考案したため、内容の被りは偶然です。

  「エール」の特別編に関しては、ネットニュースでその内容を見た時「まさか私と同じ事を考える人がいるとは…」と驚きました。

  [newpage]

  [chapter:プロローグ]

  「やった!当選したぞ!」

  太った虎の男性が、新聞を見て歓声を上げた。以前に買った宝くじが1等に当選している。

  (これだけの大金があれば旅行もできるし、豪華な食事もできるし、なんでも買えるし…

  いや、もっと違う使い道があるな。賞金のほとんどを使ってしまう事になるが、やるなら今しかない!)

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  ケモノ界、さいたま市の大上区。

  そこに建つケモノ小学校埼玉校には、相撲部がある。部長は6年生の虎、島田 大河くんだ。

  彼は体が大きく力も強い。これまで数多くの相撲大会で優勝した過去を持っている。

  その巨体とは裏腹に動きは俊敏で、自分よりも大きな体格の相手に勝った事もある。

  それでいて性格は優しく、暴力は決して振るわない。

  相撲に対しても詳しく、部員の世話も積極的にする。まさに部長として理想的なケモノだ。

  夏休み中でも、島田くんは相撲の自主稽古をする。自宅用のまわしは持っていないため、普段着だ。

  今日も太陽が照りつける中、庭で四股や股割り、庭木への鉄砲などに励んだ。

  「大河、今日もよく頑張ってるねえ。冷たいお茶持ってきたよ。」

  「母ちゃん、ありがとう!」

  母親の島田 虎子も、息子よりは細身だが虎としては太っている。

  彼女も力が強く、大上小学校で女子相撲部の顧問を担当している。

  島田くんは休憩時間に入った。縁側でお茶を飲み、うちわで体を扇ぐ。

  「今日は8月26日。あと1週間ぐらいで2学期だから、またみんなと一緒に取り組みできるな。」

  横に座る母親も言った。

  「大河は本当に熱心だね。父ちゃんが今の大河を見たら、きっと喜ぶよ…」

  「うん。一度でいいからまた父ちゃんと話したいな。まあ無理な話だけど…」

  部屋の中には、父親の写真が飾られている。島田くんや母親と同様に太っており、元気な笑いを浮かべている。

  かつての島田くんは、常に父親と一緒だった。

  しかし、その父親はもういない。それはなぜか…

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  [chapter:島田くんと父親]

  父親の島田 虎助は相撲を好み、テレビの相撲中継も欠かさず見ていた。

  幼稚園時代の島田くんも父親と共にそれを見るうち、次第に相撲が好きになっていった。

  「父ちゃん、ぼくは大きくなったらお相撲さんになるんだ!」

  「それはいいな。大河はぽっちゃりしてるから、父ちゃんみたいにもっと体を大きくすればなれるさ。」

  父親は微笑み、太鼓腹を叩いて笑った。

  町内に相撲教室がある事を知ると、早速会員になった。

  幼稚園児の会員はどれも自分と同じような体型だが、島田くんはその中で一番強かった。

  園児相撲大会に出場し、優勝した事もある。

  2011年4月、島田くんはケモノ小学校埼玉校に入学した。ここには相撲部があり、4年生から入部する事ができる。

  「ぼく、4年生になったら絶対相撲部に入るんだ!そうなったら部長になって、大会で優勝してみせる!」

  島田くんは入学直後から、相撲部への入部を夢見ていた。

  「その気持ちがあれば十分だ。今から頑張ろう!」

  「大河はきっと、立派なお相撲さんになれるよ!今だって強いけど、もっと強くなれるさ!」

  両親はその夢を応援した。

  それからも相撲教室や自宅で稽古を重ね、1年が経った。

  2012年4月。2年生に進級した島田くんは、力士らしい体型になった。力も相変わらず教室では一番。いくつかの大会で優勝も収めた。

  「大河、夢まであと2年だな。」

  「また一歩近づいたぜ。それまで頑張ろうな、父ちゃん!」

  「『それまで』じゃない。『それからも』だ。相撲部に入る事は始まりに過ぎない。部長になるには、それからも努力が必要だ!

  父ちゃんはこれからも大河をサポートしていくぞ。一緒に頑張ろう!」

  「おう、父ちゃん!」

  この1年で口調も変化した島田くん。彼は改めて、父親と夢に向かって突き進む事を誓った。

  [newpage]

