[chapter:プロローグ]
ここはケモノ界のさいたま市大上区。
ある秋の木曜日、住宅街を4匹の子供が歩いていた。
太ったシマリスの栗田 永雄くん、太ったキタキツネの稲荷山 紺助くん、白猫の金子 真里ちゃん、ホッキョクギツネの雪見カトリーヌ理沙ちゃん。全員ケモノ小学校埼玉校に通う4年生だ。
今日は部活動が休みのため、全員で下校している。
栗田くんが言った。
「ぼく、前から理沙ちゃんに憧れてるんだよね。」
「あら、私のどこにですの?」
「家だよ。3階建てで、広い庭があって、食事は豪華だし、ヘリコプターも持ってるらしいし…
行った事は何度かあるけど、住んでみたいと思ってるんだよね。セレブの生活、憧れるなあ…」
彼女の父親はフランスの貴族で、母親は大企業の社長令嬢。全校児童では一番の大金持ちで、その暮らしに憧れる児童も多い。
それを聞いた理沙ちゃんは、何かを思いついた。
「それなら今度、1日だけ家を交換してみましょうか?
私は栗田くんの家に行き、栗田くんは私の家で1日過ごしてもらって、お互いの生活がどんな感じだったか感想を言う…これでどうです?」
「いいね!理沙ちゃんも庶民の生活を体験してみたいよね。」
「稲荷山くんの家で体験した事がありますけど…でもまたやって損はないですわ。」
横で聞いていた稲荷山くんも、真里ちゃんに言った。
「せっかくだからぼくたちもやってみようか?ぼくと真里ちゃんで1日だけ交換。」
「私には弟、稲荷山くんには妹がいるけど、そこはどうするの?」
「そこは変えないよ。ぼくは弟を持った気分を味わってみたいんだ。」
「ええ、それもそうね。私も妹を持ってみたかったの!」
4匹は帰宅すると、すぐ家族に連絡した。
どの家でも許可が下り、土曜日の午後から家の1日交換をする事が決定した。
[newpage]
[chapter:お互いの家へ]
土曜日の昼過ぎ。
昼食を済ませた栗田くんは、出かける準備をした。
「それじゃ、行ってくるね!」
「永雄、行ってらっしゃい。帰ったらお話聞かせてね。」
「そうだ。ぼくの言った事、ちゃんと覚えてるよね?」
「ああ、覚えてるよ。『理沙ちゃんだからと言って特別扱いはせず、いつもの永雄と同じ食事やベッドを提供する。』」
「OK、その通り。それじゃまた明日!」
リュックサックを背負い、両親に別れを告げて家を出た。
歩いていると、途中で理沙ちゃんに出会った。彼女もリュックサックを背負っている。
「栗田くん、もうすぐそちらでお世話になりますわ。」
「うん。理沙ちゃんが楽しんでくれるといいな。」
「栗田くんも私の家を楽しんでくださいね。」
2匹は軽く会話をして別れた。
別の通りでは、稲荷山くんと真里ちゃんが話していた。
「万梨阿は真里ちゃんが来る事をずっと楽しみにしてたんだよ。」
「うちの雄二もよ。『今日はお兄ちゃんが来るんだ!』ってはしゃいでたわ。」
「男同士、女同士じゃないとできない事もあるからね。」
「お互い楽しみましょうね!」
しばらく歩いた4匹の目に、行き先の家が見えてきた。
(セレブ生活、楽しみだなあ!)
(庶民の生活をまた体験できるのですね…)
(弟がいるって、どんな気分かな?)
(妹のいる生活、どんな物かしら?)
4匹とも様々な気分に胸を膨らませながら、インターフォンを押した。
家の1日交換は、この瞬間から始まった。
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[chapter:訪問]
ディン・ドン!
栗田くんがインターフォンを押すと、重厚な鐘の音が響き渡った。
「栗田 永雄です。家の1日交換で来ました。」
「はい、栗田様。お入りください。」
自動で開かれた門をくぐり、広い庭に作られた道を横切る。
(入り口からもう豪華だ!理沙ちゃんは家に帰ってくるたびにこんな素敵な気分を味わってるのか…)
アライグマのメイドが開けてくれたドアから玄関ホールに入ると、大勢のケモノたちが待っていた。
理沙ちゃんの両親、残り5匹のメイド(白猫、うさぎ、カワウソ、キタキツネ、レッサーパンダ)、執事のグリムズ・スカンダー(イギリス生まれのスカンク)、シェフのラトン・ラブーシュ(フランス生まれの太ったアライグマ)。合計10匹による歓迎だ。
「ようこそ、栗田様。お待ちしていました。」
栗田くんは少し緊張しながら挨拶をした。
「皆様、こんにちは。1日お世話になります。」
「さあ、栗田様のお部屋はこちらです。」
栗田くんはスリッパを履き、父親によって部屋に案内された。広い玄関ホールを抜けて大階段を上がり、3階の客室へ。
「豪華なお部屋ですね。」
「ええ、お客様用の部屋です。しばらくごゆっくりとおくつろぎください。」
父親が出ていくと、栗田くんは部屋を見渡した。
(すごいや、まるでスイートルームだ!)
