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光なき途 02

  規則に正しく動く、されど規則は不確定要因に従って敷かれるもの。

  あり得ないし、あってはならない。異性間の親密な交友も、放課後の寄り道もましてや同性間の口付けなんて道理に反しているに決まっている。中学入学からどんどん大きくなっていく周りに置いて行かれて、補おうと膨らむ虚勢。いいや虚勢という訳はない正しく育ち導くための心構えというものさ。

  ......そうだろう。きっと、そうじゃなきゃならないんだ。項垂れたままトボトボと歩く私はまだ未熟であいつらは私を残して自分の目標に向けて進んでいるというのに。

  帰巣本能かいつか着いていた家は、家庭毎に等しく区分けされたマンション。コンクリート製の蜂の巣かと皮肉を思いついて独り、勝手に傷つくだけなのに一度作った殻は癖は中々抜け出せない。鍵を取り出し、部屋に続く回廊をぶかぶかのローファーの音を立て往く。

  横にそびえる星も見えない空は、二人と出会ったあの頃のような蒼い空を澱み染まらせてできるのだろう。遠い祖先と違って退化した翼は飛ぶことも出来ない、部屋に入るとこれからを考えることも疎ましく、枕に嘴を押しつけて声を押し殺して泣いても誰も救ってはくれない。

  ***

  あの日、目の前で爆ぜた衝撃を忘れることないままに風紀委員室に分け入る。

  軟弱者ながら芯のあるやつだと思い腐れ縁を保ち続けてきたあの気怠げな狼に、顔を合わせた時なんと言ってやればいいのか。わからない、正しい答えが。男として正しく恋愛するためにあいつらを踏み越えてでもあの娘に思いの丈を告白したのに、今では腐れ縁の覇気を感じない横顔が張り付いて剥がれない。

  正しいって何だ、品行方正を地で行く私が正しいのか正しく規則に則って生きていることが正しいのかもわからない。悪害を成しそうなものは関わらないように生きてきたから規則を破る心境がわからない。誰か校正してほしい、基準が無ければ裁けない。

  「大型連休を経て服装や授業態度が崩れている者も目立つ頃、我々は自治的に正していかねばならない__」

  風紀を正すそれが私の本懐だもの、揺らいでいる今など数の少ない風紀委員では足手まといになりかねない。

  「自身を律し、清く正しい学生生活によって途は開かれるのだ。当然貴君らは存じているように__」

  あの二人とは違って模範生だというのに、にべもなく散ったあの娘も……私も見る目が無かったのかもしれない。

  「もちろん、不純異性交遊などもっての他だ。清純な学び舎に痴情など持ち込ませてはならん、直ちに通報するように。」

  今までに培い掲げてきた自信は一体どうしたのかと、あぁもどかしい

  「蒼空鷲己。あとで話がある、集会の片付けも手伝うように」

  「はい」

  風紀委員長直々に声が掛かるなんて、今どれ程乱してしまっているのか。

  「時間を取らせてしまって申し訳ないな」

  「いえ、そんなことは」

  どちらを見てもふさふさと被毛を基準に扱われがちなこの学校で一際目を引くカメレオンという無毛の種族、それもアルビノとなれば目立つのも訳ない。正しさの象徴として学生生活を取り締まっているだけはある。

  机を戻し、目の前に居直られると舌の根が乾く。一体何を聞かれて何と応えるのが正しいのかおよそ規則正しさに裏付けされて生きてきた故にこんなエラーが発生すると脳はショート寸前で目の前に居直られると虫の居所が悪い、規律に正しくあれば尊敬されこそはせども見とがめられることは無いだろうに。

  「それで、何があったというのだ」

  「それが私にも分からないのです」

  真面目に答えたつもりでも、我ながら酷い答えに呆れもする。

  「羽角の端に雨覆にも枝毛が混ざっているではないか。平生、風紀委員らしく寝癖一つ無い貴君らしくない。」

  「今朝方鏡で確認しましたがそんなことは」

  瞬間、白く硬質な手に顎を引かれ嘴が角にカツッと音を立てる。白い体色に赤い目が目の前に広がる、「じっとしていろ。すぐに済ませる……」吐息が頬の羽毛を撫でて通り過ぎ、氷晶石のように透き通って冷ややかな手が退化した雨覆の一部を毟り取る。続いて頭を擦り羽角を摘まみ引っ張ると、さも用済みと言わんばかりに突き放して手の内に残る私のいちぶを見せる。

