第35話「長く短いスキー教室」

  [chapter:プロローグ]

  ここはケモノ界のさいたま市大上区。

  2023年3月7日…冬から春に変わり始めた時からこの話は始まる。

  ケモノ小学校埼玉校の4年1組。栗田 永雄くん(太ったシマリス)は昼休みに本を読んでいた。

  「栗田くん、これ見てよ!」

  彼の隣から稲荷山 紺助くん(太ったキタキツネ)が話しかけてきた。何かの広告を持っている。

  「え、何?」

  「今日の新聞に挟まっていたんだ。」

  栗田くんも広告を覗き込んだ。内容を要約すると、次のようになる。

  さいたま小学生スキー教室

  日程:2023/3/28(火)~29(水)

  会場:長野県 しろくまスキー場

  対象:さいたま市在住の小学4~6年生

  「稲荷山くん、これに参加するの?」

  「まだ決まったわけじゃないけど、そのつもりだよ。

  スキーをした事はないから、新しい体験をしてみようと思ってね。良かったら栗田くんも行ってみる?」

  「稲荷山くんが行くなら、ぼくも行こうかな。」

  「ありがとう。また思い出が増えるね。」

  帰宅した2匹は、「スキー教室に行きたい」と家族に報告。すぐに許可が下り、2匹でスキーに行く事が決まった。

  それから当日まで、スキーの本を読んだり、動画を見たりしながら、ある程度予習をしておいた。

  最も埼玉では雪が滅多に降らないため、実践まではできなかった。

  27日の21時、2匹はそれぞれの家でベッドに入った。

  (今日までしっかりイメージトレーニングをしておいた。明日からしっかり生かせるといいな。)

  考えているうち、眠りに落ちた。

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  [chapter:スキーへ出発]

  28日の午前5時半。栗田くんはリュックサックと小型スーツケースを持ち、両親と車で大上駅の西口へ。

  「それじゃ、楽しんできてね!ケガをしないように気をつけるのよ。」

  「帰ってきたら、楽しい話を聞かせてくれ。」

  「もちろん!それじゃ行ってきます!」

  「行ってらっしゃい。」

  両親に別れを告げ、荷物を持って車を降りた。

  少し離れた場所に、スキー場行きのバスが見えた。周囲にはさいたま市各地の小学生が集まっている。

  「栗田くん、おはよう!」

  稲荷山くんは既に来ていた。

  「おはよう。どうやってここまで来たの?」

  「徒歩さ。うちには車がないからね。」

  「こんな早朝から?頑張ったね!」

  「ありがとう。楽しい事が待ってると考えればこれぐらいの距離も平気だよ。」

  5時50分には40頭の参加者(男女20頭ずつ)が全員集まったため、荷物をトランクに入れてバスに乗り込んだ。

  予定表や持ち物を記載したプリントが事前郵送されているが、改めてスキー教室のしおりが配られた。こちらには参加者の名簿も載っている。

  それを見ると、ケモノ小学校埼玉校の児童は2匹のみ。周囲は知らない顔ばかりだ。

  「ちょっと緊張するね。」

  「でもぼくたちは同じ班だから、離れ離れにはならないよ。」

  「新しい友達ができるといいね。」

  6時、バスのエンジンがかかった。いよいよ出発だ。

  朝日に照らされた大上区を抜け、インターチェンジから高速道路へ。

  参加者の様子は様々だ。隣の子と話したり、しおりに目を通したり、眠ったり、お菓子を食べたり…

  栗田くんは持参したスキーの本を稲荷山くんと回し読みして、直前までイメージトレーニングを忘れなかった。

  8時頃、サービスエリアで20分ほど休憩。あまり長くは滞在できないため、ほとんどの参加者はトイレを済ませただけだった。

  栗田くんたちがトイレからバスに戻ろうとすると、突然声をかけられた。

  「ねえ、君たちって相撲部員?」

  振り向くと、マッコウクジラの男の子が立っていた。体は栗田くんよりも大きく、かなりの肥満児だ。

  また、毛の少ない種族ゆえにコートやマフラーなど防寒具を多く着けている。

  「そうだよ。ぼくと稲荷山くんの事知ってるの?」

  「知らないけど、君たちは太ってるからぼくと同じように相撲やってるのかなって…」

  「ちょっと、その考え方は失礼じゃないかな?ぼくだって太めだけど美術部員だよ。」

  横に立つゴマフアザラシの男の子が口を挟んだ。こちらはぽっちゃり体型だ。

  「あ、ごめん…ぼくたちはあの子たちと同じ班になるから、少しお互いの事を知っておこうと思ってさ…」

  「そうか、知りたかったんだね。ありがとう。

  でも今は時間があまりないし、バスでも座席が離れてたから、じっくり話せるのはスキー場に着いてからだね。」

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  [chapter:雪の世界]