広さは自室の3倍近くあり、様々な家具が並んでいる。
彫刻が施されたテーブルと椅子、キングサイズのベッド、見ただけで高級素材を使っている事がわかるソファー、思わず顔をうずめたくなるほど柔らかそうなクッション、大画面テレビ…
天井からはシャンデリアが下がり、床には立派なカーペットが敷かれている。壁には絵画が何枚も飾られ、窓枠に至るまで優雅な雰囲気を漂わせていた。
毎日メイドが掃除をしているため、使用される機会が少ない割に清潔さを保っている。
(こんな素敵な部屋があるなんて、理沙ちゃんの家はやっぱりすごいな!)
彼の緊張は解け、リラックスムードに入った。
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ピンポーン!
理沙ちゃんがインターフォンを押すと、電子音が軽く響いた。
「雪見カトリーヌ理沙です。家の1日交換で来ました。」
「理沙ちゃん、ようこそ。鍵は開けてあるわよ。」
門を開き、10歩も歩かずに玄関へ。
(これくらい短いと、帰宅時に疲れていてもすぐに家に戻れますわね。)
玄関に入ると、栗田くんの両親が出迎えてくれた。
「理沙ちゃん、ようこそ。」
「栗田くんのお父様とお母様、こんにちは。1日お世話になります。」
「さあ、理沙ちゃん。部屋へ案内するわよ。」
理沙ちゃんはスリッパを履き、母親によって部屋に案内された。玄関を抜けて階段を上がり、2階の一室へ。
「このお部屋は、栗田くんの物ですか?」
「ええ、そうよ。ちょっと狭いかもしれないけど、ここしか部屋がないから…」
母親が出ていくと、理沙ちゃんは部屋を見渡した。
(これが男の子の部屋ですのね。初めて見るかもしれませんわ。)
2018年の夏休み、理沙ちゃんは稲荷山家に泊まった。稲荷山くんは妹と部屋を共用しているため、男女両方の物が置かれていた。
栗田くんは1匹っ子のため、男の子らしい物しか置かれていない。それは理沙ちゃんにとって初めて見る光景だった。
本棚には漫画や相撲の本が並び、片隅の棚には携帯ゲーム機やゲームソフト、飛行機のプラモデル、ロボットや宇宙船のフィギュアが複数置かれている。
勉強机やベッドは一般的なサイズだが、理沙ちゃんの感覚ではかなり小さい。
(私の生活とはかなり違っていそうですわね。何か楽しそうな物はないかしら…)
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稲荷山くんは金子家へ。
「稲荷山 紺助です。家の1日交換で来ました。」
玄関に入ると、雄二くん(1年生の太った弟)が出迎えてくれた。
「お兄ちゃんが来た!待ってたよ!」
雄二くんは大はしゃぎで、稲荷山くんを居間に案内した。
「こんにちは。1日お世話になります。」
真里ちゃんの両親が挨拶を返した。
「ああ、稲荷山くん。ようこそ。」
「雄二と1日楽しんでね。」
「よろしくお願いします。帰宅するとお父さんやお母さんがいるってこんな感じなんだ…」
「え?ああ、そうね。稲荷山くんのお父さんは単身赴任してるし、お母さんも働いてるんだったわね。」
「さあお兄ちゃん、何して遊ぼうか?」
稲荷山くんは雄二くんに連れられ、2階へ上がっていった。
「雄二、ずいぶん嬉しそうだったわね。」
「ああ。昔はよく『お兄ちゃんが欲しい』って言ってたからな…その夢が叶ったんだから、そりゃ嬉しいだろう。」
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真里ちゃんは稲荷山家へ。
「金子 真里です。家の1日交換で来ました。」
玄関に入ると、万梨阿ちゃん(3年生のスマートな妹)が出迎えてくれた。
「真里ちゃん、ようこそ。1日だけお姉ちゃんって呼んでいい?」
「ええ、もちろんよ。ところでお母さんは?」
「スーパーで働いてるの。いつもは土日を休みにしてるけど、今日は急に仕事が入っちゃって…」
「ありがとう。お母さんも大変ね。」
「さあ上がって、お姉ちゃん。」
「はい、お邪魔します。」
[newpage]
[chapter:おやつの時間]
栗田くんが客室でくつろいでいると、カワウソのメイドがワゴンを押しながら入ってきた。
「栗田様、お茶をお持ちしました。ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとうございます。理沙ちゃんは毎日お茶の時間があるんですね。」
「はい、そうです。お嬢様は毎日お茶を嗜むのですよ。」
テーブルに紅茶やサンドイッチ、ケーキやタルトが並べられた。小さいながらも非常に味が良い。
栗田くんはゆっくりとお茶の時間を堪能した。
(毎日こんな素敵なおやつが出るんだ!この家の子になっちゃいたいぐらいだよ!)