  しかし、それは突然訪れた。

  5月半ばのある夕方。下校した島田くんは、その日も自主稽古に励んでいた。

  そこへ母親が駆けつけた。

  「か、母ちゃん、どうしたんだ!?」

  「今電話があったんだけど、父ちゃんが仕事中に突然倒れて、病院に運ばれたんだよ!」

  「ええっ、父ちゃんが!? どうか無事でいてくれ…俺の夢はまだ叶ってないんだから…」

  島田くんは無事を祈り、母親と共にタクシーで病院に向かった。

  その想いも虚しく、病院に到着すると父親は既に息絶えていた。死因は急性の心臓病だった。

  「ああ、そんな…父ちゃーん!」

  「あんた…信じられない…」

  「父ちゃん、目を開けてくれ!また一緒に相撲の稽古をしてくれ!」

  「もっと一緒にいられると思ったのに…どうしてこんな…」

  島田くんと母親は、父親の死を受け入れる事ができなかった。

  もしかしたら奇跡が起こって生き返らないか…そう考えたが、そのような事が起こるはずがない。

  葬儀が執り行われ、数日後。

  母親は現実を受け入れて元気を取り戻しつつあったが、島田くんは元気を失ったままで、1日の大部分は部屋に閉じこもっていた。

  「俺は信じない…父ちゃんはまだ生きてるんだ…父ちゃんが戻ってくるまで、俺はもう学校には行かないからな…」

  「大河、悲しいのは母ちゃんも同じだよ。でも父ちゃんはもう戻らないんだよ。」

  「いいや、父ちゃんは絶対に戻ってくる…戻ってきたら教えてくれ…」

  島田くんは不登校になり、必要な時以外は自室から出なかった。毎日父親の写真を見て泣いたため、常に目が真っ赤だった。

  不登校が2週間も続いた時、母親は島田くんに話した。

  「そんなに悲しんでばっかりいる大河を見ると、母ちゃんも悲しくなるよ。きっと天国の父ちゃんだって悲しいだろう。

  大河、父ちゃんが言ってたように、相撲に向かって突き進むんだ!」

  「父ちゃんはずっと俺を見てるのか…」

  「きっとね。さあ、もう元気を出して昔の大河に戻りな。」

  「そうだな、母ちゃん。いつまでも悲しむのは良くないな…」

  その日から島田くんは徐々に元気を取り戻し、再び明るい子に戻った。

  登校や相撲の稽古も再開し、4年生になると夢だった相撲部に入部。部内最強を誇り、大会では優勝を重ねた。

  2016年4月、6年生の島田くんは部長になった。かつての夢を叶えた瞬間だった。

  「父ちゃん、俺は夢を叶えたよ…でもまだまだ頑張るぞ。」

  彼はその日、父親の写真に語りかけた。

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  2017年からケモノ界では誰も成長する事がなくなったため、島田くんは6年間も部長を続けている。

  彼の部屋には現在、相撲大会に参加した時の写真が何枚も飾られている。

  ほとんどの大会で優勝したため、埼玉各地の相撲部では「天才相撲小学生」として名が知れ渡っているほどだ。

  しかし、島田くんは時に寂しさを覚える。それは誰かが、父親について話す所を聞いた時だ。

  ある日の相撲部でも、シマリスの栗田 永雄くんとキタキツネの稲荷山 紺助くん(共に4年生で、親友同士)が取り組みの合間に話していた。

  「ぼく、この前お父さんとゲームセンターに行ったんだ。シューティングゲームでお父さんに勝ったよ!」

  「すごいね、栗田くん!ぼくもお父さんが帰ってきたらやろうかな…」

  それを聞いて、島田くんは考える。

  (栗田とか他のみんなには父ちゃんがいていいよな…俺の父ちゃんが生きてたら、一緒にゲームとか相撲ができたのかな…

  稲荷山の父ちゃんは単身赴任してるけど、時々は帰ってくるんだっけな。俺の父ちゃんもたまには帰ってくればいいのにな…)

  そう思っても、それを顔には出さない。相撲部の部長が周囲を暗い気分にしてはならないと考えているからだ。

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  お茶を飲み終わった島田くんは、稽古を終わらせて部屋に戻った。

  「父ちゃん、今日も頑張ったよ!」

  笑顔を見せ、壁の写真に語りかける。これも日課となっていた。

  島田くんは寝る前にも、父親の写真に語りかける。

  「俺と母ちゃんは今日も元気に過ごせた。明日も元気でいられるだろう。だから安心しろよな、父ちゃん。」

  日課の言葉を言うと、ベッドに入った。

  夜は静かに更けていった。

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  「お待たせしました。準備完了です。」

  「ああ、ついにこの時が来た!みんな、待ってろよ!」

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  [chapter:奇跡が起こった!?]

  翌日。朝食を済ませた島田くんと母親が後片付けをしていると、インターフォンが鳴った。

  応対に行った母親は、しばらくして驚きの声を上げた。

  「ええっ、本当に!? た、た、大河!ちょっと来てごらん!」

  島田くんもモニターを見て、非常に驚いた。

  「こんな事があるなんて…!」

  そこには写真で見慣れた太った虎──つまり、亡くなったはずの父親が立っていた。

  「父ちゃん!ああ、生きてたのか!」

  喜んでドアを開けると、父親は太った体を揺すりながら入ってきた。

  「ただいま。ああ、生でみんなを見るのは久々だなあ!

  大河はずいぶん大きくなったし、母ちゃんも元気そうで何よりだ!」

  「父ちゃん、お帰り!脚があるから幽霊じゃないよな!」

  「そうだよ、まずは今までどうしてたか教えてくれよ!」

  「ああ。これから話すよ。」

  居間のソファーに座ると、父親は話し始めた。

  「期待を裏切るようで悪いが、父ちゃんはもう死んでるんだ。今はあの世で暮らしてる。」

  「なんだ、生き返ったわけじゃないのか…」

  「そうだ。お盆の時期には戻れるけど、残念ながらこの世のケモノに存在は感じられない。

  でも、この世のケモノに姿を見えるようにする方法もある。それは役所で仮の体を作ってもらう事だ。

  しかし、仮の体が使えるのはたったの3日で、作るにはものすごく高いお金が必要なんだ。だからこれができるケモノは、そんなにいない。

  でも父ちゃんはあの世で宝くじに当たったから、前からの夢だった『この世に戻って生で家族に会う事』ができたんだ。

  今朝の6時ちょうどに戻ってきたから、ここにいられる期限は30日の朝6時まで。いっぱい思い出作ろうな!」

  「おう、父ちゃん!夏休み最後の思い出作りだ!宿題はもう終わってるから、いっぱい遊べるぞ!」

  「あんた、楽しい事いっぱいしようね!」

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  [chapter:あの世はどんな場所?]