  9時半、バスはしろくまスキー場に到着。

  「すごい、一面の銀世界だ!」

  春休みの時期だが、山は雪に覆われている。周囲にはホテルやロッジが数軒建っている。

  参加者一同はバスを降りホテルへ。荷物をフロントに預け、そのままロビーで待機した。

  10時、開講式が始まった。参加者たちの前で教室主催者のトナカイ(細身の中年男性)が話す。

  「さいたま市の皆さん、ようこそいらっしゃいました。

  この素晴らしい雪の世界で、皆さんの多くが新たな体験に触れる事でしょう。この2日間でスキーを楽しみ、何らかの形で成長できれば幸いです。」

  その後もコーチの紹介などがあり、10分ほどで終わった。

  一同はリュックサックもフロントに預け、コーチたちの案内で更衣室へ。大勢の客を想定した造りのため、相撲部のそれよりも広い。

  コーチの指示に従ってスキーウェアに着替え、板とストックを持って外に出た。

  目の前に広がる大量の雪。埼玉ではたまにしか見られない物が、山や地面を覆いつくすほど広がっている。

  ここから班ごとに分かれる。

  栗田くんたちの班は5頭構成。栗田くん、稲荷山くん、サービスエリアで少し絡んだマッコウクジラとゴマフアザラシ、ユキヒョウだ。

  コーチはホッキョクギツネの青年。スマートで精悍な印象だ。

  「みんな、こんにちは。2日間よろしく!」

  「よろしくお願いします。」

  「さて、まずはスキー用具の使い方だ。君たちが持っているストックは…」

  彼の説明は理解しやすく、初心者でもある程度覚えられた。

  用具の説明が終わると、次は基礎的な行動の練習。5頭は板を履いて歩いたり、平地をストックの力で移動した。

  「なんだか足が大きくなったみたい!」

  「不思議な感覚だね。」

  初めての感覚に新鮮な気分を覚える一同。ユキヒョウはスキーに慣れているようで、楽々とこなしている。

  それ以外は多かれ少なかれ太っているため、重心に気をつけながら練習をした。マッコウクジラは肥満体ゆえに、何度も転んでいた。

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  [chapter:新しい友達]

  12時になると、昼食休憩。参加者はスキー場内のレストランに移動した。

  一般客は食券を買っているが、参加者は別のカウンターに並び、決められた料理を受け取っている。食事代は参加料に含まれているため、ここで払う必要はない。

  メニューは大盛りの唐揚げ丼。栗田くんたちの班は同じテーブルに着き、食べ始めた。

  「そうだ、まだお互いの事を聞いていなかったね。君たちの事を教えてくれない?」

  栗田くんの質問に、ユキヒョウから答え始めた。

  「ぼくは春原 氷太。大上小学校の6年生。

  スキーが好きで、この教室にも2年に1回は参加している。だからコーチたちとは顔なじみだよ。」

  次はマッコウクジラ。

  「俺は梶原 京二だぜ。大上小学校の5年生だ。

  とにかく食う事が大好き!お前らもいい腹してるじゃないか。」

  最後にゴマフアザラシ。

  「ぼくは駒沢 椎瑠。梶原くんのクラスメイトで親友さ。

  梶原くんはいろいろ失敗が多いから、ぼくがいつもサポート役になっている。今回だって滑れそうにないのに、スキーに参加するなんて言い出したから心配で、ついて行く事にしたんだ。」

  「紹介ありがとう。次はぼくたち…ケモノ小学校埼玉校4年生の番だ。

  ぼくは栗田 永雄。のんびり屋で食いしん坊で、ゲームや漫画とかが好き!」

  「ぼくは稲荷山 紺助。栗田くんの親友で、遊ぶのが大好き!」

  それを聞いた3頭は、思い思いの反応を返す。

  「こちらこそ紹介ありがとう。仲が良さそうでいいね。」

  「なあ、栗田と稲荷山はいつから一緒にいるんだ?」

  「赤ちゃんの時かな。まあその時の事はあんまり覚えてないけど…」

  「そりゃすごいな!俺と駒沢は小学校で知り合ったから、俺たちより長い関係だ!」

  その後も様々な会話を楽しんだ。

  1時間で休憩が終わり、またスキーが始まった。コーチが指示を出す。

  「みんな、今度は軽い斜面を滑ってみよう。行き先は練習用コースだ。」

  先程食事をしたレストランのすぐ下が、リフト乗り場になっていた。機械音を立てながら、次々とリフトが運ばれてくる。

  「すごい迫力!」

  「まるで工場みたいだ。」

  「さあ、黄色い線の所に立つんだぞ。来たらすぐに座るんだ。」

  リフトの定員は1名。一同は次々と乗り込んでいく。

  梶原くんはリフトに押され、少し転びそうになってしまったが、急いで体勢を立て直した。

  練習用コースは斜面が軽いため、すぐに到着。

  「ゆるやかな坂道程度の傾斜だ。1頭ずつ滑ってみよう。もちろん僕の補助付きでね。」

  「ぼくも楽勝だから、コーチの代わりになるよ。」

  狐崎コーチと春原くんの補助を受けながら、斜面を滑る一同。全員が滑り終わるとまたリフトで上り、また滑る。それが3時間も続いた。

  始めのうちは少し怖かったものの、次第に慣れ、15時台には補助なしでも滑れるようになった。それでも梶原くんは何度も転んだり、木にぶつかっていた。

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  [chapter:ホテルにて]