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理沙ちゃんが特にする事もなく休んでいると、母親が呼びにきた。
「理沙ちゃん、おやつ用意したわよ。」
「ありがとうございます。」
1階のテーブルには、市販のプリンが用意されていた。
「カップ入りのプリン…家で出される事は初めてですわ。」
「初めて?理沙ちゃんは普段、どんなプリンを食べるの?」
「シェフのラブーシュによる手作りプリンですの。材料も高級品を使用しておりますのよ。」
「ありがとう。市販のプリンは口に合うかしら…」
「お気になさらないで。私は市販のプリンも好きですわよ。給食でたまに出ますから。
それとすみませんが、お皿を用意していただけませんか?」
「ああ、理沙ちゃんはお皿に出して食べたいのね。永雄はカップのまま食べるから、いつもの癖でつい…」
皿が用意されるとカップの下にある針を折り、プリンを皿に出して食べた。
(この針を折る感覚、たまりませんわ!こればかりは手作りプリンではできない事ね。)
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「おやつの時間よ!」
「はーい!」
稲荷山くんと雄二くんは階段を駆け下り、用意されたケーキを夢中で頬張った。
「お兄ちゃん、ケーキおいしいね!」
「そうだな、雄二!」
2匹は満面の笑みでケーキを頬張る。種族は異なるが、まるで本当の兄弟のようだ。
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「ねえお姉ちゃん、一緒におやつ作らない?」
「へえ、万梨阿ちゃんはよく作るの?」
「お菓子作りが好きなんだ。今日はクッキーにしよう!」
「いいわね!お姉ちゃんも手伝うわよ!」
真里ちゃんは万梨阿ちゃんに指導を受けながら、クッキーを作った。
生地をこねたり、型を抜いたり…調理の経験は少ないが、指導のおかげで割と上手に作れた。
「いっぱいできたわね!」
「気分が乗ったから、20枚も作っちゃった!2枚はお母さんにあげて、私たちで9枚ずつ食べようね。」
「それがいいわね。」
2匹は完成したクッキーを食べた。
「ココナッツ風味でおいしいわね!」
「ココナッツミルクを使うと、豆乳を使った時よりも甘くなるんだ。お兄ちゃんもこの味が好きなんだよ。」
「へえ、万梨阿ちゃんはお兄ちゃん思いね!」
[newpage]
[chapter:遊びの時間]
(あー、おいしかった…)
栗田くんがお茶の時間を終わらせてしばらくすると、メイドがまた入ってきた。
「お下げしますね、栗田様。」
「ありがとうございます。とても味が良かったです。」
メイドが部屋を出ようとした時、栗田くんは思いついた。
(今度は遊びたくなってきたな。セレブの家なんだから、高級なゲーム機がたくさんあるんじゃないかな?もしかしてVRゴーグルもあるかも!)
「すみません、この家にゲーム機はありますか?」
メイドは返した。
「申し訳ございません、栗田様。お嬢様はゲームをしないのですよ。」
「じゃあ、漫画はありますか?」
「お嬢様は漫画も読みません。」
「それじゃ、遊び道具は何も…」
そこまで言った時、栗田くんは思い出した。
(そうだ、2016年のクリスマスパーティーで映画を見たっけ。映画は見られるだろう!)
「映画のDVDは見られますよね?」
「はい、ありますよ。お嬢様は映画鑑賞がお好きです。専用の部屋があるんですよ。」
栗田くんは別の部屋に案内された。
部屋の奥には大画面のモニターがあり、プレイヤーも複数用意されている。
両サイドの棚には大量のソフトが並んでいる。DVD、ブルーレイ、ビデオテープ、レーザーディスク…栗田くんの知らない物も多い。
(こんな部屋もあるんだ!うらやましいぞ、理沙ちゃん!)
