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生熟(なまな)れ (了) ー創世歴 307年 新越国 秋分ー
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ー創世歴 307年 新越国 秋分ー
「…ミ……ァザミ、アザミ」
いつの間にか腕の中に潜り込んだ[[rb:夫 > ウマラ]]が、下から見上げている。
「どうしたのです?そんな渋い顔をして」
「ん、あぁ。サルナシ、たまに若ぇのが混ざっちょる」
籠から取り出したサルナシを見せる。
「ふぅん……どれ?」
ウマラは目を伏せ、雛鳥のようにぱかっと口を開く。アザミはその口に、ひとつサルナシを放り込んでやった。
「んっ、甘っ……私のは当たりのようだよ」
ウマラは福々しく、口元をほころばせた。
「そりゃ良かったの」
「んんっ」
甘味を味わうように咀嚼するウマラの横で、アザミももうひとつつまんだ。
数え十三になる夫は育ちが緩やからしく、五尺足らずでまだ髭も生えていない。幼子のようにもちもちとした頬を、アザミはフニとつついた。
「んん?」
ウマラは眉をしかめる。
「やわけぇの」
「そう?」
初めこそ子供扱いされるのを嫌がっていたものの、近頃は慣れたらしい。されるがままにしている。
己の手にすっぽりと収まる小さな顔を見ながら、アザミはふと思った。
「ヌシぁよ、ワシの隣で男が立たんと思った事はねぇか?」
「え?」
ウマラは首を捻ると、衣の合わせをさばいた。日に当たらぬ白く細い足が顔を出す。視線を太腿に移すと、付け根がこんもりと盛り上がっていた。
「貴女の隣にいて、私の男が勃たなかった事などあった?」
さも心外だと言わんばかりに、衣をつまみ上げる。
「いや……その男じゃのうて、人として立つ瀬がねぇと言うか……」
言い方が悪かったか…。
アザミが言い直すと、ウマラは紛らわしいなと呟き、サッと衣を整え咳払いした。
「無いよ。私は貴女に何も劣ってないからね」
当然と言わんばかりに目を細める。
「自信あんのじゃなぁ」
こども然とした小さな身体を、アザミは胸の中に抱きしめる。
「っ、んっ苦し……ちょっ、離し……」
「劣っとらんのじゃろ。己で出てきてみろ」
「ふっ……無理……に決まっ……」
腕の中でもがもがと苦しみ、必死に抵抗する。
「無理……だって!!」
ようやく解放されたウマラは息を切らし、アザミを睨め上げた。
「まったく……腕力の事?」
ウマラは衣を整え、ふっと息をつく。そして室内を見回した。
「そうだな……例えば甕」
隅にある大甕を指す。
「今、目の前に病に罹った者がいる。その者には大量の水が要る。貴女ならあの大甕で水を運んで来る事が出来る。私ではせいぜいあちらだろう」
棚にある小さな甕を指した。
「どちらが優れているか」
「そりゃワシじゃろ……」
先程の言葉と矛盾する。アザミは眉根を寄せた。ウマラは構わず続ける。
「ではここに畠がある。作物は十人が一年暮らせるほど穫れる。しかし畠には水を撒かねばならぬ。私と貴女、どちらが優れているか」
「そりゃ、ワシじゃろ…」
ウマラは何故か笑顔で頷く。
「私はこの畠の横に川を引く知恵がある。貴女は?きっと離れた川から水を運んでくるのだろうね。さて、どちらが優れているだろうか」
「……それは」
アザミは口ごもった。
「とは言え、川を引くには時がいるし、人手も必要だ。能力などというものは、一概に並列して比べられるものでは無い。時々によって何が優れているかなど、容易く変容してしまうからね」
ウマラは肩をすくませ、アザミを上目遣いに見上げる。
「貴女は体が大きく、声も大きく、膂力もある」
わかりきったことではあるが、他人の口、それも夫から言われると、何とも言えない気持ちになる。
「ほうじゃな…」
「人はとかくそのような所に目がいきがちだけど、貴女の真価はそこでは無いと思ってる」
ウマラはアザミの手を取り、己の頬にあてた。