  事情が理解できたため、島田くんは次の質問をした。

  「それで父ちゃん、あの世はどんな場所なんだ?俺、前から気になってたんだよ。

  小さかった頃は雲の上に天国があると思ってたけど、水蒸気の上に物が乗るはずがない。だったらどこに住んでるんだ?」

  「あたしも気になるよ。教えてくれないかい?」

  「せっかくだから教えてあげよう。あの世はこの世と別の世界にあるんだ。

  そこには、こっちと同じような世界が広がってるんだよ。父ちゃんはごく普通の住宅街に住んでる。」

  「へえ、そんな場所なのか…」

  「意外と普通だね。」

  「ただし、決定的に違う点がある。あの世の住民になる際には、家族や親戚の様子が見られるモニターを渡されるんだ。

  父ちゃんはそれを使って、母ちゃんや大河、親戚たちをずっと見てきたんだよ。」

  「ずっと見てたのか!? じゃあ俺が相撲大会で優勝した瞬間や、部長になった事も知ってるんだな!」

  「ああ、もちろん。偉いぞ大河!」

  「あたしが女子相撲部の顧問やってる所も見てた?」

  「もちろん。かっこ良かったぞ!」

  「でも待てよ。ずっと見てたって事は、俺がトイレや風呂に入ってる所も見られてたのか!?」

  「いや大河、さすがにそれはないよ。だから安心してくれ。」

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  [chapter:父親との生活]

  話が一段落したため、母親は家事を始めた。島田くんは父親と共に自室へ。

  「これが相撲部の集合写真。俺が部長になった2016年だ。

  でも次の年から誰も成長しなくなったから、もう何年もこのメンバーで続けているんだ。」

  「それについて飽きないのか?」

  「初めのうちは新入りが来なくて寂しかったけど、もう慣れたな。今では後輩たちも俺の弟みたいなもんさ。

  みんなで準備運動をする時、後輩たちの取り組みを眺める時、月に2回のちゃんこ鍋を囲んでいる時…あいつらと一緒にいるだけで楽しいし、心が落ち着くぜ。」

  「大河、お前の夢が叶った事が改めてわかったよ。父ちゃんはすごく嬉しいよ…」

  父親は感動の涙を流し、島田くんを抱きしめた。

  「うっ、父ちゃん、力が強すぎるって!」

  「ああ、悪いな。ちょっと手加減しなきゃ。」

  「でもいいさ。父ちゃんが生きていた頃も、こんなやり取りが何度もあったっけ。俺は懐かしい気分になれたよ。」

  父親は部屋を出て、母親の所に向かった。

  「母ちゃんとも話したい事があるみたいだな。2頭だけにさせてあげよう。」

  数時間後、昼食が始まった。メニューはチキンステーキだ。

  「やっぱみんなで食べるとうまいな!こんな気持ちは久々だよ。」

  「俺も久々だぜ。父ちゃんと一緒にまた食事ができるなんてな!」

  「あんたの好物だから、いっぱい食うんだよ!」

  島田一家は、食事中に過去の思い出や近況を語り合った。約9年ぶりに会うため、会話のネタは尽きない。

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  昼食が済んでしばらくすると、父親が言った。

  「大河、父ちゃんはしばらくぶりにこの近所を散歩してみたいな。町がどのように変わったか、改めて説明して欲しいんだ。

  それにお盆の時期は戻れる場所が家族や親戚の元に限られてるから、どう変わったか気になる場所も多くてな。」

  「もちろんだぜ!一度こんな風に父ちゃんと散歩してみたかったんだ!」

  「じゃああたしも行っていい?」

  「いや、今は父ちゃんと2頭にしてくれ。親子水入らずがいいからな。」

  「そうだね。行ってらっしゃい。」

  「行ってくるぜ!」

  「でも大河、もし友達に会っちゃったらどうするんだい?死んだはずの父ちゃんがいるなんてわかったら騒ぎになるんじゃ…」

  「もし友達に何か聞かれたら、『遠い親戚が来てる』って答えるよ。」

  島田くんと父親は家を出て、住宅街を歩いていた。

  「いやあ、懐かしい景色だ…大体は昔のままだけど、新しい家も数軒あるんだな。」

  「そう。この辺も変わってきてるんだ。」

  「次は駅の方にも行ってみたいな。あれからさらに発展してるだろう。」

  「よし父ちゃん、行こう!」

  住宅街から10分ほど歩けば、大上駅の東口に出る。埼玉一のターミナル駅であり、近所には高層ビルや娯楽施設が多い。

  「おお、前はなかったビルが建ってるな。それにあのお城はなんだ?」

  「あれはフード・キャッスル。世界各地の料理が揃った食べ放題レストランだ。

  母ちゃんとたまに行ってる。どの料理もすごくうまいんだぜ!」

  「それはいいな!父ちゃんも行きたいぜ。」

  「ああ、父ちゃんがいる間にみんなで行こう!」

  その後も様々な場所を紹介した。幸い、友達とは会わなかった。

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  [chapter:楽しい夜の時間]