「休日のお嬢様は、ここで映画を見ます。私たちメイドも、手が空いている時はこの部屋を使う事があるのですよ。」
それから操作方法を説明すると、メイドは出ていった。
(よし、これにしよう!)
栗田くんはアメリカ製アニメ映画「塔の上のラクーンツェル」のDVDを鑑賞した。
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理沙ちゃんは栗田くんの部屋に戻り、本棚を眺めていた。
「進撃の巨獣」「狐の刃」「獣術廻戦」「はたらくサイ・象」…ケモノ界では有名な漫画が並んでいる。
(どれもタイトルは聞いた事がありますけど、内容はよく知りませんわね…
せっかくですから、少し読んでみましょうか。去年ブームが起きたこれとか…)
「狐の刃」1巻を手に取り、ページを開く。理沙ちゃんは物語に引き込まれていった。
(結構面白いですわ。続きが気になって仕方がありません!)
読み続けていると、母親が呼んだ。
「もうすぐ永雄の好きな番組が始まるけど、見てみる?」
(栗田くんはどんなのを見るのかしら?気になりますわ。)
理沙ちゃんが1階に下りると、母親がテレビのスイッチを入れた。
始まったアニメは「サイボーグ戦士ジム」。栗田くんは様々なアニメを見ているが、これもその1つだ。
舞台は未来の宇宙。狼の青年・ジムをリーダーにする5匹のサイボーグ戦士と、コウモリの皇帝が支配する悪の帝国が戦う物語だ。
放送が終わると、理沙ちゃんは母親に聞いた。
「私は初めて見ましたわ。SFはあまり見ませんけど、途中からは自然と夢中になっていましたの。
栗田くんの部屋にあったフィギュアは、あのアニメに登場する宇宙船でしたのね。」
「理沙ちゃん、新しい世界を知ったのね。
そうよ。あのフィギュアは数ヶ月前、永雄にサプライズであげたのよ。永雄は大喜びしていたわ。」
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「絶対捕まえてやるぞ!」
「逃げちゃうもんねー!」
稲荷山くんと雄二くんは、庭に出て追いかけっこをしている。共に太っているためそこまでスピードは出ていないが、表情は楽しげだ。
(庭で追いかけっこなんて、いつぶりだろう?お姉ちゃんはこんな遊びをしないから、久々にできて嬉しいな!)
雄二くんはわんぱくぶりを発揮していた。真里ちゃんと一緒にいる場合はあまり見られない一面だ。
/////////////////////
「…それでね、お兄ちゃんが転んじゃったの!」
「まあ、そうなの?面白いわね!」
真里ちゃんと万梨阿ちゃんは、部屋で会話を楽しんでいた。
「そうだ、万梨阿ちゃん。お母さんはいつ帰ってくるの?」
「毎日6時頃。今4時だから、あと2時間ぐらいだね。」
「ずいぶん遅いのね。寂しくないの?」
「いつもの事だし、普段はお兄ちゃんと一緒に遊んでるからへっちゃらだよ!」
「ありがとう。それなら良かったわ。」
[newpage]
[chapter:夕食の時間]
太陽が沈み、夜が来た。どの家でも夕食が始まる時間だ。
栗田くんが2枚目のDVD「ベアマックス」を見終わった直後、室内のスピーカーが鳴った。
「栗田様、夕食ができました。ただいまよりメイドが案内に向かいます。」
(もう夕食か。映画に夢中で、お腹が空くのも忘れてたよ。
どんな豪華な夕食が出るかな?楽しみで楽しみで仕方ないよ!)
栗田くんは、理沙ちゃんの家で開かれたパーティーにこれまで3回出ている。その時は大広間が会場になり、豪華な料理が山のように提供された。
稲荷山くんと万梨阿ちゃんも4年前の夏に泊まった際、大広間で食事をした。栗田くんは彼から話を聞いている。
(あの立派な部屋でまた食事ができるんだ!テーブルを埋め尽くす料理、楽しみだ!)
