前回までのあらすじ
闇バイトで知り合い、東京の赤坂で宝石店強盗を働いた菊田貴(きくた たかし)、米山(よねやま)みちる、呉茂夫(くれ しげお)。3人は警察の追跡から逃れるうちに、「卯道(うどう)遺伝子研究所」という施設にたどり着く。卯道遺伝子研究所では、所長の卯道辰夫(うどう たつお)と助手の林藤禎子(りんどう さだこ)が人間から動物に変身する技術を開発していた。卯道は3人に、強盗の時効が成立するまでの10年間、自身が開発した「オーダーメイド変身薬」で動物の姿で過ごすことを提案する。3人は卯道の提案を呑む。
最初に変身したのは菊田だった。菊田はダルメシアンに変身し、研究所を出た。研究所を出た菊田は、警察犬の養成所に迷い込み、警察犬「ロバート」として調教される。警視庁の刑事、国松時貞(くにまつ ときさだ)とコンビを組んだロバートは、次々と事件を解決し、自らに闇バイトを指示した暴力団幹部「バトラー」を逮捕した。
・・・「呉くん、準備はできたかね?」卯道が呼びかける。
「もちろんです!」呉が白い布のような服に着替えながら、元気そうに返事をする。
呉は変身するまでの時間、闇バイトに手を染めたきっかけを振り返っていた。
最初から危ない仕事だと知っていた。「日給3万円」なんて通常の仕事じゃありえない。危険さより報酬に惹かれたのだ。引き受ける業務が危なくなるにつれ、報酬は高くなった。人は犯罪というけれども、世の中には傭兵など危険で報酬が高い仕事などいくらでもある。それと何が違うのか。このまま仕事を続ければ、億万長者も夢ではない。しかし、その思いは強盗事件で潰えた。
これから動物に変身するらしいが、今度は動物の世界で天下を取ってやる、そう決意した。
卯道が呉に変身薬を注入した。すると腕や脚に黒い毛が一斉に生え始めた。黒い毛が手に到達すると、手のひらは黒くなり、指は太く、ぷよぷよした肉球が形成された。爪は人間のものとは異なる、鋭い爪が露出した。足にも同じ変化が起きた。手も足も皮が厚くなる。
中肉中背の呉の身体は太り始め、身長もぐんぐんと伸び始める。体重は力士かそれ以上に増え、170cmと平均的だった身長は190cm以上に伸びる。増えた体重と急に伸びた身長で、来ていた布は悲鳴を上げ、びりびりと破れる。身体中に生える黒い体毛は、暖かいどころか熱い。一方、胸には半円形の白い毛が生えた。
「俺は熊に変身しているんだ!」呉は変身する動物が分かった。
顔にも変化が起こる。鼻は三角形から丸形になり、顎と共に前へ前へと突き出る。瞳も黒く染まり、野生の本能が見え隠れする。顔も全体的に丸っこくなる。耳は頭頂部に移動するにつれ、三角形から半円形になる。髪の毛は抜け落ち、短い黒い毛に置き換わる。
「オオゥ、オオゥ」言葉も人間の言葉から、熊の鳴き声に変わる。
熊の獣人のような風貌になった。やがて重みを増した身体を支えるために、二足歩行から4足歩行になる。
そして、尻に丸い突起物が生えた。
「ブオォォォ!」呉は熊に変身した。呉は洞窟に通じるトンネルに行き、研究所を出た。
熊に変身した呉は興奮していた。変身するまで分からないと聞いていたが、まさか熊だったとは。おそらく、日本で最強の野生動物は熊だろう。つまり、自分は「当たりくじ」を引いたも同然なのだ。
「ブブォォォォ!!!!ブォォ!」呉は大笑いのような鳴き声を出し、山中にこだまする。
とはいえ、熊になった以上、木の実を見つけるなり、野生動物を狩る必要がある。呉はしばらく山中をさまよい、森の中にあるドングリなどを食べていた。しかし、肉にはありつけない。狩りどころか、4足歩行もおぼつかなかったのだ。