「物事を広く見る目。それが貴女の良さだ。力強い所は添え物みたいなものだね」
強さ故に拒まれ、強さ故に長へと担がれた。それが、[[rb:夫 > ウマラ]]には添え物なのだと言う。胸がどくりと高鳴った。
ウマラはアザミの手にそっと唇を添える。
「目合った時に話したように、私では抜けてしまう穴を、貴女が埋めて欲しい」
「……あぁ、ほうじゃったの」
指先でウマラの唇をなぞる。ウマラはすっと目を細めた。
「もっとも、それはともかくとして。今、私は貴女の体の穴を私の体で埋めたいのだけど?」
「あ?」
乾いた音が室に響く。
強かに頭を打たれたウマラが恨めしそうに見上げた。
「せっかくえぇ事を言う思っちょったのに、今のでぶち壊しじゃぞ」
「ぶち壊しは無いだろう。私と貴女は[[rb:夫婦 > めおと]]なのだから……そういうの、大事でしょう?」
「しょうもねぇ……」
わずかに火照った顔を隠し、アザミはウマラ肩に頭を乗せる。
「おや、珍しいね」
「ワシとて甘えてぇ時もあんのじゃ」
ウマラの身体が揺れた。小さな手がアザミの肩を押し上げる。己の身体を無情に引き剥がすウマラを、アザミは見下ろす。
「やはり、ガラじゃねぇか」
「いいえ」
柔らかく微笑んだウマラが、手を広げた。
「肩では狭いだろうから、胸を貸そう」
そう言うウマラの胸は、しかし狭く、薄い。
「ワシぁ重いぞ?」
「さ……支えるから……」
ウマラがはにかむ。
今まで誰が己を支えると言ったか。唯一の夫は幼く、この身を支えるにはあまりに小さく、頼りない。そのか弱い姿が、かえっていじらしさと、愛おしさを誘った。
じわりと熱いものが胸に込み上げ、アザミはウマラの小さな胸に、頭を下ろした。
ゆっくりと体がしずみこむ。
「ん……ぁ、アザミ……ちょっと待って」
「んん?」
構わず力を抜いていく。ウマラの身体が傾く。
「まっ……戻っ……ん、っ……わっ」
バタリと音を立てて床に倒れた。
「お、支えてくれんじゃなかったか?」
身体の下になったウマラを意地悪く笑う。
「また貴女はそうやって私を馬鹿にする。今だけだから!!私は[[rb:男子 > おのこ]]だ。今に貴女より大きくなって、力だって……」
尻すぼみになった。
ウマラの父は痩身だ。顔こそ似てないが、雰囲気は良く似ている。恐らくアザミのように逞しくなることは無いだろう。
「かまわんさ」
ウマラの頬を撫でる。
「小さくとも、力が無うても。ワシはヌシを好いとうよ」
「…ん……わ、私も……貴女を想ってる」
気恥しそうに頭を振る。か細い手がアザミに伸び、その肩をしがみつくように抱いた。
「貴女がいなければ、私は民が何を想い、暮らしているのかなど考えもしなかった。貴女は私に、私の知らなかった視点を与えてくれる。真新しくて、そして大きな力となる」
ウマラ吐息が、顔を寄せたアザミの髪を揺らす。
「だが、そんな事より……もっと、その……」
「ぉ?」
言葉を濁すウマラの口元に耳を寄せる。
「貴女は私の男を奮い立たせる……込み上げて、収まらなくて……。その、上手く言葉にできないけど……」
「ほうか…」
「貴女は……どう?」
期待に満ちた目がアザミを覗く。
しくしくと、身体が衝動的に夫を求めている。全身を触れさせるように、アザミはウマラに身体を添わせる。
「確かめて、みるか?」
「……ん」
ウマラが静かに目を伏せる。アザミは唇を軽く重ねた。
秋風が冷たく室を叩く。冷えた身体に、互いの熱がじわりと広がった。
この後しばらくして、「南西[[rb:萱野国 > カヤノノクニ]]に騒乱の兆し在り」と[[rb:千原国 > チハラノクニ]]から火急の知らせが届く。千原国の要請を受け、[[rb:新越国 > ニコシノクニ]]は兵を徴発し国を発った。ウマラも父と共に従軍することになる。
時系列では↓
殺める手 -創世歴 307年 秋分 新越国 に続く
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