やがて来たキタキツネのメイドに案内され、廊下を進む栗田くん。
しかし、到着した先は小さな部屋だった。
「あの、大広間では食べないのですか?」
「大広間はお客様の食事やパーティーの会場として使っています。普段の食事はこちらの部屋でします。
今回の1日交換は『普段の生活を味わう』というコンセプトですので、栗田様にもお嬢様と同じように食べていただきます。」
その部屋も豪華な造りではあるものの、広さは栗田くんの自室より一回り大きい程度。栗田くんは拍子抜けしていた。
室内には丸テーブルが置かれ、その上にはナイフとフォークが並べられている。
用意されている椅子は3つ。理沙ちゃんの両親は既に着席しており、栗田くんが座る椅子の横にはスカンダーが立っている。
「お待ちしておりました、栗田様。せっかくの機会ですので、私がテーブルマナーを教えましょう。
まず、こんな風にナイフやフォークが並んでいる時は…」
「外側から順に使うんですよね。」
「はい、正解です。よく知っていますね。
さあ、今夜はフランス料理のフルコース。どうぞごゆっくりお楽しみください。」
豪華な夕食であり味も良質だったが、食いしん坊の栗田くんからすれば物足りない量だった。
おまけにスカンダーがいちいちマナーの指導をするため、栗田くんはあまり落ち着いて食べられなかった。
「栗田様、背筋はもっとまっすぐ!」
「はい、すみません…」
「それはそうやって食べるのではありません!」
「仕方ないですよ。初めて食べる料理なんですから…」
「食べ終わったらフォークとナイフは揃えて置くのですよ!」
「あ、そうか。すみません…」
食事を終え、部屋に戻った栗田くん。その顔は不満げだった。
(全部食べたはずなのに、あんまり満足しないよ…)
彼の太鼓腹は少し膨らんでこそいるものの、完全には満たされていない。
(どの料理もお皿にちょっぴりだし、おかわりもできない。理沙ちゃん、あれっぽっちの食事でよく満足できるなあ…)
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「理沙ちゃん、夕食よ!」
「はい、今行きます。」
「狐の刃」を10巻まで読み終わった理沙ちゃんは、ダイニングテーブルに向かった。
「理沙ちゃん、しっかり食べるのよ。」
テーブルにはワニ肉ハンバーグ、チキンライス、エビフライ、サラダ、パンなどが並んでいた。いかにも子供が喜びそうなメニューだ。
(栗田くんもいい物を食べてますのね。いつもの夕食より庶民的ですけど、おいしそうですわ!)
食事をする理沙ちゃんの作法は優雅であったため、栗田くんの両親は感心した。
「ずいぶんとマナーがいいのね。」
「さすがお嬢様だな。幼少期からしっかりとしつけられてるんだろう。」
「ええ、その通りですわよ。お父様やスカンダーに教わりましたの。」
「スカンダーってあの執事ね。そうだ理沙ちゃん、チキンライスのおかわりあるわよ。」
「おかわり…はい、お願いします!」
(おかわり頼むの、いつぶりかしら?)
食事が後半に差し掛かると、理沙ちゃんの食べるペースが落ちてきた。
(ちょっと量が多すぎますわね…お腹が張ってきましたわ…)
「あら、理沙ちゃんには量が多かったかしら?」
「いいえ、気にしないでください。出された物はすべて食べないといけませんわ!」
理沙ちゃんはなるべく平静を保ち、料理を食べ続けた。
「ごちそうさまでした。」
後片付けを終えた理沙ちゃんは部屋に戻り、栗田くんのベッドに寝転がった。
(今日はいつもより食べ過ぎてしまいましたわ。栗田くんがあの体型になった理由がわかりましたわ…
思い返してみると、お父様とお母様の料理は若干量が少なかったですわ。きっと息子にたくさん食べて欲しいのでしょうね。)
そう思いながら、ぽっこりと膨らんだお腹をなでた。
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「ねえお父さん、今夜はみんなでフード・キャッスルに行こうよ!」
「そうだな、雄二!稲荷山くんもいる事だし、いつもと違った夕食になるだろうな。」
金子夫妻と雄二くん、稲荷山くんは大上駅東口方面に向かった。目的地はフード・キャッスル。世界各地の料理が揃う、城型の食べ放題レストランだ。