数日が経ち、4足歩行や狩りの仕方も慣れてきた。最初、鹿や兎を食べるのに抵抗があったが、次第に慣れていった。そんな中、山の中に別荘を見つけた。別荘は二階建てで、山の斜面に建てられていた。
「(洞窟や野ざらしで寝るのも飽きたし、ここを住処にするか)」呉はそう思い、別荘に立ち入る。別荘には鍵がかかっていなかった。
「(ドアに鍵がかかっていないということは入ってもいいと同義だな)」卯道遺伝子研究所に無断侵入したときと同じように、自信の行動を正当化した。
獣の手でドアを開けると、そこにはリビングルームと暖炉、庭、テーブル、そして台所があった。呉は台所に駆け寄り、冷蔵庫の扉を開ける。しかし、熊の手では冷蔵庫をうまく開けられず、冷蔵庫を倒してしまった。爪で引っ掛けて扉を開けると、保存された肉や魚が出てきた。
「ブォブォォン!」本能に耐えられず、呉は叫びながら興奮する。そして、肉や魚を一気に食べ始める。その後も、冷蔵庫の扉や食料庫の扉をこじ開け、食料を食い荒らした。食い荒らしてしばらく経ち、二階を物色した後、呉は睡魔に襲われ寝てしまった。その後、呉は勝手に別荘に住み着き、雨風をしのぐ場所として利用していた。それからしばらく経ち、冬眠の時期になり、呉は寝てしまった。
数か月後、ドンドンとドアが叩く音がする。しばらくして、「○○さんですか?入りますよ?」と声がした。
「ブォォ?」呉は目覚める。
「何だこりゃ?床もテーブルもひっかき傷ばかりだし、家具は倒れっぱなしじゃないか?」男がつぶやく。
「本当にこの別荘に熊が住み着いているんですかね」もう一人の男が返す。
二人の男は二階に上がる。
「うわっ、ベッドも凹んでますよ。まさか熊が寝たんですかね?」男が軽口をたたく。
「まさかそんな訳...って...」隣の部屋のドアを開けた瞬間、呉がこちらを向いた
「ブォォブォォオ!(誰だお前ら!)」
「く、熊だ!熊が別荘に住み着いているのは本当だったんだ!」男たちは叫ぶ
「うわぁぁ!」もう一人の男は熊撃退スプレーを噴射した。そのうちに二人組は1階に降りる
「ブォッブォッ...」呉はスプレーの成分を吸い込み呼吸が苦しくなる。
二人組の男はドアの手前に止めた車に乗り逃げようとした。車には「○○警備」と大きく表示された。
「ひえええ!」
「速くエンジンをかけろ!」二人組は半ばパニック状態だった。そんな中、呉が二人の車に突進した。幸い、エンジンがかかったときにぶつかったので二人は逃げ切れた。
「(この別荘には警備会社に守られていたのか...ほかの別荘を探すしかないな)」呉は別荘から去った。
しかし、同じような別荘を探すのは困難だった。ボロ家同然の別荘や、敷地内に入っただけで警報が鳴る別荘ばかりだった。また、他の熊との生存競争も熾烈だった。そして、畑に入ったとき「熊公め、とっとと出ていけ!」と銃で威嚇射撃をされた。
「(俺はもともと人間なのに...)」呉はそう思った。
戻ってきたのは、あの別荘だった。あの別荘にしか俺の居場所はない。別荘には持ち主と思わしき夫妻がいた。
「熊に荒らされたときは大変だったわね」妻と思わしき人物がそう述べる。
「ああ、熊はおとなしく野生にいればいいんだ」夫がそう返す。
すると、一階の窓が割れ、一匹の熊、呉が現れる。呉はテーブルに置いてある、ステーキや肉料理の匂いに反応し突進する。
「いややあああ!」妻が熊に向かってコップを投げつける。呉は条件反射で妻に突進し、妻は突き飛ばされ家の柱に激突する。