  夕方になると、母親の提案でバーベキューをする事になった。

  早速家族でスーパーマーケットに行き、材料を買い込む。

  「肉、野菜、魚…いっぱい買うぞ!」

  「あんたの好きな物、いっぱい買うからね。」

  「たくさん食って、たくさん飲んで、思い出作りだ!」

  大量の食材を買って帰宅すると、庭にコンロを用意してバーベキューがスタート。

  「たまに母ちゃんとバーベキューするけど、やっぱり父ちゃんもいた方が楽しいぜ!」

  「さあ、いっぱい焼いていっぱい食うぞ!」

  「それでは、いただきまーす!」

  島田一家は、様々な食材を焼いて食べた。

  鶏肉、ワニ肉、蛙肉はもちろん、カボチャやキャロット、玉ねぎなどの野菜、エビやイカ、ホタテなどの魚介類…

  好物が並ぶと気持ちが高ぶり、会話も弾む。

  冷凍の肉団子や餃子、焼きおにぎりも温め、最後は焼きマシュマロとパンケーキで締めた。父親は缶ビールを3本も飲んだ。

  空が暗くなる頃には、食材はすっかり食べつくされていた。

  島田一家は夜風に吹かれながら、満腹の幸せに浸っていた。ビールで酔いが回った父親はさらに良い気分になっている。

  「ああ、こんなに食ったのは久々だぜ…ゲエ~ップ!」

  「うまい物を食いながら楽しく会話するなんて、最高の幸せだねえ!」

  「父ちゃん、ずいぶん食ったなあ!」

  「俺の好物ばかりだから、ついつい食い過ぎちまったぜ…ヒック!」

  「飲み過ぎちまったのかい。あんたは昔もよく虎になってたね…」

  「あん?俺が虎なのは生まれつきだぞ!」

  それを聞いて、島田くんと母親は笑った。

  お腹が落ち着くと、風呂の時間。もちろん島田くんは父親と入浴した。

  「父ちゃん、背中を洗おうか?」

  「嬉しいねえ。ぜひやってくれ。」

  「俺、またこんな事してみたかったんだ…次は出べそも洗おうか?」

  「ありがとう、気が利くね。父ちゃんは自分じゃ触れない場所なんだよ。」

  就寝時間。普段の島田くんはベッドで寝るが、今日は父親と布団に入った。

  「父ちゃん、明日はどうする?」

  「そうだな、実家にでも顔を出そうかな…」

  「せっかくのチャンスだからな。じゃあ父ちゃん、おやすみ。」

  「ああ、おやすみ。」

  [newpage]

  [chapter:実家を訪問]

  翌朝、島田くんは父親の隣で目覚めた。

  「おはよう、父ちゃん。」

  「ああ、おはよう大河。」

  「こうやって挨拶するのも久々だぜ…

  さあ、母ちゃんが朝飯作ってるぜ!早く起きよう!」

  朝食が終わると、父親は電話の所に向かった。

  「どこにかけるんだ?」

  「実家だよ。訪問しても大丈夫か聞こうと思ってな。」

  「ちょっと待てよ、いきなり父ちゃんが電話したら怪しまれるぞ!

  だから俺が先に出て、事情を説明する。それならたぶん安心だ。」

  「そうだな、大河。」

  電話をかけると、父方の祖父が出た。

  「はい、島田です。」

  「じいちゃん、おはよう。大河だぜ。」

  「ああ大河、おはよう。何の用じゃ?」

  「なあ、じいちゃん。亡くなったケモノが帰ってくる事はあると思うか?」

  「ああ。わしらには見えんが、お盆の時期には魂が帰ってくるじゃろう。」

  「やっぱり普通はそうだよな。でもこっちには見える状態で帰ってきたんだぜ。父ちゃんがな。」

  「父ちゃん…って、虎助が!?」

  「ああ。今代わるぞ。」

  島田くんは父親と交代した。

  「虎助だぜ!久々だな父ちゃん!」

  「おお、その声は間違いなく虎助じゃ!帰ったか!」

  「ああ、短期間だけど帰ったぜ!それで今日、そっちに予定はないのか?」

  「今日は特にないから行っても大丈夫じゃ。わしらも歓迎するぞ。

  しかし、なぜ今頃帰ってきたんじゃ?もうお盆は終わったのに…」

  「それについてはそっちで説明する。それじゃ、2時間後ぐらいに大河と行くからな。」

  島田くんは父親と共に家を出て、大上駅に向かう。

  「父ちゃん、お金持ってるのか?」

  「仮の体を作ってもらう時に、あの世のお金をこの世の物と換金できるんだ。だから安心してくれ。」

  [newpage]