「さあ、食べるぞ!いただきまーす!」
稲荷山くんと雄二くんは料理を山盛りに取り、ガツガツと夢中で頬張る。
「負けないぞ!」
「ぼくも負けないぞ!」
いつの間にか大食い対決が始まっていた。
2時間後、一家は帰途についていた。
「ゲ~ップ!食べ過ぎた…苦しいっ!」
「ぼくもパンクしちゃいそうだよ…ウップ!」
稲荷山くんと雄二くんは苦しげだった。お腹は2回りほど膨らみ、げっぷを何度出してもすっきりしない。
調子に乗って食べ過ぎてしまい、どちらが勝ったかもわからないほどだった。
「雄二、稲荷山くん、大丈夫なの?」
「なんとか…大丈夫…」
「苦しいけど楽しかったよ…お姉ちゃんとなら…絶対こんな事はできなかったから…」
帰宅した2匹は、部屋に寝転んでいた。
「お兄ちゃん…お腹痛い…」
「そうだな、雄二…今日は食べ過ぎちゃったな…」
「もう食べ物は見るのも嫌だ…」
「明日は1日断食してもいいぐらいだ…」
2匹は限界を超えたお腹をなでつつ、食べ過ぎた事を反省していた。この一件で胃の容量がさらに増えるだろう。
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「ただいま。」
「お帰り、お母さん!」
「万梨阿、真里ちゃん、もうすぐ夕食よ。それにしても万梨阿と真里ってちょっとまぎらわしいわね。」
母親の帰宅から10分ほどして、夕食の時間になった。
「もう完成したの?早いわね。」
「うちのお母さんはスーパーのお惣菜コーナーで働いてるんだ。だから夕食はいつも売れ残ったお惣菜なの。レンジで温めれば完成だよ!」
テーブルには惣菜のパックが並んでいた。ポテトサラダ、天ぷら、コロッケ、稲荷寿司…
「ね、おいしそうでしょ?何度食べても飽きないの。」
「ええ、そうね…お母さんが作ってくれる日はあるの?」
「朝ご飯は手作りだし、仕事が休みの日は夕食もちゃんと作ってくれるよ。」
「そうなのね。毎食お惣菜じゃなくて安心したわ。」
「いただきまーす!」
3匹は料理を取り分け、皿に盛って食べた。
よく見ると、万梨阿ちゃんの前に赤飯のパックが置かれている。
(え?まさか、そんなはずは…)
真里ちゃんが不安に思っていると、万梨阿ちゃんが言った。
「お姉ちゃんも赤飯食べる?」
「いいけど…あの…それって…」
「赤飯っておいしいから大好きなの。お母さんはいつも売れ残った赤飯を私のためにもらってくるんだ。今日は特別にちょっとだけあげるね!」
「へえ、万梨阿ちゃんはこれが好きなのね。ありがとう。喜んでいただくわ。」
真里ちゃんは内心で安心を覚えた。
(良かった…あの赤飯、いつも食べてる物だったのね。余計な心配しちゃった…)
夕食が半分ほど進んだ所で、万梨阿ちゃんが言った。
「そうだ、さっきお姉ちゃんとクッキーを作ったんだ。お母さんの分も2枚あるよ!」
「真里ちゃん、万梨阿に付き合ってくれてありがとう。万梨阿はお菓子作りが得意なのよ。」
「話は聞きました。本当においしく作れましたよ。」
[newpage]
[chapter:風呂の時間]
夕食から1時間ほど経つと、どの家でも風呂の時間が来る。
栗田くんが部屋でくつろいでいると、アライグマのメイドが呼びに来た。
「栗田様、お風呂の準備ができました。」
「はい、わかりました。」
栗田くんはメイドの案内で風呂に向かいながら、考えていた。
(稲荷山くんから前に話を聞いてるけど、ここのお風呂はすごく豪華らしいな。生で見るのは初めてだから楽しみだ!)
かなり広い脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ。
(うわあ、すごい…想像以上だ!)
浴槽のサイズは通常の3倍ほどで、側面や床はレンガ風のタイル。天井には星空と惑星、壁にはベニスの街並みが描かれている。スペースを埋めるためか、洗い場は2つ作られている。
体を洗うと、浴槽に入った。
(ここから見るとまたすごいや!ヨーロッパに来たみたい!)
ドアが見えない方を向けば、ベニスの景色を見ながら入浴できる。上を見れば、宇宙が見られる。
(広さで言えば穴太郎のお風呂が勝ってたけど、こっちはこっちで素敵だな!