「この野郎!」夫が熊撃退スプレーをかける。呉はスプレーを追い払おうとし、手をブンブンと振る。太い爪が夫の身体に突き刺さる。
「グォォォ!」呉はさらに興奮し、手を振る。それ以降のことは覚えていなかった。
「野生の熊が別荘を襲う」、「かつて別荘に住み着いた熊が別荘の持ち主に復讐をする」...この事件は一大ニュースになった。
「まさか、これって...」新聞を読んでいた禎子は卯道に確認する。
「まさかかもしれないな」卯道は頷く。
その後も、呉は人間の別荘や民家、農地を荒らしていった。もともと人間だった呉に、クマよけの鈴やスプレーは効かなかった。
ある時、呉は霧がかかった森の中を駆け抜けていった。そんな中
「呉茂夫!聞こえるか!」と声がする。無視して駆け抜けると、一発の銃声が聞こえ、危うく撃たれそうになる。
「呉茂夫!人間に危害を加える行為はやめろ!」そう聞こえた。
「誰なんだ!」と呉は返事をする。しばらくすると、霧の向こうからヒグマがやってくる。いくら熊とはいえ、呉が変身したツキノワグマとヒグマでは体格が異なる。野生の本能というべきか、呉は震えるしかなかった。
「このままだと、10年を越せないぞ!」言葉が通じないはずのヒグマからそう言われる。
「まさか...卯道所長...?」呉はヒグマの正体に気づいたようだ。
遡ること数時間前。卯道は山中でヒグマの変身薬を自ら投与した。全身に茶色の毛が生え、草原のようにふさふさと生えそろう。手のひらは厚くなり、黒く、分厚い指と肉球が形成される。爪は鋭く、太いものに置き換わる。
茶色い毛が生えた腕や脚は丸太のように太くなる。
分厚くなった足にも肉球ができ、裸足でも移動できるようになる。尻に茶色の毛が生えると茶色い丸形の尻尾が形成される。
身長が2m以上に伸びると同時に、身体は急に太くたるみ始め、おなかが突き出る。
耳が茶色の毛におおわれると、半円形になり、頭頂部に移動する。顔は丸っこく、むくみ始め、鼻の周辺は白い毛、それ以外は茶色の毛で覆われる。鼻は黒ずみ、丸形になりながら、口と共に前へ前へと突き出る。白い髪の毛は茶色の体毛におおわれ始める。目の色は黒一色になる。
やがて、二足歩行から四つん這いになり、ヒグマに変身した。
「なぜ、ここに?」呉は訝しむ。
「実は、変身薬を注入した際に極小GPSチップを埋め込んだのじゃ」卯道は疑問に答える
「わざわざこんなところまで...」
「今は驚く時間ではないぞ。このままだと、人間に目をつけられる。人間を敵に回すより、野生の熊と同じ生活をした方がいい」
「ほかの熊だって、畑や民家を襲っているじゃないか!」呉はすぐ口答えをする。
「このままだと、10年を迎えないうちに駆除されるぞ」卯道は忠告する。
「駆除って、俺は熊扱いかよ!」激高した呉は爪を振り下ろそうとする。すると
「パーン!」銃声が響き呉が倒れる。背中には注射針のようなものが刺さっている。撃ったのは禎子だった。麻酔薬を刺された呉はぐっすりと眠った。
その夜、禎子は卯道に変身解除薬を投与する。茶色の毛が払い落とすか、体内に収れんされ、身体は縮み、スマートになる。足や脚も細くなり、手や足も平べったくなる。鼻や口は平べったくなり、鼻も黒から薄橙に戻る。
「欲の熊鷹、股裂くると言いますけど、呉の場合、本能に支配された生き方で大丈夫ですかね」禎子は振り返る
「熊鷹は鷹の一種で、熊じゃないよ。本能というより、自分勝手じゃないか?だから、うちの研究所にも無断侵入した」
「時効まで生き残れるんですかね?」禎子は呉の将来が気がかりのようだ。
「もし生き残ったら、”贖罪”させるしかないさ」卯道はそう返す。
次回に続く