  電車で1時間ほど走り、父親の実家に到着。島田くんが先に入った。

  「じいちゃん、ばあちゃん、こんにちは!」

  父親ほどではないが太った祖父と、細身の祖母が出迎えてくれた。

  「おお、大河。虎助はどこなんじゃ?」

  「父ちゃん、入っていいぜ!」

  その合図で父親も家に入った。

  「父ちゃん、母ちゃん、ただいま!」

  「おお、虎助!あの時とまったく変わってないのう!」

  「本当に久々ね!またこうして動いている所が見られるなんて!」

  祖父母は嬉し涙を流し、父親に抱きついた。それを見ている島田くんも自然と涙が出た。

  (ああ、父ちゃん…じいちゃんとばあちゃんも良かったな…)

  それから父親は居間に入り、祖父母と語り合った。

  「ほう、そんな理由で戻ってきたのか。」

  「それに、あの世も結構いい所なのね!私たちはまだまだ生きてるでしょうけど、死ぬのがあまり怖くなくなったわ。」

  楽しそうに語り合う3頭。島田くんは空気を読み、居間を離れた。

  祖父母は父親と様々な事を話し、楽しい時を過ごした。島田くんは昼食とおやつの時間以外、祖父母の前には顔を出さなかった。

  夕暮れが近づいた時、父親が言った。

  「そろそろ家に帰らないとな。」

  「そうか、もう帰る時間か…時間の流れは早い物じゃな…」

  「あっという間だったわね。たくさん話せて良かったわ。

  もう、動いてる虎助が見られるのはこれが最後なのね…」

  「そうじゃな。次にわしらが虎助に会えるのは、あの世じゃろう…」

  「俺も久々に父ちゃんと母ちゃんに生で会えて、嬉しかった。今日の事はいつまでも忘れないさ。」

  父親は再び、祖父母と握手やハグを交わした。

  「ありがとう。いっぱい話せて楽しかったぜ。」

  「わしらも楽しかったぞ。そう言えば大河はなぜあまり姿を見せなかったんじゃ?」

  戻ってきた島田くんが説明した。

  「じいちゃんとばあちゃんが、父ちゃんとゆっくり話せるようにさ。

  俺はまたじいちゃんとばあちゃんに会えるけど、父ちゃんは今日しか会えない。だからその時間を有意義に使わせてあげようと思ったんだぜ。」

  「なんと感心な…さすがはわしの孫じゃ!」

  「本当に気配りができる子ね!私も嬉しいわ!」

  祖父母と別れ、電車で夕暮れの大上区へ。2頭は町を歩きながら話していた。

  「なあ父ちゃん、今日はどうだった?」

  「最高に楽しい日だった…懐かしい事ばかりだったぜ。

  昔と全く変わらない実家の匂い。今でも元気な父ちゃんや母ちゃん。あれは生でしか味わえない物だ。」

  夕食の時間、島田くんと父親は今日の出来事を母親に説明した。

  「まあ、そうだったのかい。それはいい事したねえ。」

  嬉しそうに微笑む母親。その後も昨日と同じように夜の時間が過ぎていった。

  [newpage]

  [chapter:父親と稽古]

  あっという間に父親と過ごす最後の日が来た。

  島田くんが目覚めると、隣に寝ていたはずの父親が見えない。

  「と、父ちゃん!? もう帰っちゃったのか!? まだ1日残ってるはずなのに…」

  慌てていると、父親が入ってきた。

  「おはよう、大河。」

  「良かった、まだいたよ。父ちゃん、先に起きてたのか?」

  「今起きた所だ。昨日は大河が寝静まった後、母ちゃんと一緒に寝たんだよ。まあ母ちゃんはなかなか寝かせてくれなかったけどな…」

  島田くんは何が起きたか察したが、黙っておいた。

  (これを逃せばもう当分できない事だっただろうから、口出しはしないでおこう。)

  朝食後。

  「なあ父ちゃん、今日は相撲の稽古に付き合ってくれないか?」

  「おう、もちろんだぜ大河!」

  庭に出た島田くんは、四股や股割り、鉄砲を父親の前で披露した。

  「さすが部長だ!あの時と比べて、ずいぶんと様になってるな。

  いつもモニターで見ていたが、やっぱり生で見ると違うなあ…」

  「だろ、父ちゃん?」

  しばらく休んでから、父親を相手にぶつかり稽古をした。

  全力でぶつかってくる息子の迫力に、父親は成長を実感した。これもモニターではわからない事だ。

  「ああ、すごいパワーだ。さすが大河、ずいぶん強くなったな。」

  その後も1時間ほど稽古が続いた。

  稽古を終えた2頭は縁側に座り、母親が用意したお茶を飲んでいる。

  「お疲れ。大河の相撲を生で見て、改めて強さを実感したよ。」

  「俺もこの姿を父ちゃんに見てもらえて嬉しいぜ。これでまた1つ夢が叶った。」

  [newpage]

  [chapter:家族で外出]

  昼食が終わってしばらくすると、父親が質問した。

  「大河、他にしたい事はあるか?」

  「そうだな、家族みんなで大上駅周辺で遊んで、フード・キャッスルで夕食にしたいぜ!」

  母親も賛同した。

  「それはいい!今日が父ちゃんと過ごす最後の日なんだから、家族全員で最高の思い出を作らないとね!」

  島田一家は家を出て、大上駅へ向かった。

  「家族全員で出かけるなんて、本当に久々だぜ…」

  「本当だよ。このメンバーでお出かけがまたできて嬉しいねえ。」

  「大河、行きたい場所を言ってくれ。」

  「カラオケにゲームセンター、ウルフデパート、フード・キャッスル。この4つだ。」

  「よし、了解!今日は夜まで楽しむぞ!」

  住宅街を歩いていると、栗田くんとその両親に出会った。

  「あっ、栗田じゃないか!」

  「やあ、島田くん!」

  「栗田は家族でどこ行くんだ?」

  「大上駅の周辺さ。ゲームセンターとかカラオケとか…」

  「俺と同じじゃないか!せっかくだから一緒に行こう!」

  「ちょっと聞いてみるね。

  ねえお父さん、お母さん、島田くんの家族も一緒でいいかな?」

  「もちろんいいよ。永雄の先輩だからな。」

  「わーい、ありがとう!