海外旅行も、宇宙旅行も、お風呂で毎日味わえるなんて…うちの真っ白なお風呂が急に物足りなく思えてきたよ。)
栗田くんは夏休みの出来事を思い出しつつ、ゆっくりとくつろいだ。
シャンプーも高級品を使っているため、高貴な香りを楽しめた。
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「理沙ちゃん、お風呂が沸いたわよ。」
「はい、わかりましたわ。」
理沙ちゃんは浴室に入った。ごく一般的な物だが、理沙ちゃんから見れば殺風景だ。
(やはり庶民のお風呂はコンパクトで良いですわね。普段のお風呂に慣れてるから、こうしたお風呂は新鮮に感じますわ。)
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「それそれー!」
「やったな!ぼくからもかけちゃうぞ!」
稲荷山くんと雄二くんは、風呂ではしゃいでいた。雄二くんは水鉄砲を持ち、お湯を浴室中に飛ばしている。
(お風呂でこんなにはしゃぐのも初めてだよ!お姉ちゃんは絶対こんな遊びに付き合ってくれないからな…)
/////////////////////
「お姉ちゃんとお風呂に入るって、こんな感じなんだね。」
「どうかしら、万梨阿ちゃん。いつもより落ち着く?」
「うん。でもお兄ちゃんとお風呂で遊ぶのも楽しいから、なんか物足りないかな。お姉ちゃんは雄二くんとお風呂で遊ぶの?」
「私は静かに入る方が好きだから、あんまり遊ばないわ。でも雄二は遊びたいみたいで、私が上がった後にしばらく水鉄砲とかで遊ぶのよ。」
「へえ。今日はお兄ちゃんといっぱいはしゃいでるかな?」
「だといいわ。普段できない事を味わうのがこの交換の目的だからね。」
[newpage]
[chapter:夜の時間]
風呂から上がってしばらくすると、就寝時間になった。
稲荷山くんと雄二くん、真里ちゃんと万梨阿ちゃんはすぐに眠らず、ベッドもしくは布団の中で語り合って過ごした。
理沙ちゃんは1匹のため割と早く寝入ったが、その際にはこう考えていた。
(私と違って、栗田くんはすぐ眠りにつくのですね。いつも私がしている事をこなせるでしょうか…少し心配になってきましたわ。)
/////////////////////
栗田くんはパジャマに着替え、脱衣所を出た。
(あー、さっぱりした!後は寝るだけだな。)
そこへスカンダーが来た。
「栗田様にしてもらう仕事があります。いつもはお嬢様がしますが、本日は家を交換されているため…」
「えっ、してもらう事…ですか?」
「はい。今から説明するので、こちらへどうぞ。」
栗田くんはキッチンに案内された。ラブーシュと6匹のメイドが待機している。
「食器や調理器具の後片付けを手伝っていただきます。洗浄と乾燥は済んでいるため、しまうだけですよ。」
そう語るラブーシュの横には、大型の食洗器が置かれていた。食器のみで11頭分もある上、調理器具もかなり多く、栗田くんが知らない物も多い。
キッチン自体もかなり広く、いくつもの棚が並んでいる。
(ええっ、これを全部!?)
栗田くんが辛そうな表情をしたため、ラブーシュは補足した。
「私たち全員が協力すれば、栗田様の想像よりも早く終わりますよ。」
作業が始まった。ラブーシュとメイドたちは手早く進めていくが、栗田くんは違った。
(これ全部高級な食器だよね…落としちゃったらどうしよう…弁償できるかな…)
そう思うと手が震え、ますます落としそうになってしまう。
結果的にすべて無事にしまう事はできたが、作業が完了するまで40分もかかった。
(ああ、やっと終わった。お風呂入ったばかりなのにまた疲れちゃったよ…
それにしても、理沙ちゃんは毎日こんな大変な仕事をこなしてたのか。メイドさんがなんでもやってくれると思ってたよ…)
「おやすみなさい、栗田様。」
「はい、おやすみなさい。」
栗田くんはベッドに入った。全身を包み込むような柔らかさで、先程の疲れが取れそうな寝心地だ。
(ああ、うちのベッドより気持ちいい…さすがセレブだ…)
栗田くんはすぐ眠りについた。
夜12時、日付が変わって間もない頃…
稲荷山くんと雄二くんも、真里ちゃんと万梨阿ちゃんも、理沙ちゃんも眠っていた。
しかし、栗田くんは目を覚ましていた。
(ううっ…お腹が空いて目が覚めちゃった…)
夕食の量が普段より少なかったため、空腹で眠れない。遠足ではないため、リュックサックを探してもお菓子は入っていない。
(どうしよう、どうしよう…朝まではとても我慢できないよ…
つまみ食いしようかな…でもそうしたら怒られちゃうよね…でもお腹が空いて我慢できないよ…)
栗田くんは悩み続け、最終的に朝までベッドに入る道を選んだ。
(理沙ちゃんはつまみ食いなんかするはずない。だからぼくだって我慢するよ…)
いつしか彼は再び眠りに落ちていた。
[newpage]
[chapter:朝食の時間]
日曜日の朝7時…起床時刻だ。
栗田くんは空腹を感じながらも目覚め、理沙ちゃんはすっきりと目覚められた。
稲荷山くんと雄二くん、真里ちゃんと万梨阿ちゃんは、前日の夜と同様に語り合っていた。
8時。朝食の時間だ。
(うわあ、これはすごい!)