  1日目の講習は16時で終了。一同はホテルに戻り、スキーウェアから私服に着替えた。

  荷物を回収して、自分たちの部屋へ移動。

  「思ったより広いね。」

  「早速くつろごう!」

  そこは8畳の和室だった。押入れやテレビ、金庫など一通りの物が揃い、窓からはスキー場が一望できる。

  床に寝転がったり、窓際の椅子から景色を眺めたり…思い思いの格好でくつろいだ。

  夕食は18時から。それまでの2時間で、班ごとに入浴する。

  栗田くんたちは17時から。脱衣所で裸になり、浴場へ入る。

  大きな浴槽で温まると、スキーの疲れが消えていくように感じた。

  5分ほど温まると、体を洗った。栗田くんと稲荷山くん、梶原くんと駒沢くんはペアを組んでお互いの背中を洗っている。

  「春原くんの背中も洗おうか?」

  「大丈夫だよ、栗田くん。ぼくは細身だから自分で洗えるよ。」

  風呂から上がり、しばらくすると夕食の時間。参加者は食堂に集まり、用意された料理を食べた。

  和洋折衷のメニューで、子供が好みそうな品目が多い。

  「いただきまーす!」

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  [chapter:真実]

  その時、隣に座っている稲荷山くんが呼び掛けた。

  「栗田くん、起きて!」

  「え、何?」

  「起きて!あと3分で5時間目だよ!」

  栗田くんは目を開けた。そこは食堂ではなく、4年1組の教室だった。黒板の日付も3月7日だ。

  彼は読書中に寝てしまい、そのままスキー教室の夢を見ていた。

  (長い夢だったな…まあ夢は夢だ。早く授業の準備をしなきゃ。)

  5時間目が始まったが、栗田くんには気になる事があった。

  (夢に出てきた春原くんたち、全然知らないはずなのに知ってる気がする。なぜだろう?)

  考えながら帰宅すると、ダイニングテーブルに新聞が置かれていた。地域面が広げられている。

  それを見た瞬間、栗田くんは思わず口に出していた。

  「ああ、この子たちだったのか!」

  ページの一角には「小学生3頭 迷子を助ける」という見出しの記事が載っている。その「小学生3頭」が春原くん、梶原くん、駒沢くんだった。

  掲載されている写真の中央では春原くんが感謝状を持ち、梶原くんと駒沢くんが両側で微笑んでいる。

  (そうだ、朝ご飯の席でお父さんが見せてくれたんだ。それが心の底に残っていたのか。

  みんな現実でも優しい子みたいで良かった。いつか本当に会えるといいな…)

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  [chapter:正夢]

  翌日の昼休みも、栗田くんは本を読んでいた。

  「栗田くん、これ見てよ!」

  稲荷山くんが話しかけてきた。何かの広告を持っている。

  「え、何?」

  「今日の新聞に挟まっていたんだ。」

  (あれ、この展開…正夢!?)

  栗田くんも広告を覗き込んだ。そこにはこう書かれていた。

  スペシャルモンブラン 新発売!600円

  「わあ、すごくおいしそう!食べに行くの?」

  「そうしたいけど、今はお金がそんなにないから想像だけで済ますよ。栗田くんと一緒にモンブランの話がしたいから、これを持ってきたんだ。」

  「あ、そうなんだ…稲荷山くんはモンブランのどこが好き?」

  「上に乗っているマロングラッセかな。それと…」

  2匹はしばらくモンブランについて語った。

  さらに翌日。栗田くんは帰宅して間もなく、財布を持って家を出た。行き先は大上駅構内のケーキ屋だ。

  (スペシャルモンブランを2つ買うんだ。ぼくと稲荷山くんの分を!)

  店に着いて列に並んだ。順番が来るまで駅構内を眺めていると、ある姿が目に入った。

  (あれって…)

  ユキヒョウ、マッコウクジラ、ゴマフアザラシの小学生が、構内を歩いて東口へ出ていった。

  (本物だ!夢で見た通りの姿だ!

  稲荷山くんが持ってきた広告のおかげで、あの3頭に会う事ができた。その点では正夢と言えるかも。)

  栗田くんは嬉しさを覚えた。

  [chapter:おしまい]