  ところで島田くん、そこにいるおじさんは誰なの?お父さんかと思ったけど、君のお父さんは確か…」

  島田くんは考えた。栗田くんになら真実を話しても大丈夫だろう。

  「栗田、特別に教えるぜ。こいつは俺の父ちゃんだ。」

  「ええっ!? じゃあ幽霊!?」

  「まあ落ち着け。事情を話すから。」

  駅に向かいながら、島田くんは栗田一家に事情を説明した。

  「ありがとう。あの世ってそんな場所なんだね。」

  「そうなんだ。でも騒ぎになるから、他のみんなには内緒だぜ。」

  「もちろん。ぼくは誰にも話さないよ。

  島田くんのお父さんがいるとわかった時は驚いたけど、もう怖くないよ。元気なお父さんだからね。」

  「俺も最初は驚いたけど、すぐに慣れた。あの時と変わらない父ちゃんだからな。」

  栗田くんの両親も、不思議そうに話し合っている。

  「あんな不思議な事が、本当にあったんだな…」

  「ええ…でもあの世もそう悪くないみたいね。」

  [newpage]

  [chapter:家族で遊ぼう!]

  その後も会話を楽しむうち、大上駅の東口に到着した。

  「よし父ちゃん、まずはカラオケだ!」

  「ぼくたちも行こう!」

  「2組、6名です。」

  「かしこまりました。こちらへどうぞ。」

  2組の家族はカラオケボックス「ビッグネコー」へ。島田くんと栗田くんはアニメソングやヒットソング、親たちは一昔前のドラマ主題歌や歌謡曲を歌って楽しんだ。

  「大河、父ちゃんもそのアニメ好きだぞ。」

  「今年から始まったのに、知ってるのか?」

  「ああ。あの世でもこの世と同じテレビが見られるんだ。大河が見ている事をモニターで知って、父ちゃんも見るようになった。

  でもあの世にしかないチャンネルもあるんだぞ。もう亡くなった俳優や歌手はそこに出ているんだ。」

  カラオケの次は、ゲームセンター「タイガーステーション」へ。栗田一家と島田一家は別行動をした。

  島田くんは父親と共に音楽ゲームや釣りゲーム、レースゲームなどを楽しんだ。

  「父ちゃんとゲーム、一度やってみたかったんだ!」

  「ゲームは楽しいな、大河!まだまだ遊ぶぞ!」

  栗田くんも父親とゲームに興じていた。母親たちはそこまで興味がないため、ベンチに座り、世間話で盛り上がっている。

  30分ほど遊び、ゲームセンターを出た。

  「あー、楽しかった!今日はいっぱい遊べたね!」

  「いやあ、父ちゃんは意外とゲームが強いんだなあ…」

  会話を楽しみながら駅を通り抜け、高層ビルがそびえ立つ西口へ。次の目的地はウルフデパートだ。

  行く売り場を決めてから、エレベーターへ。母親たちは5階、栗田くんの父親は6階の服売り場で降りた。

  島田くんと父親、栗田くんは8階の書店へ。子供たちは漫画コーナーへ行き、父親は雑誌を立ち読みした。

  (あの雑誌、まだ刊行が続いていたか。おっ、新コーナーが増えてるぞ!)

  30分ほどした時、島田くんの母親と栗田くんの両親が現れた。全員服などを買ったようだ。

  島田くんと栗田くんも目的の漫画を買って店を出たため、また2組の家族が揃った。

  「さあ、次はどこへ行く?」

  「そろそろ夕方だし、夕食にしたいな。」

  [newpage]

  [chapter:未来を見るヤギ]