栗田くんの朝食は、豪華な物だった。
スクランブルエッグにチキンソーセージ、サラダ、トースト、リンゴ、バナナ、豆乳、オレンジジュース…様々な品目がバランス良く揃っている。
「いただきまーす!」
栗田くんは喜んで食べた。理沙ちゃんの両親やスカンダーも同じ部屋にいるため、マナーには気をつけている。
窓からは朝日が差し込み、メイドがBGMとしてバイオリンを演奏する。優雅な雰囲気の朝食だった。
夕食よりも量が多かったため、栗田くんは久々に程よくお腹を満たした。
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理沙ちゃんの朝食はトーストとシリアル、リンゴ、オレンジジュース。彼女は落ち着いて食べた。
(栗田くんも私と同様、洋食がメインですね。)
/////////////////////
稲荷山くんと雄二くんの朝食はロールパンとスクランブルエッグ、豆乳。
昨日の大食いが嘘のようにお腹が空いているため、2匹はしっかり食べた。
稲荷山くんは、金子家の母親が作った料理を初めて口にした。
「んー、おいしいですね!」
「ありがとう、稲荷山くん。いっぱい食べるのよ。」
/////////////////////
真里ちゃんと万梨阿ちゃんの朝食は、ご飯と味噌汁、焼いた油揚げ、麦茶。
「万梨阿ちゃんのお母さんも、味噌汁作りが上手ね。」
「ありがとう、真里ちゃん。」
「それにこの油揚げもおいしいわ。」
「教えてあげるね。うちの朝ご飯にはほぼ毎日これが出るのよ。」
「へえ、万梨阿ちゃんは油揚げが好きなのね。」
「狐だからね!」
朝食が終わると、お互いの家で過ごす残された時間をゆっくりと楽しんだ。
映画を鑑賞する栗田くん。漫画を読む理沙ちゃん。庭ではしゃぐ稲荷山くんと雄二くん。部屋で話し合う真里ちゃんと万梨阿ちゃん。
昨日の午後と何ら変わらない光景だった。
[newpage]
[chapter:エピローグ]
昼食を済ませると、本来の家に戻る時間が来た。
4匹は1日世話をしてもらったお礼を言い、それぞれの家族と別れて家へ向かう。
帰り道の途中で、栗田くんと理沙ちゃんは顔を合わせた。
「栗田くん、私の家はどうでした?」
「すっごく豪華で良かったよ!ベッドは柔らかいし、映画は見放題だし、お茶も出してくれるし、お風呂も大きいし…
でも、大変な所もあった。ぼくにとっては夕食が少なかったり、毎日食器の片づけをしなければならないからね。
理沙ちゃんはメイドさんがなんでもやってくれると思っていたけど、そう甘くはなかった。そういう所がわかったよ。」
「自分でできる事は自分でする。それが私の理念ですわ。
それから栗田くんの家ですけど、こぢんまりしていて落ち着きましたわよ。
プリンも味が良かったですし、漫画も夢中になって読んでしまいましたわ。私も買おうと思いますの。
まあ、夕食は量がちょっと多かったですけど…あれが普段の栗田くんの食事ですのね。」
「理沙ちゃんの部屋には行かなかったけど、その言い方からすると漫画は持ってないみたいだね。いつも何を読むの?」
「私は文学全集ですわよ。」
「文学か…ぼくは字の多い本が苦手だけど、そのうち読んでみようかな。」
「ええ、きっと栗田くんの楽しめる作品も見つかるかもしれませんよ。」
「うん、そうだね。それじゃまたね!」
「ごきげんよう、栗田くん。」
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稲荷山くんと真里ちゃんも顔を合わせた。
「雄二くんと楽しくやってきたよ!」
「万梨阿ちゃんといろいろ遊んできたわ。」
「雄二くん、本当に嬉しそうだったよ。『こんな事、お姉ちゃんは絶対にやってくれない』って何度も言ってたんだ。
ぼくも弟のいる雰囲気が味わえて新鮮な気分だったよ。」
「昨日は私と万梨阿ちゃんでクッキーを作ったのよ。万梨阿ちゃんはクッキー作りが上手ね!
それに私も妹のいる雰囲気を味わえて良かったわ。」
「良かった。ぼくは帰宅するとお父さんがいる生活を久々に味わえたよ。」
「そうよね。私はお父さんが単身赴任中という家庭を体験できて、世の中の事をより広く知れた気がするわ。」
「お互いいろいろ学んだみたいだね。それじゃまた学校で!」
「稲荷山くん、またね!」
こうして、家の1日交換は幕を閉じた。
4匹とも良識のある子だったため、大きなトラブルが起こらなかった事も幸いだった。
もし木曜日に卯井是瑠ちゃんが4匹の話を聞いていたら、今頃誰かの家が大惨事になっていただろう…
[chapter:おしまい]