  「これが証拠だ言い逃れは出来まいな」

  青白い手に載せられた二色の羽は草臥れたように折り重なり窓から吹き込んだ風に飛んでいった。

  「学校の風紀は貴君を含めた風紀委員の双肩に掛かっているのだ、活動に支障の無いよう問題の解決に励むよう心掛けよ。以上」

  「……はい」

  退出する風紀委員長を見送って、すっかり赤く染まった空を眺めていると「どうしてこうなってしまったんだろう」独り言をぽつりと零して。机に残された鍵で扉を施錠すると悩みの詰まった頭さえ固定し閉じられた気さえもした。

  「風紀委員サマがどうしたんだ、やけにしおらしくして」

  翌日、二時間目が終わった頃にもう一人の腐れ縁がやってきた。同じクラスだから顔を合わせないわけにもいかない。他に話す相手は居るだろうに、股を広げ背もたれに肘を置いてこちらに向き直る。

  「なんでもない」

  「そう言ってさっきから嘴ばっか弄ってるじゃん。絶対嘘だな」

  「こ、これは身だしなみに気をつけているだけさ!授業中も寝て、寝癖が着いてもほったらかしの君とは違って私は風紀委員だからな」

  「ふーん」口の端を歪めて、下からのぞき込む寝虎。

  橙色に光る目で見られて何を言えばいいのか、感情の赴くままに好き勝手しておいて今の私には毒に感じて目を背けた。この私に何を求めているのかこの虎は、急に静かになったと机を見下ろすと……いや、体の大きな猫だな。うん、窓から入る陽だまり目当てで私の席に来たんだ。うつ伏せになってしっぽも下がっていって……寝たな。

  十分しかない休憩時間に移動と仮眠を実行するとは呆れはすれど尊敬はしない。

  腕時計を確認すれば次の授業まで二分。あーもう、私も次の授業に向けて準備しなければならないのに世話の焼ける。寝虎の弱点は太々しく伸びるしっぽだという事は周知の事実。不届きものに情けは無用と踏んでしまってもいいけれど、流石にケガさせるわけにもいかずゴワゴワと手入れの甘い縞々の頂点を手で握って毛を逆立てるように扱く。

  「にゃ!何すんだよぉ」

  情けない声で抗議の声を上げるも慣れた事として聞き流す。

  「次の授業始まるぞ、さっさと自分の席に戻りたまえよ」

  「ふぇ?そんな時間か」

  呑気なのか馬鹿なのか、いや馬鹿に違いない。

  「このまま同じ日々の繰り返しで辛くないんだったらいいけどな」

  「このまま?」

  すごすごと自分の席に帰る寝虎の背中を見送って、胸の内に渦巻く信念と自己が落ち着くことのないまま授業開始のチャイムが響いた。

  部活や先生からの頼まれ事以外で学校に居残っている生徒が居ないか見回るのも風紀委員の大事な仕事だものな!新校舎の屋上にはちゃんと鍵が掛かっているし教室を見て回っても誰も居ない、大丈夫。図書室は自習している生徒が居るし除外して残った場所は、やっぱり旧校舎の理科準備室。怖くてなんと声を掛けたら良いのか私でも分からなくなって。ただここで引くと風紀委員の仕事に背くことになるし寝虎の発言に引っかかって決まらない。

  何時までこの部屋の前に立っているのだろう。今まで長い付き合いだったのだから、先日のこと以外は大体わかっている。たった一ヶ月半ほどの間に築いた数少ない関係なんかよりは信頼できるはずなのに悩む。

  手をかけようとした瞬間、足がにわかに震え後ずさる。部屋の奥から足音が近づいてくる。また私に植え付けようとしているのか、老朽化が進んだギシギシと音を立てる廊下を遡って暗がりに隠れるのが得策だろうか。いいや、この体色だ暗がりに紛れてもすぐに見つかるし隠れるなんて私のして良い事じゃ無い。

  遠ざかろうと背を向けて一歩踏み出す傍から音を立てて収まる扉、反射的に振り返って見ると距離をとってきたあいつの姿。

  「僕は、君をもっと知りたいんだ」

  安心させようと取り作ったであろう笑顔はかえって不気味で、爛々と光る瞳は資料を見ている時の瞳。私に逃れる術が無いことだけはわかった。

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