  その時、栗田くんの母親が言った。

  「ちょっと待って、占いコーナーに寄ってみない?お母さん前から気になってたのよ。」

  「どうする、島田くん?」

  「面白そうだから、たまにはやってみるか!」

  一行は、8階の隅にある占いコーナーへ向かった。

  そこにはヤギの女性が座っていた。彼女が占い師だ。

  「あら、この占い師はテレビで見た事があるわ。よく当たると評判らしいのよ。」

  「へえ、そうなんだ!」

  「それじゃ、みんなで占ってみるか!」

  「占いなんて初めてだねえ!」

  料金を払うと、ヤギの占い師は口を開いた。

  「私が得意とするのは、1年以内の未来を見る能力。あなたたちの未来を占いましょう。

  それでは、このカードに名前と誕生日を書いてください。」

  全員が言われた通りにすると、占いが始まった。まずは島田一家だ。

  「島田 虎助さん。あなたは今後も平穏無事に暮らせます。ただし心の方は平穏ではない可能性があります。

  残り2頭は春が来るまで普段通りに暮らせますが、その後不幸に巻き込まれます。」

  続いて栗田一家。

  「栗田 永雄くん。あなたはとてもラッキーです。誕生日の直後に大きなトラブルが起こりますが、それさえ乗り越えればずっと幸せが続きます。

  残り2匹も幸せに暮らせますが、それは春が来るまで。その後は不幸に巻き込まれます。」

  不幸を宣告された4頭は驚き、占い師に詰め寄った。

  「春が来たら不幸になるだって!?」

  「それはどういう事なんだい!?」

  「いったい春に何が起きるんだ?」

  「もっと詳しく教えてちょうだい!」

  占い師は冷静に答えた。

  「大変申し訳ございませんが、これ以上はお伝えできません。」

  一行は釈然としないまま占いコーナーを出た。

  「とりあえずぼくは幸せになれるみたいだけど、お父さんとお母さんは不幸になるってどういう事だろうね?

  ぼくの誕生日は3月26日。その直後に何かが起きるのかな…」

  「俺と母ちゃんは不幸になって、父ちゃんだけ普通に暮らせるのか?」

  「春に何が起きるのかしら…」

  不安そうに話していると、ヒグマとパンダの中年男性が話しながら通りかかった。

  「あのヤギ占い師、最近おかしいんだってな。誰を占っても『春が来ると不幸になる』しか言わないらしいぞ。」

  「俺もその話を聞いた。数ヶ月前まではよく当たったそうだけど、どうしたんだろうな?」

  それを聞いて、島田くんは言った。

  「どうやらインチキ占い師だったようだな。きっと注目して欲しいから、そんなでたらめを言ってるんだろう。」

  不幸を宣告された残り3頭も、次々に言った。

  「迷惑だねえ…よく当たると評判だったのに、それを地に落とすような事を言うなんて。」

  「悔しいが、そう考えた方がいいですね。占いの結果など気にしすぎない方がいいですから。」

  「でもお金がもったいなかったわね…まあどんな場所かわかったから、もういいわ。

  さあ、夕食にしましょう。今夜はフード・キャッスルよ!」

  「わーい!みんなでいっぱい食べるぞ!」

  それからウルフデパートを出て、東口のフード・キャッスルに向かった。

  空腹の一行は心を踊らせていたが、島田くんの父親は占いについて考え続けた。

  (平穏無事だが心は平穏ではない…いったいどういう事だ?)

  栗田くんも考え続けていた。

  (ぼくは不幸になるとは言われていない。あの占いは正しいのかも?そうだとしたら春に何が起きるんだろう…

  いや、大丈夫だ!今年の誕生日直後に異世界タイムマシンで1年後に行ったけど、ぼくの生活は何も変わっていなかった。つまりあの占いはでたらめだったんだ!)

  [newpage]

  [chapter:夕食は楽しく!]

  フード・キャッスルの前には、そこそこ長い列ができている。

  「大河、いつもこんなに並んでるのか?」

  「今日は短い方かな。いつもはもっと長いぜ。」

  一行は列に並び、会話を楽しんで時間をつぶした。

  30分ほど並び、店内へ。島田くんの父親は初めて見る店内に感動し通しだ。

  「これはすごい!どう見ても本物の城じゃないか!」

  初めに通る場所は、様々な種族用の鎧が並ぶ廊下。

  角を曲がってドアを通ると、立派な大広間が広がっている。ここが食事スペースだ。

  「おお、まるでヨーロッパに来たようだ…こんなすごい店ができたんだな!」

  料理は別の部屋に並んでおり、和食・洋食・中華・エスニックの4エリアに分かれている。品目も非常に多く、よほどの大食いでなければ10回訪れても全種類は食べられないだろう。

  「どれもうまそうじゃないか!たくさん食ってやるぞ!」

  「父ちゃん、その意気だ!」

  父親と食べる最後の食事は、にぎやかな物となった。

  家族2組で会話を楽しみながら、世界各地の料理を食べる。

  食事と会話が弾んで楽しい気分になり、占いの結果も自然と忘れていった。

  栗田一家も、島田くんの父親が亡くなっている事を忘れかけていた。以前から生きていたかのようになじんでいるからだ。

  「この時間がずっと続けばいいな。友達や家族、そして父ちゃんと一緒に楽しく会話しながらうまい物をたらふく食うなんて、幸せな事この上ないぜ。」

  「父ちゃんも同じさ。1頭だけで食事もいいけど、やはり大勢で食べた方が楽しいな。」

  2時間後、一行はフード・キャッスルを出た。全員お腹を大きく膨らませている。

  「ウップ、こんなに食ったのは久々だ…」

  「父ちゃん、腹パンパンだな!妊娠してるみたいだぜ!」

  「おうよ!7つ子が入ってるんだぞ!」

  「じゃあ俺は3つ子だな!」

  「ぼくは双子かな?」

  他愛ない冗談で笑いながら町を抜け、それぞれの家に帰った。

  [newpage]

  [chapter:最後の夜]

  帰宅した島田一家は食休みをしていたが、しばらくして母親が口を開いた。

  「父ちゃんと一緒にいられるのも残りわずかだね。今のうちにみんなで写真を撮ろうじゃないか。」

  「そうだな、母ちゃん。写真に残せばいつでもこの時を思い出せるな。」

  母親はスマートフォンで集合写真を撮った。

  「うん、いい写真だよ!」

  写真には、島田一家が満面の笑みで写っていた。

  「良かった、ちゃんと父ちゃんも写ってるな。」

  「そりゃ写るさ。仮とは言えちゃんとした体があるからな。」

  入浴が終わり、就寝時刻になった。

  その前に、父親は島田くんと母親に話した。

  「知ってると思うが、父ちゃんはあと12時間もしないうちにあの世へ帰る。だから1つお願いがあるんだ。

  父ちゃんの姿と、この3日間の出来事は絶対に忘れないで欲しい。父ちゃんも忘れないようにするからな。」

  「うん、もちろんだぜ。あっという間だったけど、楽しい事ばかりの3日間だった。

  この出来事は、俺の一生で一番の思い出になると思うぜ。何しろ普通のケモノじゃ体験できない事だからな。」

  「ハハハ、大きく出たなあ。大河はまだまだこれからもいろんな事を経験するだろう。

  だが、そう言ってくれるととても嬉しいよ。やはり戻ってきた甲斐があった!」

  「私も久々にあんたと会えて、本当に良かったよ。

  また一緒に食事できたり、外出できたり、あんな事やこんな事も…もう忘れられないさ!」

  島田くんと母親は、父親に抱きついた。

  太った虎が3頭で抱き合う様子は暑苦しい光景だが、島田一家は全く気にならなかった。

  「父ちゃん、大好きだぜ…」

  「あんた、愛してるよ…」

  「愛する妻と息子よ、俺は今とても幸せだ…」

  島田一家は5分ほど抱き合い続けた。非常に幸せな瞬間だった。

  今日は特別に、家族全員の布団が1つの部屋に敷かれている。

  「大河、虎子、おやすみ。」

  「おやすみ、あなた。」

  「おやすみ、父ちゃん。」

  全員が挨拶をして、眠りについた。

  [newpage]

  [chapter:あの世に戻る時]

  翌朝5時頃、父親だけが目覚めた。

  (やはり大切な用のある時は早起きしてしまうもんだな。あと1時間で帰らなければならない。最後に何かを残さなければ。)

  布団を出て2階に上がり、かつて使用していた部屋に入ると、机に向かって作業を始めた。

  それが終わると、服を着替えて部屋でくつろいだ。

  (もうこの部屋に入る事もないだろう…)

  5時50分、もう一度寝室へ。島田くんと母親はまだ眠っていた。

  (本当は起こしてもう一度別れの挨拶をしたいが、眠りを妨げるわけにはいかない。惜しいが、これが最後か…)

  父親は2頭の顔をじっくりと眺め、小声で言った。

  「大河、虎子…さよなら。」

  父親は庭に出た。朝日が優しく差し込んでいる。

  (ああ、気持ちのいい晴れだ…)

  くつろいだ気分になっていると、持っていたスマートフォンにショートメッセージが入った。

  島田 虎助さん、まもなくあの世に戻る時間です。

  6時ちょうど、あなたの前にワープゲートを用意します。ワープゲートの存在を確認したら、速やかにお入りください。

  父親は残された時間で、周囲の景色を心に焼きつけた。

  朝焼けの空、自宅の外観、庭の空気…あの世に戻った後もモニターでは見られるが、その場の空気は生でしか味わえない。

  6時ちょうど、ワープゲートが現れた。父親はもう一度景色を目に焼きつけてから、ゲートをくぐった。

  「みんな、ありがとう…」

  同時に、ゲートは消滅した。

  [newpage]

  [chapter:いつまでも心は1つ]

  約1時間後、島田くんと母親が目覚めた。

  「おはよう、父ちゃん…あ、そうか。もういないんだったな…」

  「また2頭だけの生活に戻ったんだね。」

  「もうこの生活にも慣れてるはずだけど、なんだか寂しいな…」

  母親が朝食の用意をするためテーブルに向かうと、そこに何かが置かれていた。

  「大河!ちょっと来てごらん!父ちゃんからの置き手紙だよ!」

  島田くんも来て、一緒に手紙を読んだ。

  大河と虎子へ

  この3日間、とても楽しかった。いい思い出がたくさん作れて良かったよ。

  改めてお願いするが、父ちゃんがあの世に戻った後も今まで通り元気に暮らして欲しい。大河や虎子が寂しがっている姿を見たら、父ちゃんも寂しいからだ。

  大河、虎子、ありがとう。離れても心はつながってるぜ。

  虎助より

  島田くんと母親は、涙を浮かべた。

  「父ちゃん、ありがとう…」

  「嬉しいねえ…この手紙は大切に保存しようね。」

  「うん。父ちゃんがここへ来た証だ!我が家の宝物になるな!」

  [newpage]

  [chapter:エピローグ]

  その日も島田くんは相撲の稽古に励んだ。

  「今日はいつもより気合が入ってるねえ。」

  「あと2日で二学期だからな。それに、父ちゃんに頑張っている所を見せたいんだ。」

  「それはいい心がけだよ。大河は本当に父ちゃん思いだねえ!」

  部屋の壁には、昨夜の集合写真が増えていた。

  この写真も、宝物として大切にされるだろう。

  [chapter:おしまい]